49話 ハイブリットカー
「怪我は大丈夫なのか?」
「足はもう大丈夫……だと思う」
イザベラが足に括り付けていた車載工具を外してバタバタ足を動かしている。大丈夫そうだな。
「でも、腕の方はまだ。無茶したら傷口が開くかも」
「まぁ、今日はここで休もうよ。せっかくバリケードも作ったんだし」
「明るくなったら行動だ。それまで、俺と中村で交代で見張ろう」
「そうだね」
中村が俺に散弾銃を渡してきた。
「よろしく」
「は?なんでだよ」
「バリケード横の家で戦ったでしょ。今度は大隅の番」
「……はいはい」
散弾銃を受け取って部屋の外に出ると、同時に下の階からガラスの割れる音がした。やはり、下の階はダメだったようだ。そのあと、バリケードを叩いてる音が聞こえる。早くも、バリケードを壊そうとしているのか。暗くてバリケードの奥は見えないが、かなりの数のゾンビがいるようだ。もう少し、バリケードを作るのが遅ければゾンビに襲われていたのかもしれない。
廊下にある窓から外を見ると、隣の家が見えた。隣の家のカーテンは破れて所々、血が付いている。ゾンビに襲われたのだろう。
「バリケードの様子はどう?」
「大丈夫そうだ。それよりイザベラの様子は?」
「よく眠ってる。足がいつ治るかはわからないけど」
中村さんが横に座ってきた。
「交代の時間にはまだ早いだろ。寝てて良いんだぞ」
「もうちょっとしたら寝るから」
そのまま2人で外を眺めている。今日は綺麗に月が見える。それにしても、最近、熱くなってきた。
「最近暑いね。もう、夏服に変えないと」
「明るくなったら寝室を調べてみようか。あと、イザベラのイメチェンもしないと」
「イメチェン?」
「俺たちは自衛隊に追われる身になった。他の避難所に話が伝わっているかどうかは分からないが、この日本で金髪の紙は目立つ。どこかで黒く染めよう。薬局に行けば何かあるだろ」
「そうだね。私たちは目立たないかもしれないけど、日本で外国人ってだけで目立つもんね」
「あと、これからは自衛隊が仕切っているような避難所は避けようと思う」
「そうだね。話が伝わってたら捕まるし」
そのあと、2人で再び外を眺める。気が付くと、横の中村が寝ている。こんな、うるさい仲良く寝ていられるな。もう少ししたら交代してもらうか。……散弾銃はリロードしてあるのか?確認してなかった。弾を出して見ると、リロードしてあった。ってことは残りは1発か。どこかで補充できればいいんだが、無理だろうなぁ。
「おい。起きろ。交代するぞ」
「……あと5分」
「ふざけるな」
無理やり散弾銃を渡してイザベラのいる部屋に入る。部屋に入ると、イザベラがベットで寝ている。すやすやと眠っていて気持ちよさそうだ。腕の怪我は一晩で治るのだろうか?いや、東名高速で腹の肉を抉られた怪我を数時間で直したんだ。一晩寝れば治るだろ。
ベットにもたれかかっていると、いつの間にか眠ってしまっていた。
「交代の時間ですよ」
「うぇっ!?」
思わず変な声を出してしまった。外を見ると、うっすら明るくなっていた。一体、どれだけ寝ていたんだろうか?
「どれだけ寝てた?」
「3時間くらいかな。それとも、イザベラさんを起こして出発する?」
「そうだな……一度、イザベラを起こしてみるか」
ベットで寝ているイザベラを揺らして起こす。
「ん……おはよ」
のんきだな。
「怪我は?」
「大丈夫。完治した」
腕を見せてきた。もう怪我の跡すら残ってない。
「それじゃあ、下に止まっている車で出発しますか」
「待て、ゾンビはどうなった」
「まだ、バリケードの所にいっぱいいるよ」
「どうやって車のところに行くんだよ。それに鍵は?」
「鍵は見つけた。普通に寝室の机に置いてあったよ」
中村が車のスマートキーを見せてきた。そのまま、ボタンを押すと、どこか遠くで電子音が聞こえた。バッテリーは生きてるみたいだな。ただ、こんな状態ならほかの車を探したほうが早いんじゃないのか?
「別に車はほかにもあるんだからほかの所でもいいんじゃないか?」
「実は、ゾンビが多いのはこの家の中だけで、外は少ないよ」
「何でそんなことがわかる?」
「見張りしている間、暇だったから屋根に上って周囲を見てきた」
「おい、ちゃんとバリケードを見張ってろよ」
「一緒に確認しに行く?」
「……あぁ」
イザベラを寝室に残して、廊下にある窓から屋根に上る。確かに、中村のいう通り外にはゾンビがまばらにしかいない。家の中だけあれだけのゾンビがいるのか。この屋根から車のところに下りればすんなりと車を手に入れれそうだ。そうと決まれば状況が変わらないうちに出発だ。
「イザベラを連れて行くぞ」
「わかった。呼んでくる」
中村さんが家の中に戻った。空を見ると、昨日の夜は晴れていたはずなのに分厚い雲が空を覆っている。これは一雨来るな。どこかで合羽を手に入れておいたほうがよさそうだ。
「連れてきたよ」
「うわっ。雨降りそう」
「早く行こう」
屋根を伝ってカーポートに止まっている車のところへ行く。夜は暗くてよく見えなかったが、ミニバンでハイブリッドか。使い勝手はよさそうだ。ハイブリッドなら音を立てずに進むことができる。屋根から降りて、中村が車のカギを開けると、鍵を開けたときになる電子音で周囲のゾンビがこっちに気が付いた。
すぐに車の助手席に乗った。後ろのイザベラはすぐに乗り込もうとするが、電動スライドドアが開くのを待っている。こういう時にハイテク装備って、邪魔になる。しかも、スライドドアの開くときの音でさらに周囲のゾンビがこっちを見ている。半分ほどスライドドアが開いたところでイザベラが体を社内にねじ込んだ。
「早く出して!」
「わかってるよ!」
中村が車のシステムを起動させてゆっくりと発進さて、それと同時に運転席からスライドドアを閉めた。ゆっくりと、モーターの力だけで進むがいくらモーターの音が小さいといっても周囲のゾンビには気が付かれている。ハイブリットも万能ってわけではないようだ。
「どこに向かえばいい?」
「とにかく浜名湖から離れよう」
「そうだね。山奥とかどう?これからの時期、熱くなるし、山の中なら涼しいんじゃない?」
そうだった。これからの季節、熱くなる。最近は毎年のように最高気温を更新してる。この様子だと今年も熱くなるんだろう。食料とかを積み込んで山に籠もるのもありかもしれない。
「近くの山ってどこ?」
「さあ?それよりも食料じゃない?」
運転している中村が不意にエアコンをつけた。エアコンの吹き出し口から冷たい風が出てきた。エアコンとか何か月ぶりだろうか。
「ドラッグストアでいいんじゃない?スーパーとかは軒並み荒らされているだろうし」
「行ってみないことには分からないし、行ってみよう」
適当に山に向かっていればスーパーや、ドラッグストアぐらい見つかるだろ。そんなことを考えていると、さっそくドラッグストアを見つけた。中村が駐車場に車を止めると、エンジンを切った。車の中から周囲を見渡すと、追いかけてきているゾンビはいない。周囲のゾンビはこっちに気が付いてない。降りるなら今だ。
「イザベラ、スライドドアは開けるなよ。音が鳴ってゾンビに気が付かれる」
「わかってる」
車か降りると、ドラッグストアの入り口に立って中の様子をうかがうが、真っ暗で何も見えない。ライトもない。これはあきらめたほうがよさそうだ。
「これはさすがに無理だ。あきらめて別の店にしよう」
「そうね。さすがにここまで真っ暗だと危険すぎるね」
もう一度、車に乗り込むと、ドラッグストアを後にした。




