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25話 墜落現場

 横浜スタジアムの中に入ると、肉の腐った臭いが充満している。スタジアム内は停電しているが通路の端には死体が何体も横たわっているのが見える。


「見えるところには奴らはいないみたいだ」


 通路を進んでいくが、通路脇の死体の山は途絶えることが無く、続いている。壁を良く見ると、銃弾を受けたような跡が幾つもある。自衛隊が対処してくれたのだろうか?


「まって!前に人影!」


 前を良く見ると、ゆらゆらと人影がこっちに向かってくるのが見える。暗くて、ゾンビかどうかが分からない。スマホで照らしてみるか。

スマホで照らしてみると、まず目に入ったのが迷彩服だ。その後に、顔を見ると健康そうな肌をした中年男性の顔だ。こいつはゾンビじゃないだろう。……多分。


「避難される方ですか?」

「……はい。そうです」

「そうですか。スタジアムまで急ぎましょう。ヘリコプターが待機しています」


 この人はゾンビでは無さそうだ。自衛隊員の手には拳銃が握られている。自衛隊員についていくと、スタジアム脇のベンチスペースに出た。中央にはヘリコプターがローターを回しながら待機していた、その横には自衛隊のトラックが止まっていて、周りには小銃を持った自衛隊員が5人ほど居る。

観客席を見ると、ゾンビが数体ほど散らばってフェンスにしがみ付いて唸っている。


「さぁ!こちらです。」


 ヘリコプターに乗り込むと、すでに所狭しと逃げようとしている人が押し込められていた。乗っている人がこっちを見た後、すぐに下を向いた。


「定員になり次第出発します。それまでお待ちください」


 開いているスペースに座ると、しばらくして、俺達が入ってきたところと同じところから子供を2人ほど連れた親子がこっちに走ってきた。その後ろからは大量のゾンビが迫ってきている。


「全員射撃用意!避難民に当てるなよ!」

「撃て!」


 銃声が休む暇も無く、鳴り響く。その光景を身を乗り出しながら見ていると、銃撃で先頭のゾンビが倒れる。それに躓いて後ろのゾンビが何体も倒れる。これで、親子たちとゾンビの間の距離が広がった。


「離陸準備!」


 親子がヘリコプターに乗ると、後ろのハッチがゆっくりと閉まる。半分くらい閉まったところでヘリコプターが浮き上がった。閉まるハッチから外を見ると、外に残った自衛隊員達がトラックに乗って、車両搬入口から逃げていく。

完全にハッチが閉まると、ヘリコプター内の自衛隊員が安どの表情を見せた。空に上がればゾンビが追いかけてくることは無いだろう。


「ところで大隅さん。決断しましたか?」


 すっかり忘れてた。でも、決断する必要は無いだろ。ヘリコプターで自衛隊の基地まで行けば食料には困らないだろうし、自衛隊が周囲を警戒してくれる。俺がイザベラさんを守る必要ないだろ。


「別に……俺が守る必要は無いんじゃ」

「……まぁ、……そうですね」

「何の話してるの?」


 イザベラさんがこっちに近寄ってきた。


「お前の父さんがお前の……」


 言いかけたとたん、叫び声が聞こえてきた。叫び声がしたほうを見ると、女の子が女性の喉下に噛み付いている。女性は必死に引き剥がそうとしているが、出血が多すぎるのか気を失った。


「皆さん離れてください!」


 自衛隊員が女の子のゾンビに向かって小銃を構える。


「ガァアアア!」


 女の子ゾンビが自衛隊員に飛びついたその反動で自衛隊員が倒れた。必死にもがくのと同時に小銃から発砲音がなって、付近の人に弾が当たる。

 横を見ると、アシュレーさんがイザベラを守るように抱きしめている。その背中は赤く染まっていた。


「お母さん!?」


 ゾンビがいたほうを見ると、すでに女の子、自衛隊員、女性の3体のゾンビが周囲の人に襲い掛かっていた。


「うわぁああ!」

「きゃああああ!」


 こんな狭いところじゃ逃げ場所なんて無い!ゾンビを倒そうにも、皆パニックになって動き回るせいで武器の包丁を上手く振り回せない。


 ガシャアン


 今度はヘリコプターの機体が大きく揺れた。パイロットの方を見ると、フロントガラスには血が飛び散ってパイロットがぐったりとしている。流れ弾にでも当たったのだろう。


「しっかりして!お母さん!」

「大隅!前!」


 ジミーさんの声で、前を見ると、血まみれの人が目の前に立っていた。腕は千切れそうで、腹からは大きく出血している。そいつは口を大きく開けると、こっちに向かって倒れてきた。……終わった。噛まれてめでたくゾンビの仲間入りだ。目を、硬く閉じる。


「うぐっ……!」


 目をゆっくり開けると、ジミーさんがこっちを見ながら中腰になっている。右の首筋にはゾンビが噛み付いて、じわじわと血がにじみ出ている。


「何してるんですか!?」

「すまないね。勝手なことして、私のようなおじさんが生き残るより、若い人が生き残る方が未来が明るいだろ?」


 包丁を取り出してジミーさんに噛み付いているゾンビの脳天に包丁を突き刺すと、ジミーさんと一緒にゾンビが崩れ落ちた。その向こう側には死体をむさぼり食べるゾンビ、食べられないように必死に抵抗する男性、倒れた彼氏の名前を呼び続ける女性……地獄だ。


「……こんな状況で言うのは……卑怯かもしれないが」

「喋らないでください!今止血します!」


 上着を脱いで、ジミーさんの首元に当てるが血が止まらない。噛まれてしまってもう無駄なのは分かっているはずなのに体が勝手に動いた。


「娘を……本当に……頼む」


 ジミーさんが大量の血を吐いて咳き込んだ後、静かになった。本当に卑怯すぎるだろ……。イザベラさんの方を見ると、動かなくなったアシュレーさんを必死にゆすっている。イザベラさんに近寄ると、こっちを見てきた。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。


「しっかりしろ!何とかして生き残るぞ!」

「でも……どうやって」


 確かにその通りだ。周りを見ると、かろうじて抵抗している人は居るが、ほとんどが死体と、それをむさぼり食うゾンビだけだ。1体のゾンビがこっちを向いてゆっくりと、歩いてきた。ゾンビに突き刺した包丁を引き抜くと、先端が折れていた。こんなの使い物にならない。


「外見て!」

「こんなときになんだ!?」


 外を見ると、鉄塔が横を通り過ぎた。もうここまで高度が下がったのか。ってことは……もう墜落する!


「イザベラ!何かに掴ま――」


 最後まで言い切る前にヘリコプターが地面に激突した。……目を覚ますと、土の上に寝転んでいた。周りを見ると、バラバラになった機体が散乱している。そのほかには男性か女性かだったかも分からないほどになった肉塊が転がっている。生きてる人も居るみたいだが、もう虫の息だ。助からないだろう。逆にこの状況で生き残れたな。体中痛むがイザベラを探そう。


 しばらく周辺を散策すると、機体の破片に腰掛けているイザベラがいた。服は血まみれだが、本人は大丈夫そうだ。他の人の血でも浴びたのだろう。


「あ、良く生きていたね」

「お互い様だろ。……体中痛むかもしれないが行こう。ゾンビが寄って来るかもしれない」


 イザベラと山を下山する途中イザベラが墜落現場方面を見た。もしかすると、ジミーさんとアシュレーさんの遺体だけでも埋葬したいのか?


「どうする?戻って埋葬するか?」

「ううん。大丈夫」


 その後、イザベラが振り返ることは無かった。

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