73話 初出勤
長道と名乗った人がイザベラと中村が座っている対面に座った。俺もイザベラと中村の後ろに座る。
「突然の訪問すまない。だが、我々はいつでも人手不足でな。本当は希望を聞いてから配属先を決めるんだが、こっちで勝手に決めさせてもらおうと思う。どんなことが出来るのかは一緒に来た男から聞いている」
高田さんのことか。変なことしゃべってなかったら良いけど。例えばイザベラの馬鹿力とか。
「それで、イザベラさんと中村さんには農作業をお願いしたい。農作業は本当に人が足りなくてな」
長道さんがため息をついた。本当に人が少ないんだろうな。
「大隅さんには汚水回収をお願いしたい」
「汚水回収?」
「いたるところに設置している仮設トイレの汚水をバキュームカーで回収して農作業エリアにある肥溜めに持ってくる仕事だ」
うえっ。やりたくないな。
「やりたくないのは分かるが、頼む。それなりの見返りは用意するつもりだ」
顔に出てたみたいだ。
「とりあえずは、この仮設住宅にそのまま住んでもらって構わない条件だ。本来ならば君たちみたいなよそ者には車中泊かテント暮らしをしてもらっているんだがな。そのほかは……考えさせてくれ」
……ここにずっといるわけなんじゃないだけどな。それでも、テント暮らしや車中泊よりもマシか。
「明日の朝にそれぞれの教育係の者が訪ねてくはずだ。それについて行って仕事を学んでくれ」
道長さんが立ち上がって、玄関に向かう。それに続いて連れの人たちも向かって行った。
「それでは失礼」
長道さん達が去った後は妙に静かになったような気がする。
「明日から仕事だって。まぁ、車の修理が完了するまでなんだけどね。……って、そのこと誰か伝えた?」
「整備士の人しか知らないんじゃない?」
「これは伝えておいた方がよさそうだな。……それで誰に伝えればいいんだ?」
「さぁ?明日来た人にでも聞いてみればいいんじゃない?教育係っていうほどなんだから偉いんじゃないの?」
「押し入れに布団があったから今日は寝よう。絶対に明日疲れるよ」
そういいながら中村が布団を敷き始めた。こっちの意見を聞く気はないな。
「一は隣の部屋ね」
「はいはい」
押し入れの布団を取り出して隣の部屋へと運ぶ。隣の部屋は物一つない殺風景な部屋だ。でも、和室か。畳のにおいがすごい充満している。窓を開けると、小さいが声が聞こえてくる。隣の部屋だろうか?いや、違う。これはゾンビの唸り声だ。高速道路の高架下には沢山居るんだろう。それを考えただけでも少し鳥肌が立った。さ、寝よ。
ふと、目が覚める。外を見ると、高層ビルの隙間から見える空が少し明るくなっている。もう夜明けか。何時に迎えが来るんだろうか?……このまま起きていた方がよさそうだ。隣の部屋では物音が聞こえる。
ドンドン
扉が叩かれた。イザベラが部屋から出てきて玄関の扉を開けると、いかにも農作業をするような恰好のおばちゃんが立っていた。
「あんたが新しく農作業を手伝ってくれるっていう人かい?」
「はいそうです」
「早く車に乗りな。やることはいっぱいあるんだ」
「それじゃあ、いってくるね」
「ばいばい」
イザベラと中村が出て行った。さて、外は明るくなった。いつ迎えに来てくれるんだろう?しばらく待っていると、トラックのディーゼルエンジンの音が聞こえてきた。そのあと、すぐに扉を叩く音が聞こえた。玄関の扉を開けると、つなぎを着たおっさんが立っていた。
「お前が新人か?」
「はい。そうです」
「まず、これに着替えろ」
そういうと、おっさんが灰色のつなぎを渡してきた。
「……はい」
つなぎに着替えて玄関に出ると、おっさんがバキュームカーの運転席から手招きしている。バキュームカーに乗り込むと、すぐにトラックをバキュームカーを発進させた。
「まずはゲート付近の仮設トイレからだ」
いきなりすぎて何を質問すればいいのかわからない。名図は名乗っておくか。
「あの……」
「なんだ?」
「大隅一って言います。よろしくお願いします」
「大原太陽だ。よろしく頼む」
「大体の仕事は聞いてますが……」
「大丈夫だ、臭いのだけ我慢すれば楽な仕事だ」
バキュームカーはゲート付近にやってきた。検査を受けたプレハブ小屋横に止めると、その横には仮設トイレが設置されていた。こんなところにあったんだ。気が付かなかった。……なんかトイレしたくなってきた。
「トイレしてもいいですか?」
「あぁ。いいぞ」
仮設トイレで小便を済ませる。出ると、大原さんがバキュームカーからホースを伸ばしていた。
「操作方法を簡単に説明するぞ。俺が合図したら、大きいレバーを吸引の方に倒してホースがつないであるレバーを動かす。以上だ。絶対に排出にするなよ」
「はい」
「それじゃあ、やってくれ」
大原さんに言われた通り、レバーを排出にしてホースがつないであるレバーを倒すと、ポンプが動き始めた。透明のホースに茶色の液体……いや、泥……考えるのやめておこう。
「止めていいぞ」
動かしたときとは逆の手順でレバーを戻していく。すると、ポンプが止まった。
「巻き取るのを手伝ってくれ。次の場所に行くぞ」
「はい」
透明のホースをバキュームカーのタンクに巻き付ける。ホースの中のにおいが一瞬漂ってきたが、掃除されてない公衆トイレのにおいがした。
助手席に座ると、大原さんが運転席に座った。
「大体こんな感じだ」
「はぁ……全部やるんですか?」
「安心しろ。ほかにも3台ほど稼働している。この後、関空に行くぞ。一番ここが量が多いんだ」
「へー」
関空に向かう途中で3か所ほど仮設トイレの汚水を回収した。どのトイレもほぼ満タン状態だった。この仕事は匂いさえ我慢すれば何とかこなしていくことはできそうだ。
関空に向かう橋を走っていると、途中で検問がある。装甲車の後ろに大きな砲塔を持った車が止まっていて物々しい雰囲気が漂っている。
バキュームカーは検問横で止まる。
「いつもご苦労様です」
「いえいえ、大切な仕事なんで」
検問で話している小銃を持った男と目が合った。
「新人?」
「昨日やってきたばかりの新人だ」
「昨日……あぁ!名古屋の怪物を倒したやつか!」
「まぁ、とどめ刺したのは俺じゃないですけどね」
「そんなに謙虚になるなよ。みんな名古屋の化け物には手を焼いていたんだ。本当は休みたいだろうけど、頑張ってくれ。本当に人手不足なんだ」
大原さんが窓を閉めると、車をゆっくりと発進させた。




