42話 お見舞い
しばらくその場で待っていると、井上さんが一人の男を連れてやってきた。その男は中村さんを襲っていたやつだ。
「ここにいたのか」
「はい。その男、どこにいたんですか?」
「結局、すぐ近くの車の下に隠れてたよ。こいつ、あの建物内の女性をほとんど殺したみたいだ。ほかの部屋を回ったが、死体ばかりだった」
中村さん、結構危ないところだったんだな。こんな殺人鬼が紛れ込んでいるとか聞いてないぞ。
「あのー」
井上さんが最初にいた自衛隊の人を呼び出した。
「どうした?さっさと、トラックに乗せとけ」
「いや、こいつ5、6人の女性を殺したんですよ。このまま野放しにしとくのも危ないんじゃ……と思いまして」
「何が言いたい?」
「こいつ殺しません?」
「……その処遇に関してはこっちで対処する」
ほかの自衛隊員がやってきて殺人鬼の男を連行してセダンのトランクに押し込んだ。まぁ、そこなら暴れても問題ないけどさ……。そして、そのままどこかに車は走り去った。
全く、井上さんは何を言い出してるんだ。
「……とりあえずご苦労。ここの制圧は完了した。メンバーが帰ってきたら帰っていいぞ」
「わかりました」
井上さんと乗ってきた車に戻る。
「何で殺すって提案したんですか?」
「いや、このまま野放しにしといても誰かを殺すだけだろ。こんな時に人間同士で数を減らすなんてアホらしいだろ」
「まぁ、そうですけど……」
井上さんのいう事も一理ある。たとえ拘束したとしても、拘束した奴を見張るのに最低一人、そして、食事も与えなくてはいけない。あんな奴のために人員を割くのももったいないような気もする。そんなことを考えていると、ほかのメンバーが戻ってきた。井上さん以外の名前って聞いたことないな……。
「さて、ちょっと学校に向かってくれ」
「どうした?怪我したのか?」
「ちょっと、湿布が欲しくてな」
「というわけだ。大隅、運転頼んだぞ」
……しまった。運転席に座るんじゃなかった。学校なんて、この避難所にあったっけ?
「安心しろ、この道をまっすぐ行けばたどり着く」
「学校ってなんの施設になってるんですか?」
「今は病院として扱われている。病人とかも収容されているはずだ」
病院か。中村さんもそこに行ってるんだろうな。探して様子でも見てやるか。
「お前、あのねーちゃんに会うつもりだろ」
「何で分かったんですか?井上さん」
「え?何?恋人でもいるのか?」
「こいつ、あのビルの女の一人に惚れてるんだよ」
「そんなんじゃないですよ!」
「え?違うのか?」
……実際のところどうなんだろうか?あいつは黙ってればかわいい部類には入るけどな……。性格がちょっとばかり合わないっていうか……なんだろう?まぁ、とりあえず運転に集中しよう。
「何で湿布が欲しいんだ?」
「いや、気絶したやつを運ぼうとしたときに腰をな……」
「サポーターいる?」
「持ってる」
ルームミラーを見ると、後ろからも数台車がついてきている。同じように病院に向かってるのか?病院……いや、学校?
「後ろの奴らも学校行くのかな?」
「そうだろ。意外と怪我したやつが多いらしい」
「俺も、対人戦はこれが初めてだし」
俺以外は楽しそうに話している。なんか話に入りづらい。そんな感じでラジオ感覚で話を聞き流していると、遠くに一際明るい建物が見えてきた。形的にもあれが目的地の学校だろう。グラウンドで照明でもつけているのか、かなりの明るさだ。太陽光発電だけでここまで贅沢に電気を使って大丈夫なのだろうか。
車をグラウンド隅に止めてある車の横に駐車する。
「どうします?降ります?」
「俺はこのまま待ってるよ」
「俺も」
結局、車から降りたのは俺と、湿布を欲しいと言っていた男の人だけだった。周りを見渡すと、グラウンドにも白くて細長いテントがいくつも並んでいる。
「多分、お前の彼女はあっちのテントにいると思う」
「何で分かるんですか?」
「前に来た時、奴隷はあっちのテントで治療を受けていたからな。ちなみに、俺とか大隅が治療をけるときは校舎で」
こういうところでも格差をつけているんだ。まぁ、治療してもらえるだけでも、このご時世ありがたいことなんだけど……。
テントの方に向かうと、ちょうど中村さんが出てきた。両腕には包帯がまかれている。よく見ると両足にも包帯……って、全身包帯でグルグル巻きだ。
「あれ?お見舞いでも来てくれたの?」
「元気そうだな。傷はどんなもんだったんだ?」
「数針縫ったくらい。縫った場所の傷は残るって」
「そうか。もうちょっと早く助けることができればこんなことにはならなかったんだけど」
「十分だよ。あのまま放置されていたら何されていたか……」
中村さんの後ろで外に出たそうにしている人がいる。この場所で話していたら通行の邪魔になるな。ほかの場所に行こう。学校の屋上なんてどうだろうか?
「屋上いこうか」
「そだね」
二人で校舎の方に歩いていると、井上さんがこっちに向かって手を振って歩いてきた。
「おーい。まだ時間かかりそうか?」
「もうちょっと話したいですね」
「そうか。それなら俺たちは帰る」
「え?そんなことしたら俺と、湿布をもらいに行った人は腰の症状がかなり酷いらしく即入院だそうだ。そんで、俺と、前園はほかの奴の車に同乗して家に戻るよ」
「そうですか。ありがとうございます」
あの人、前園っていうのか。初めて知った。そのまま井上さんと前園さんは乗ってきた車の隣の車に乗り込んだ。
「気が利く人だね」
あれで気が利いているのか?学校の正面に向かうと、玄関で見張っている自衛隊員に止められた。
「おい。奴隷なんて連れてどこに行くつもりだ?奴隷は向こうのテントで治療してもらうことになっている」
「ちょっと屋上に行くだけでもダメ?」
「駄目だ。奴隷どもなんて信用できない」
「俺からもお願いしますよ」
「あれ?お前は確か、パーティにいたよな」
「いましたよ」
「……まぁ、お前がいるなら大丈夫か。浜田さんのお気に入りだからな。ちゃんと見張ってろよ」
いつから俺は浜田さんのお奇異に理になったんだ?……細かいことは気にしないでおこう。
玄関から校舎の中に入った。




