59話 過去のトラウマ
真っ暗で何も見えない。自分の心臓の音が大きく聞こえるし、鼓動が早くなっているのもわかる。考えてみれば避難所意外だと、すぐ近くには誰かいた。でも、今回は誰もいない。
「ひっ!」
今、誰か横にいたような気がした。立ち上がって拳銃を気配のした方に向けるが、今自分がどっちを向いているかもわからない。イザベラと中村がいる部屋まで戻るか!?いや、もしかしたらゾンビがすぐ近くにいるのかもしれない。
「大丈夫?」
急に目の前が真っ白になった。……目が慣れてくると、懐中電灯を持ったイザベラが立っていた。
「ど……どうしたんだよ」
「いや、真っ暗になったらから明かりでもいるかと思って」
「ありがとう」
「大丈夫?すごい汗だし、息も荒いよ」
「え?」
本当だ。着ているシャツが汗でびちゃびちゃになっている。
「珍しいね。いつもなら慌てることなんてあんまりないのにね」
「実は、1人で暗いところにいるのが無理なんだ。これまでは外の明かりとか、近くにイザベラとか中村がいたから大丈夫だったんだ」
「……今度から気を付けるね」
「小さい時のトラウマなんだ。直そうとは思っているんだけど……どうしても……」
「無理しなくていいんだよ。私と中村さんで見張りしとくから、一は寝てていいよ」
「ごめん」
3階に上がって中村が寝ている部屋に入ってさっきまで寝ていた布団に入って眠る。
目を開けると、そこは路線バスの一番後ろの席だった。これは夢だ。しかも、俺が小学校の低学年時代の記憶だ。
「ねぇ。いつ遊園地に着くの?」
「もう少しだからね」
外を見ると、かなりの土砂降りだ。それに渋滞で一向にバスが進まない。反対車線も同じだ。その奥には山が広がっている。すると、急に運転手の人が通路に立った。
「お客さんにお願いがあります!渋滞の先頭で故障した車を押すのを手伝ってください!」
「わかりました。行きます」
右に座っている父さんが立ち上がった。左に座っている母さんも立ち上がった。バスの中に座っている数人の客も立ち上がっている。
「ちょっと行ってくるからね。おとなしく待っててね」
「うん」
バスの中の人が誰もいなくなった。バスの左側も山が広がっている。だが、右側とは違うのが、山肌がむき出しになっている。左側の山肌からは大量の水が流れいて道路に流れて排水溝に流れている。今度は右側を見る。手前には反対車線の運転手が渋滞中、暇なのか携帯電話をいじっている。その車の側面に何かが当たって揺れた。運転手が山のほうを見ると、何かに気が付いたのか車を降りてドアも閉めずに走っていった。そのまま視線を挙げて山を見ると、木々が滑るようにしてこっちに向かってきていた。
ゆっくり目を開けると、真っ暗な世界が広がっていた。どっちが上で下かもわからない。ここがバスの中なのかもわからない。
「おとうさん……?おかあさん……?どこ!?」
叫んでも誰も返事をしてくれない。寒い。誰も来ない。一体どれだけの時間がたってんだろうか。もう誰も……。
「大丈夫!?」
「はっ!」
中村に叩き起こされた。うわっ。シャツが汗でびちゃびちゃになっている。
「急にうなされ始めるんだからびっくりしたよ」
「すまん。もしかして起こしたか?」
「起きた。見張りができなくなった理由もイザベラさんから聞いたから」
「これからもこういうことがあるかもしれない。その時は……たのむ」
「わかった」
外を見ると、空が明るくなってきている。
「そろそろ出発するよ」
イザベラが部屋に入ってきた。
「うわっ。汗でびちゃびちゃじゃん。着替えたら?そこのロッカーにシャツが入ってるよ」
イザベラに言われたロッカーを開けると、中には真っ白なシャツがキレイに畳まれてはいっていた。この部屋の人のだろうが、使わせてもらおう。シャツを脱いで、新しいのに着替える。
「さ、武器庫の小銃の弾を拾いに行くよ」
「え?いる?」
「武器は多い方がいいでしょ。懐中電灯も洗面所下で見つけたし」
「……ゾンビが大量にいたら諦めるぞ」
「わかった」
それぞれ武器を持って階段を降りる。1階のゾンビが窓を叩いていたところには、ゾンビはいなくなっている。その代わり、向かい側の建物の中にゾンビが歩いているのが見える。あっちの方に移動したのか?外に出て、武器庫の方へ行くと、ゾンビが1体だけ扉のそばをうろついているだけだった。
「イザベラ、任せた」
「任された」
イザベラが音をたてないようにゾンビに近づいて散弾銃をフルスイングした。ゾンビの首が変な方向に曲がった。いつ見てもすごい力だ。結局、武器庫の中には小銃の弾が18発と、20発弾倉が一つ落ちていた。小銃のほうは結構な弾数になったな。かといっても撃ちまくれるわけじゃないけど。
「車に戻るよ」
「待って、そこに止まってるジープを使おうよ。その方が楽に行けると思う」
「……そうだな。使わせてもらうか」
かなり古いジープだ。乗り込んでカギをひねると、1発でエンジンでかかった。きちんと整備してるから長いこと使えてるんだな。ジープのエンジン音はかなりでかく、周囲のゾンビがこっちに向かってきている。燃料もそんなに残ってないし、俺たちの車のところまで行くので燃料が付きそうだな。
「早く出して」
車を発進させると、後ろからゾンビが数体、追いかけてくるが、すぐに見えなくなった。
「出入口ってどこだ?」
「そっち!」
助手席のイザベラの指示で車を進める。それにしてもハンドルが重い。かなり古い車だからしょうがないけど。しかもエアコンもないし。目の前に正面出入口が見えた。入口の方は自衛隊のトラックが横転していて通れそうにない。出口の方はゲートバーが降りたままになっている。だが、ご丁寧にバーを上げている時間もない。
「突っ切るぞ!」
バキッ
ゲートバーが簡単に折れた。このまま車のところまで行くか。
「この後、どうするつもりなの?」
「そうだな……考えてない」
「また山奥の家でも探す?」
「それはもういいや。自衛隊のいない避難所に行くのが一番いいと思うんだけど」
「それには賛成だけど、私たちの行く避難所ってことごとく壊滅してるじゃない」
「今度こそ大丈夫だろ……きっと……」
「まぁ、避難所に行くのはいいんだけど、避難所のある場所の目星はついてるの?」
浜名湖で聞いた話では愛知県名古屋市と、石川県七尾市にある能登島に避難所がある。だが、名古屋市の方は謎の怪物に襲われて壊滅してるらしい。能登島は韓国軍に襲われてその後の状況は分かってない。ただ、浜名湖のほうに連絡が行ってるんだ、自衛隊がいるのは確定だろう。
「一って、石川県出身だったよね」
「え?……そうだけど」
「だったら行ってみようよ!私、一の生まれて土地に行ってみたい」
「いや……そんな大したところじゃないぞ」
「どうせ行く当てなんてないからいいんじゃない?」
「マジで行くのか」
そんなことを話していると、車を止めたバリケードまでたどり着いた。車のエンジンを止めてバリケードを越える。ゾンビは比較的少ないが数体のゾンビがこっちに向かってきている。が、無視しても大丈夫だろ。車に乗り込んでエンジンをかけるためにカギをひねると、エンジンがすんなりとかかった。ゾンビが寄ってくる前に車を発進させた。