54話 馬鹿力
「何であんなことになったんだよ」
車から降りて後ろから車載工具を取り出す。スペアタイヤは……積んでないみたいだ。最近の車は軽量化のためにパンク修理キットを乗せてる場合が多いからな。
「手伝う?」
「いや、一人でも大丈夫。それよりこの車のカギなんて持ってきてないよな」
「持ってきているよ」
先に車の中を調べたほうが良いか。イザベラが車のカギを開けて中を調べている。外から見た感じ色々、荷室に工具が乗っている。
「庭のところに子熊がいたから食べ物をあげてたら、あの大きな熊がやってきたの」
「……」
「なんで無言なの?」
子熊がいたら親熊が付近にいるのは当たり前の事だろ。しかも、子供を守るために気性が荒くなっているのも常識だ。
「普通、子熊にいたら親熊がいるのは当たり前だろ」
「へー、そうなんだ」
「もう、家には戻れそうにない。多分、あの熊がしばらく住み着くだろうから」
「せっかくいい場所だと思ったんだけど」
車体をジャッキで上げてタイヤを外してみると、タイヤに大穴が開いていた。これじゃあ、パンク修理キットじゃ無理だ。これだからパンク修理キットは嫌いなんだ。
もう一台の方も車載工具を取り出して車体を上げる。タイヤを外してミニバンの方に付けようとするが、はまらない。
「入らないの?」
「……入らない。この車にはつかえないみたいだ」
「それじゃあどうするの?」
「この車を使わせてもらうか」
「エンジンかかるの?」
「タイヤ交換が終わったら試してみる」
結局、タイヤを外した意味なかった。タイヤを戻してエンジンをかけてみると、すんなりとエンジンがかかった。ガソリンは半分ほど入っている。これならしばらくは走ることができそうだ。
「前の車のほうが快適だったなぁ」
「無茶なこと言うなよ」
「それで、どこに行くつもりなの?」
「そうだな……」
これからどうしようか?特に目的地なんて場所もないからな。
「私的には弾を手に入れたいな」
「玉ってなんの?」
「いや、散弾銃とか拳銃のだろ」
「そう。銃砲店とか近くにないかな?」
「カーナビで調べてみるか」
資材置き場の車のほうにはカーナビはついていない。ミニバンのほうで場所だけ確認しとくか。
「それで、銃砲店の名前は?」
「え?知るわけないじゃん」
「……ほかにありそうなところを調べてみるか」
カーナビで地図をスクロールしていると自衛隊の基地が出てきた。豊川市か。ここから少し距離があるけど車ならあっという間だろ。
大体の道順を頭に叩き込んで車に乗り込む。
「これ持ってなよ」
助手席に座ったイザベラが拳銃を渡してきた。
「使い方なんて知らねぇよ」
「あくまで護身用。この状態なら弾が入っているかどうかなんてわからないし、対人用なら脅しとしての効果はあるはずだから」
もらった拳銃を腰にさしておく。車をゆっくりと走らせる。しばらくするときれいに舗装されて道に出た。確か右に曲がってしばらくすると大きな道に出るはずだ。
「それでどこに行くのか決めたの?」
「自衛隊の基地に行こうかな……と」
「本気で言っているの?また追いかけられるよ」
「人がいるかどうかわからないだろ」
「それもそうだね。様子だけ見て、人がいるようならやめとく、で、いいね」
「その前にイザベラのイメチェンだな」
「イメチェン?」
進むにつれて住宅が増えてきた。それに伴って放置車両やゾンビが増えてきた。が、異様に老人ゾンビが多いな。町で見かけるゾンビよりも足が遅い気がする。高齢化社会の波はこんなところにも来ているのか。
「あそこにドラッグストアあるよ」
「よって行くか。」
「ねぇ、イメチェンって何するの?」
「イザベラには話してなかったか。二人で話していたんだが、イザベラが目立つのって髪の色だと思うんだ」
「何色に染めるつもりなの?」
「もちろん黒。あ、そこにドラッグストアあるよ」
有名な全国チェーンのドラッグストアだ。前に入ろうとしたドラッグストアとは違って正面はガラス張りの窓だ。これなら店の中に光が届いて明るいだろうな。一度、中の様子を見てみるか。車を正面に止めると、エンジンを止める。
車から降りる前に周囲を確認すると、1体のゾンビがこっちに向かって歩いてきている。ただ、遅い!よく見ると爺さんじゃねぇか。あれは放っておいてもよさそうだ。
「あのゾンビは放っておいても大丈夫だろ」
「え?一応殺しておきましょうよ」
イザベラが散弾銃を持って車から降りた。そして爺さんゾンビに向かって思いっきりフルスイングした。爺さんゾンビはその場で崩れるように倒れた。よく見ると頭が吹っ飛んでなくなっている。どんな力でスイングしたら頭が吹っ飛ぶんだ?
「どんだけ力だしてんだよ」
「いや、普通にフルスイングしただけだよ。なんか脆かったよ。あのゾンビ、カルシウム足りてないんじゃない?」
「……一回、腕相撲してみるか」
「え?なんで?今?」
「いいから」
駐車場に止まっていた車のボンネットでイザベラと腕相撲をしてみる。周囲にはゾンビは見当たらないから大丈夫だ。
「いくよ。はじめっ!」
「ふん!」
一瞬で視界が一回転して地面にたたきつけられた。




