24話 スタジアム
「頭を上げてください。どうして俺なんですか?託すだけなら自衛隊や警察、大使館もありますよ」
「本当はそうしたいのだが、この状態を見れば警察や自衛隊が信用できなくなるのも分かるだろ?」
反論できない。確かに警察はまともに機能して無いし、自衛隊も避難民を目的地まで運んでくれなかったしな。
「あと、君はイザベラとずっと一緒にいたんだ。あいつ等になるのが、空気感染以外だとしたら、イザベラは君が感染してないのは分かっているだろう」
ずっと、一緒にいたわけではないんだけどな。まず、この事態が始まった場所すら知らないんだけど。
「……この話は保留でもいいですか?」
「あぁ。いきなり返答を求めるのもつらいだろう。あまり時間は無いが、ゆっくりと考えてくれ。部屋に戻ろうか」
ジミーさんが立ち上がると、部屋の方向に向かって歩き出した。結局この階にはゾンビはいなさそうだ。部屋に戻ると、すでに2人はベットで寝ていた。
「君がベットを使うといい。私は扉近くで寝てるよ」
「いえいえ、こっちが扉近くで見張りとして寝ますよ」
「寝たら見張りの意味無いような?」
そうだな。起きてないと見張りの意味無いな。
「二時間ごとに交代しますか?」
「それで行こう。最初は大隅さんにお願いするよ」
「わかりました」
扉の前で包丁を持って座り込む。まぁ、包丁じゃ倒せても1体倒せれば良い程度だ。窓から外を見ると、対岸の工場地帯が火の海になっているのが見える。石油コンビナートでも燃えているのだろう。
外を眺めていると、廊下で何か物音が聞こえた。覗き穴を覗いて確認するが、誰も居ない。……扉を開けて確認しとくか。数が多い場合は皆を叩き起こすか。
扉を少しだけ開けて顔出してみると、エレベーターホール付近に人影が何体か見える。……非常階段から上がってきたのか?取り合えずどいつもこいつも、エレベーターの方を向いてこっちには興味無さそうだ。
音がしないようにゆっくりと扉を閉めて厳重に鍵をかける。どうせ、今出て行っても、ゾンビに数で負けるだけだ。扉が破られても、数で負けるし、ゾンビがいなくなるまでやり過ごすしか無さそうだ。
そのまま、ぼーっとしているとジミーさんがこっちに向かって歩いてきた。
「大隅さん。交代の時間です。何か変化ありましたか?」
「エレベーターホールの方にゾンビが数体いましたが、こっちに向かってくる気配は無いです」
「そうか。2時間、ゆっくりと寝てくれ」
ジミーさんが寝ていたベットに横になると、すっと寝ることが出来た。
「……てください。起きて下さい」
目を開けると、すでに外が明るくなってきている。もしかして2時間交代を寝過ごしたのか?
「すいません。俺、寝過ごしましたか?」
「いえ、私も寝てました」
……見張りの意味無いな。アシュレーさんがテレビのチャンネルを変えているが、どこのテレビ局も映らない。
「どこも映らないね」
「さて。横浜スタジアムに向かおう。人が殺到するのは目に見えている。順番待ちなんていしていれば襲われてしまうだろう」
アシュレーさんが車の鍵をゆらゆら揺らして遊んでいる。
「ねぇ。先に言っておくと、私のお母さん、元レーサーだからね」
人が見かけによらないとは、このことか。
ジミーさんが先頭で、俺が一番後ろ、その間にアシュレーさんとイザベラさんがいる陣形で進む。
エレベーターホールにいたゾンビはいなくなっていた。どこに行ったんだろうか?エレベーターを使えるとは考えにくいし、非常階段でも使って他の階に行ったのか?
エレベーターのボタンをジミーさんが押すと、すぐにエレベーターの扉が開いた。昨日使ってから誰も使ってないんだな。
エレベーターに乗り込むと。アシュレーさんが地下駐車場のボタンを押した。エレベーターの扉が閉まり、ゆっくりと下に降りていく。
地下駐車場にたどり着くと、ゾンビの姿は見えない。地下駐車場に入り口を見ると、乗用車同士が正面衝突をして止まっている。逆走でもして逃げようとしたところに入り口から車が入ってきたんだろうな。良く見ると、逆送しようとした乗用車の運転席で男性が血まみれの状態で運転席に座っている。
「車はこっち」
アシュレーさんの後についていくと、1台の国産SUVのハザードランプが2回点滅した。あの車か。
「2人は後ろに乗りなさい」
後部座席に座ってシートベルトを締めると、車のエンジンがかかった。
「アシュレー、道は分かるか?」
「大丈夫」
タイヤが空転する音と共に車が駐車スペースから飛び出して、出口へと向かっていく。こんな狭いところで飛ばしすぎだろ!曲がるたびにタイヤのスキール音が地下駐車場に響き渡って、ゾンビがこっちを見てくる。
「ちょっ!お母さん!?出口に車が!?」
出口のゲートの精算機横に軽自動車が止まっている。その横は微妙に車が1台通れるか通れないかのスペースが開いている。まさかあのスペースを通る機じゃないだろうな?ジミーさんを見ると、アシストグリップにしがみ付いている。
バキャッ
車は何とか微妙なスペースを通ることが出来たが、両サイドのミラーが無くなった。マジでぎりぎりだったんだな。アシュレーさんはこっちを見てドヤ顔をしている。前を見てください。
ドガッ
道の真ん中を歩いているゾンビを跳ね飛ばした。町の様子はいつ見ても変わらない。ゾンビが街中を歩いているだけだ。もう、この町に生きている人間なんて居るのか?
「その交差点を右だ」
ジミーさんがスマホを片手に道順を説明してくれている。それにしても、この調子ならあっという間に横浜スタジアムにたどり着きそうだ。
「ストップ!」
ジミーさんが叫ぶと、車が止まった。目の前を見ると、路線バスが横倒しになってゾンビが群がっている。この道は通れそうに無いな。
「ゾンビって人が居そうなところに集まる習性でもあるのかな?」
まだ、ゾンビについては分からない事だらけだ。これからも、観察したりしてゾンビのことを良く知らないと、こっちがやられるな。とりあえず分かっていることといえば、ゾンビは物音に敏感で、目はまともに見えて無さそうだ。あと、人の多そうなところに密集する傾向があるみたいだ。
「別の道を行こう。もうすぐで横浜スタジアムだ」
一本となりのでかめの通りに行くと、奥のほうに横浜スタジアムらしき物が見える。数人の人が走って横浜スタジアムに向かっている姿も見える。ゾンビをかわしながら進む人、手に持っている、金属バットや、ゴルフクラブ、鉄パイプを使ってゾンビを殴り倒している人も居る。その隣を、アシュレーさんが運転する車で通り過ぎる。
「到着ー」
アシュレーさんが横浜スタジアムの入り口付近の路肩に車を停めた。周りを見渡すが、道に死体が転がっているだけだ。誰かが倒してくれたんだろう。
車から降りると、横浜スタジアムの中からは、悲鳴や銃声が聞こえてくる。ヘリコプターの音も聞こえる。
「しっかり付いて来いよ」
俺達は横浜スタジアム内に入った。




