23話 大切なお願い
ホテルに入ると、自動ドアの音に反応したのか、ゾンビがこっちを見た。見ただけでも、5体はいる。こんなのを包丁だけでは無理だ。さっさとエレベーターを目指そう。
「エレベーターホールはどこかな?」
「奥に見えるよ。今なら人影も見えないし」
「いや、ホールのゾンビを見ろ」
見た感じ、動きの早そうな奴はいないから、かわしていけば何とかたどり着けるだろう。
「間をぬっていくぞ」
「え?本気で言ってるの?」
ゾンビが比較的少ない右側の方を通っていけば大丈夫だろう。音を立てないようにこっそりと……。
「うあー」
物陰にゾンビが潜んでいた。しかも、こっちに気がついている。ヤバイ!
ガシャン
物音がしたほうを見ると、受付らしいところの花瓶が割れている。その手前には包丁が落ちている。ゾンビたちは花瓶が割れた方向にゆっくりと歩いていく。物陰に潜んでいたゾンビも割れた花瓶に向かって歩き出した。
「ほ……ほら、いくよ」
イザベラさんが投げてくれたのか。おかげで助かった。良く見ると、イザベラさんの手が震えている。
「ありがとう」
「はやくエレベーターホールに行こうよ」
ゾンビたちは割れた花瓶周辺に集まった後、それぞれホールを歩き始めた。早く行かないと、エレベーターホールにゾンビが歩いてきそうだ。
エレベーターホールにたどり着くと、全部で4機のエレベーターがある。……とりあえず全部のボタンを押して、早くたどり着いたエレベーターに乗ろう。
「もし、エレベーターの中にゾンビがいたらどうするの?」
「……考えてなかった」
チン
エレベーターの扉が開くと、壁には血がついていたが、ゾンビは乗っていなかった。エレベーターの中に入ると、閉まるボタンを連打して扉を閉める。
25のボタンを押すと、エレベーターが上がり始めた。さて、エレベーターの中は大丈夫だったが、エレベーターホールでゾンビが待機しているのは勘弁してくれよ。
「もうそろそろだね」
チン
エレベーターの扉が開いた。頭だけを出して周りを見ると人影が見えない。この階にはいないのか?
「早く行こうよ!」
「大声出すな」
「……ごめん」
イザベラさんの両親が居るはずの907号室に向かって歩く。廊下の壁や床に血がついている。ここも、少し前は酷い状況だったんだろうな。
バン
「うわっ!」
「きゃっ!」
903号室を通り過ぎようとしたときに、部屋の中からドアにぶつかるような音がした。
「……大丈夫ですか?」
イザベラさんが声をかけてみるが返事は無い。代わりに扉を引っかいているような音が聞こえてくる。確実に中に居るのはゾンビだ。まぁ、他の人を助けている余裕なんて無いけどな。
目的の907号室の前にたどり着いた。扉には何回も引っかかれたような跡がある。
「お父さん!お母さん!いるの!?」
イザベラさんが扉を叩きだした。そんなに大きな音を出してゾンビがよってきたらどうするんだ。……きてないな。
「その声、イザベラか!?」
すぐに扉が開いた。開いた扉のところにはイザベラさんのお父さんだろうか?金髪の男性がいた。その奥には同じく金髪の女性が居る。
「……そちらの方は?」
「私をここまで送ってくれたの」
「とりあえず、部屋に入りなさい」
ホテルの部屋に入ると、どこにでもあるようなホテルの一室だ。ベットが3つあって、スーツケースが3つある。普通の旅行している家族だ。
「娘をここまで送っていただきありがとう」
「あ……いえ、俺も助けてもらってるので」
「一体どうなっているんだ?」
「俺に聞かれても……」
その後、少し話すと、お父さんのほうが、ジミー、お母さんの方がアシュレーというらしい。日本に3泊4日で旅行に来ていたら、この騒動に巻き込まれたらしい。
アシュレーさんは物静かな人だ。イザベラさんとは大違いだ。
「これからどうするつもりで?」
「日本の自衛隊という組織が近くで救助活動をしているらしくてな。そこに行けばイザベラとも会えると思ってたんだ」
「そうですか。自衛隊もあまり期待しない方がいいですよ。私達もここまで来る途中に自衛隊の手を借りましたけど、事故にあって大変なめに合いましたからね」
とは、言ったもののこの状況で信頼できるのは自衛隊だけだ。ネットを見ると、ここの近くだと横浜スタジアムだ。車で行けばそう遠くない距離だが、徒歩で行くとなればそこそこの距離だ。ましてや、この状況だ。車で移動するのが一番だろう。
「車か何か借りてないんですか?」
「このホテルの地下駐車場にレンタカーが停めてあります。それで行きましょう」
鍵は……アシュレーさんが持っている。運転するのはアシュレーさんなのか?
「外には今ならゾンビはいないよ」
「急がない方がいいと思いますよ。焦りは禁物です」
アシュレーさんが始めて喋った。思っていたよりも可愛らしい声だな。確かにアシュレーさんが言うように日が傾いてきて、薄暗くなってきた。薄暗くなれば自衛隊もゾンビを警戒して動かないだろう。
「大隅さん。一度、この階を見回りに行きませんか?」
「いいですよ」
「じゃあ、私も」
「イザベラは、お母さんと一緒にいなさい」
「え……でも」
「イザベラ、お父さんの言葉に甘えなさい」
ジミーさんが刺股を持ち出した。ホテルに有る武器といったらこれくらいか。俺も、包丁しか持ってないから人のこと言えないけどな。
ホテルの部屋を出ると、廊下には人影は誰も居ない。
「すまないね。実はちょっと話がしたくて部屋を出たんだ」
「はぁ……」
「この階の廊下にはあいつ等はいないから安心してくれていいよ」
ジミーさんが歩き出した。それについていくと、少し開けたところに出た。休憩所だろうか?椅子が何個か置いてある。
「とりあえず座ってくれ」
椅子に座ると、ジミーさんは目の前の椅子に座ってきた。
「私は、もう国には帰れないだろうと思っている」
何か喋り始めた。
「あの子も、異国の地で1人は厳しいだろう。かといって、日本に親戚や親しい友人もいない」
「はぁ……」
「そこでだ。どうか娘の面倒を見ていってもらいたい」
「はぁ……はぁ!?」
何言ってんだこの人。別に付き合っているわけでもないし、結婚も考えていない人間にそれを言うか?
「無理なお願いなのは分かってる。だが頼む!」
ジミーさんが土下座までしてきた。




