32話 出発
岩尾さんが何か重要なことを知ってそうな口ぶりをしているが、いつそこからこっちに移動したかが、重要だ。混乱の初期に移動してきたならば1か月の間に状況は変わっているだろうから聞いても意味無いな。それと、なんでこんなときに重要そうなことを話すんだ?
「どうして、いまさら話すんですか?しかも俺なんかに」
「どうしても自衛隊の人は信用できなくて。……な。それと、誰かに相談しておかないと心のモヤモヤが晴れそうに無くて」
そんな理由かよ。
「話は2週間前になるが、最初の1週間はマンションに篭っていたんだが食料と飲料水が無くなってゾンビに見つからないようにして私と妻で、近くのショッピングセンターに向かったんだ。だが、案の定、ゾンビが見えるだけでも10体以上はいた。さらに商品を持ち出そうとしたのか、入り口付近に商品を詰め込んだカートが何台も放置されていた。ショッピングモールは諦めて車を使ってここまで来たというわけだ」
話を聞く限り、商品を持ち出すのに失敗して撤退したか、ゾンビの仲間入りをしたって感じだ。この様子なら中の商品はかなり残っているだろう。でも、そこらへんは俺達の仕事じゃない。さらに、この2週間のうちに他の団体が商品を運び出した可能性がある。
「そんなことがあったんですか」
「ちなみに、大隅さんはどこから避難してきたんですか?」
「東京ですよ」
「本当ですか!?」
あー、この感じ、俺も話したほうが良さそうだ。
岩尾さんにここまで来た道のりを簡単に話した。もちろん、中村さんとイザベラが仲間だった事、イザベラに超回復がある事は隠している。
「そうですか。なんて言うか……勝手に自分語りをしてすいません」
「いえいえ」
気が付くと、すでに日が傾き始めていた。もうそろそろ戻って明日に備えて体力を温存しておかないと。いざ明日になって体調が優れないとか洒落にならない。
「それでは、明日お互いにがんばりましょう」
「はい」
お互い、握手を交わすとバイクに乗ってそれぞれの家に戻った。
玄関に入ると、バイクを貸してくれた人が立っていた。最後のねぎらいの言葉か?
「おい。俺の貸したバイクはどこだ?」
「あ」
そうだ。昨日説明を受けた駅に置いてきた。ポケットに鍵は入ってるのに。
「駅に忘れてきました」
「はぁ!?……取りに行くぞ。俺もバイクが必要なんだ」
家の前に停めたバイクに連れて行かれた。
「二人乗りで行くぞ」
バイクに跨ると、後ろにバイクを貸した人が乗ってきた。あれ?ヘルメットは要らないのか?
「ヘルメットはいいんですか?」
「お前の運転の腕を信じてる」
何だそれ?ゆっくりとバイクを発進させて駅へと向かう。流石に暗くなってきたら外を歩いている人はいないようだ。
「明日、がんばれよ。偵察部隊が仕事をしてくれれば物資を回収しに行く俺達が楽になるんだからな」
あ、この人も作戦メンバーに選ばれていたのか。でも、説明会にいなかったはずなんだけど。説明会の後にメンバーに加わったのか?
「まず、生きて帰ってこれる事を祈っててください」
「そうだな。情報を集めても帰って来れなかったら道路状況を集めた意味無いか。まぁ、偵察部隊が帰ってこなくても出発するらしいけど」
偵察部隊いらないだろ。……ここで考えても始まらない。明日、晴れるといいな。そんな感じで話していると駅に着いた。借りたバイクは停めた場所に置いてあった。バイクを貸した人が自分なバイクに乗った。
「俺は行くところがあるから先に戻ってろ。明日がんばれよ」
「ありがとうございます」
家に戻ると、すでに家の電気は全て消えていた。手探りで自分の部屋に戻ると、すぐに布団の中に入った。結局、この避難所に来たけれども、イザベラの居場所は分かってない。普通、日本だと外国人は珍しいからすぐに見つかると思っていたんだけどなぁ。
そんなことを考えている間に眠っていた。目が覚めると、時計の針は6時をさしていた。今から行けば十分間に合うだろ。
バイクに跨ってエンジンをかけると、家の2階の窓が開いた。あれは井上だ。
「おーい。がんばれよ!」
「はーい!」
駅に向かって走っていると、後ろにオフロードバイクがぴったりとくっ付いてくる。同じく偵察に出る人だろう。そのまま駅に向かうと、すでに数台のオフロードバイクと、自衛隊員がいた。後ろの人は気が付かなかったが、岩尾さんだ。
「どうも」
「あ、どうも」
『全員集まったな!今日は午後から雨が降る可能性がある。そのため全員に雨合羽を支給する』
1人の自衛隊員がダンボールから雨合羽を配り始めた。受け取ると、しっかりとした感じの良いヤツだ。普通に買ったら高いんだろう。それぞれ雨合羽を着ると、説明が始まった。
『こちらで考案した2ルートを偵察に言ってもらう。片方は東名高速を使うルート、もう片方は海側の国道1号線を通っていくルートだ。チーム分けはこちらで勝手にした』
その後すぐ、チーム分けが発表されて俺は、国道1号線から向かうルートになった。全員で4人。岩尾さんと同じチームだ。出来れば東名高速道路を行きたかった。高速の方がゾンビの数は圧倒的に少ないからな。
『それでは出発する』
「国道1号のチームはこっちだ」
顎鬚を生やしている自衛隊員が俺のいるチームを先導してくれるのか。肩には自動小銃をかけている。
「俺の名前は郷田 剛だ。付いて来れないやつは容赦なく置いていくから覚悟しとけよ」
これは死ぬ物狂いで付いていかないと、これから行く場所はゾンビが多く居る場所だ。そんなところで武器も持たない俺がはぐれれば死あるのみだ。
先に、東名高速組が出発した。その後に続いて国道1号組が出発した。この避難所に入ってきた有料橋から外に出ると、東名高速組が左に、国道1号組は右に進んだ。付いていくと、ゾンビを避けながら海側に進んでいく。ここまではゾンビの数が少ない。
しばらく進むと、交差点で大型トラック同士が正面衝突をして交差点を塞いでいた。先頭の郷田さんが停車する。ポケットから髪を取り出すと何か書き込んでいる。多分、地図に通れないことを書き込んでいるんだろう。ポケットに地図を仕舞うと、発進した。それに付いていくと、郷田さんがトラックを通り過ぎた後にゾンビが現れた。上手く、俺と、岩尾さんが避けた後に後ろについてきていた男性にゾンビが飛びついた。
「うわああああ!」
男性はゾンビに飛びつかれて倒れた。そのままゾンビともみ合いになっている。助けないと男性が噛まれてしまう。
パァン
助けようとブレーキをかけた瞬間に銃声が聞こえた。郷田さんの方を見ると、バイクを停めて拳銃を構えていた。距離としては20メートルくらいあるぞ。その距離を頭に当てたのか。自衛隊だけあって射撃は上手い。ってか、見捨てるとかいいながら、結局助けてるじゃねぇか。
走るに連れて道路や、周りの畑に居るゾンビが増えてきた気がする。進む先には住宅街が見える。住宅街には所々、黒焦げになっている家が見える。ここも、1ヶ月前は酷い状況だったんだろう。ゾンビもどれだけ居るか分からない。気を引き締めていかないとマジで殺される。
住宅街に入ると、ゾンビが湖周辺に比べて増えている。しかも、バイクのエンジン音で余計に寄って来ている。だが、ゾンビの動きが遅いおかげで振り切るのは簡単だ。交差点を曲がると、海が見えた。その手前には国道1号線も見えた。




