28話 運転講習
加奈ちゃんが部屋に入ってきた。その手には真っ白な袋が握られていた。
「加奈、どうした?」
「浜名湖に行くならこれ持って行くといいよ」
加奈ちゃんから真っ白な袋を受け取ってみると、中には真っ白な粉が入っている。片栗粉?砂糖?
「多分、中身は麻薬とか、覚せい剤とかだから自分で使うかわないほうがいいよ」
「加奈!どうしてそんなものを持っている!?」
「浜名湖から逃げ出すときに持ってきた。使うつもりは無いよ」
「これを……どうして俺に?」
「賄賂として持っていくと、態度も変わるかもしれないから」
こんなの賄賂になるのか?……なにも無いよりはマシか。
「ありがとう。貰っていくよ」
「出発は明日の方がいいかもしれません。到着するまでに真っ暗になります。そんな中移動するのは危険ですので、明日の日の出と一緒に出発すればいいかと」
ここまで、お世話になると申し訳ないな。何かしてやれそうなことは……来るときは気がつかなかったが、カーポートの中に軽自動車が止まっている。運転の仕方でも教えとくか。車を使えるようになっていれば物資と人をある程度運べるようになる。その代わり、エンジン音でゾンビに気づかれるのと、ゾンビが集まれば車が身動きできなくなるというデメリットもある。
「雄介さん。車の運転方法を教えますよ」
「本当ですか!?」
「お世話になったお礼です。加奈ちゃんも教わる?」
加奈ちゃんは首を横に振っている。無理に教えたところで頭に入らないだろう。
雄介に車の鍵の位置を聞いて、車に向かう。幸いゾンビは付近には見当たらない。今ならエンジンもかけることが出来る。
「鍵を刺して捻る。そうすると、エンジンがかかる。あ、ボタンを押してかけるタイプもあるから。そのときはブレーキを踏みながらボタンを押す。エンジンがかからないときはギアがドライブに入ってないか確認すること。入っていたらパーキングに入れること」
「ちょっ……!ギアがドライブ?」
あー、免許をもってなきゃ、専門用語なんて分かるわけないよな。思ったよりも時間がかかりそうだ。
その後、日が暮れるまでみっちりと教え込んだ。これで、車の運転は出来るようになったはずだ。後は、運転して慣れてもらうしかない。
「助かりました。いつでも車で逃げることが出来ます」
「あまり車を過信しない方がいい。信号も機能していないし、交通事故の危険もある。あと、通れない道も沢山あるから使わないで済むなら使わないほうが良い」
さっきまでいた部屋に戻ると、加奈ちゃんが布団を1つだけ敷いてくれていた。俺の分だろう。そりゃ、初めて会った人間の隣で寝るなんてことは防犯の面で出来ないだろう。
「私は加奈と一緒に隣の部屋で寝ているので何かあったら呼んでください」
「トイレはどこに?」
「部屋を出て正面の部屋がトイレです。流した後、便器横のバケツの水を柄杓ですくってタンクに入れといてください」
部屋を出てトイレに向かおうとすると、横の階段に机や、棚で作ったバリケードが置いてある。これなら、1階にゾンビが侵入してきても2階に上がってくることはないだろう。
トイレに入ると、水がいっぱいに入っているバケツが置いてあった。その横には柄杓も置いてある。言っていたのはこれのことだな。
用を済ませると、言われたとおりに水を流してトイレのタンクに水を入れておいた。まだ、この地域の下水道はまだ使えるようだ。それとも、誰かが処理施設を動かしているのか?いや、それは考えにくい。施設を稼動させていればゾンビが寄って来る。それも、24時間休み無く集まってくる。それを1ヶ月前から施設を守っているなんて考えにくい。ってことは、下水が使えなくなる日も近いかもしれない。
部屋に戻ると、ろうそくが1本机の上に立てられていた。ここは電気が来てないらしい。浜名湖の避難所はどうなんだろうか?発電機でも動かして電力を確保しているのか?……今考えてもしょうがない。浜名湖の避難所に着いたら、最初に、イザベラと中村さんを探さないといけない。その後、何とかして避難所を出なくてはいけない。とりあえず、行って見ない事には作戦のかんがえようがない。明日に備えて寝るか。
机の上のろうそくの火を消して布団に潜り込んだ。
日の出と共に何とか目を覚ますことが出来た。隣の部屋を見るとこっそりと覗いてみると、ベットには加奈ちゃんが寝ていて、その横に布団を敷いて雄介が寝ている。机の上に置手紙でもしてから出発するか。
部屋にあった白紙の紙に感謝の言葉と無事に生き残れるようにと書いて、机の上に置いた。そして、昨日貰った地図と、危ない白い粉を持って家を後にした。
周囲のゾンビに気を配りながら進む。比較的、この町のゾンビの数は少ないような気がする。とは言っても、油断していればすぐに見つかってしまう。流石にあそこまでお世話になっておいて武器が欲しいとはいえなかった。地図を見る限り浜名湖の避難所に入るためには橋を渡る方法以外ないようだ。浜名湖の中心ぐらいにある半島っぽいところの上の方にはバツ印が横に並んでいる。どうやって封鎖しているのかは分からないが、橋の方から行くのが無難なようだ。
浜名湖にかかる橋の付近まで到着した。いきなり、橋には行かずに近くの民家から橋の様子を見よう。ゾンビが多いようなら別の手段を考えるしかない。民家の中に入るなら流石に武器が必要だ。こう開けた場所なら走って逃げることが出来るが、屋内となると、ゾンビがいた場合戦闘は避けることは出来ない。
「何か使えそうなものは……」
周囲を見渡すと、電柱に衝突してフロント部分がめちゃくちゃに壊れたセダンが放置してある。おもむろにトランクを開けてみると、運よく工具箱が入っていた、その中から大き目のラチェットを取り出した、そのまま、近くの民家の玄関へ向かう。
よくある、和風の2階建ての家だ。玄関の引き戸を開けようとするが鍵がかかっていて開かない。廊下の窓を一つ一つ見ていくと、一箇所だけ鍵がかかっていない窓があった。
「お邪魔します……って誰も居ないか」
部屋の中は荒らされていなかった。ゾンビが進入していれば家中に肉の腐った臭いが充満しているはずだ。
ドサッ
何か上の階で物音がした。もしかしたら何かが居るのかもしれない。なるべく、音を立てないように階段を見つけて上がる。階段を上った先には3つほど部屋がある。そのうちの2つは子供部屋なのか、可愛らしい名札がかかっている。かなこの部屋と書いてあるほうの部屋をノックしてみる。が、反応が無い。ゾンビだと、ノックした時点で扉に体当たりをしてきているはずだ。生存者だとしても、何か反応が有ってもいいはずだ。
「行くか」
ゆっくりと扉を開けると、そこにあったのは天井からぶら下がる縄と、腐った胴体だ。ここで首吊りでもしたのだろう。腐って首がもげたのだろう。腐敗が酷すぎて男か女も分からない。ここからでも、橋が見えるがこの臭いは耐えられない。
部屋を出て、隣のかずひとの部屋という札がかかっている部屋に入る。部屋の中はいたって普通で、教科書やバックを見る限り中学生だったんだろう。この部屋からも橋が見える。だが、遠すぎてよく見えない。何か使えそうなものが無いか探してみよう。この部屋には使えそうなものは無い。もう1つの部屋を探してみよう。
もう1つの部屋は夫婦の寝室みたいだな。クローゼットを探していると、双眼鏡を見つけることが出来た。それを使って端を見ると、料金所に車と家具を使ってバリケードが作ってある。その手前には自衛隊らしき人が銃を持って、迫ってくるゾンビを撃ち殺している。あれだけ銃声を響かせても、ゾンビが集まってこないのは不思議だ。それとも、ここら辺のゾンビは倒してしまったのか?
しばらく眺めていると、料金所から2人の男が出てきて、ゾンビの死体を橋の下に投げ捨てているのが見えた。明らかに自衛隊ではない。ボロボロの服を着て自衛隊に銃口を向けられている。あれは奴隷か?
……もうそろそろ行かないと、日が暮れて身動きできなくなる。家を出る前にリュックに白い粉と、双眼鏡、台所にあった飲料水を入れると、外に出る。遠くの方にゾンビが数体見える意外ゾンビはいない。
橋に近づくと、料金所の前にいる自衛隊員がこっちを見てきた。銃を向けているが近づくに連れてゾンビじゃないと分かったのか、銃口を降ろした。しかし、料金所の屋根で何かが光ったと思った瞬間に周辺に銃声が響いた。




