20話 両親
一体、今どの辺りだろうか?時々、ゾンビを踏み潰した感触が荷台に座っていても分かる。
「この辺どこなんだろうね?」
「さぁ?後ろの景色だけ見ても、どこに居るか分からん」
見える景色といえば、踏み潰されて肉片となった人の姿しか見えない。とりあえず、自衛隊の基地にさえたどり着けば衣食住は最低限は保障されるだろ。
「お父さんとお母さんに会いたかったな」
「諦めろ。イザベラさんのワガママだけで、横浜に向かうのは無理だ」
「自衛隊の人なら知ってるかな?」
イザベラさんが立ち上がると、後ろの方に居る自衛隊の人に何か話している。しばらく話した後、戻ってきた。
「今、横浜がどうなっているか聞いたんだけど分からないって」
「そうか。安全な場所についてから探そうぜ。俺も手伝うから」
「そうだね……ありがと」
遠くからミニバンがこっちに向かってくるのが見える。この辺りってもしかして多摩川の近くか?
「大きな川だね」
「多摩川っていう川だ」
遠くに見えていたミニバンが10メートルほど後ろまで来ていた。あ、追い越して来た。追い越す瞬間にミニバンの助手席の人が血だらけになっているのが見えた。これって……。
ドゴン
トラックが大きく揺れた。自衛隊の人が、無線で何処かに連絡を取っている。
「車を停めろ!」
車が橋の端のほうによっていく。このままだと橋から落ちるぞ。
ついにトラックが道路脇の縁石を乗り越えた。その後、すぐに体が軽くなった。目を閉じると、すぐに何処か硬いところに叩きつけられた。
「大隅さん!しっかりして!」
ゆっくり目を開けると、トラックが横倒しになっている。数人の人が俺と同じように倒れている。外には川が見える。
「あぁ……大丈夫だ。倒れている人は大丈夫なのか?」
「分からない。でも、動ける人はもう逃げたよ」
外を見ると、トラックは川の中州に落ちたみたいだ。川の土手の上にはゆらゆらと人影が見える。
「うわああああ!やめてくれ!」
土手を橋って逃げる男性が見える。叫びながら走っているせいか、人影がどんどん集まっている。男性は何とか上手く人をかわしながら逃げていたが、結局捕まって腕、腹、足を食われ始めて、男性のところに人だかりが出来た。
「逃げるなら今のうちじゃない?」
「そうだな」
トラックの中を見ると、数人の人が苦しそうな声を出しているが、残念だが運んでいる暇なんて無い。数人の変な人が川を渡ってきている。
川を渡ると、中州から見た人影はさっきの男性に群がっていてこっちには見向きもしない。橋を見ると、先程追い越しをかけてきていたミニバンが橋の上で横転して炎上している。
「これからどうしようか?」
「……私、横浜に行きたい。お父さんとお母さんに会いたい」
横浜か……富士演習場行く途中にあるだろうから大丈夫だろう。
「泊まっているホテルの名前わかるか?」
「ヨコハマグランドインター……なんだっけ?長すぎてわかんない。確か半円上の建物だったよ」
何と無く分かった。
「どうやって移動するの?電車?車?」
「車だろ。電車なんて動いてないだろう」
周りを見渡せば、乗り捨てられている車なんていくらでもある。さて、どんな車にしようかな。
「……私が運転しても良い?」
「別に良いけど」
橋の手前に泊まっているSUVでいいだろう。周りを見ても人影もいないし、後はエンジンがかかるかどうか見るだけだ。
車内を覗き込んでみると、鍵は刺しっぱなしになっていた。しかも、いまどき珍しいマニュアル車だ。
「マニュアル運転できるのか?」
「私の住んでいる国では、ほとんどがマニュアルだよ」
「日本とは逆だな」
車の中にカーナビが着いていた。それでホテルの名前を検索すると、到着まで40分と出ていた。倍の時間を見ていたほうが良さそうだな。
「ラジオをつけてもいいか?」
「ん?いいよ」
ラジオからはノイズ交じりだが、声が聞こえてくる。
『ラジオを……のみな…………人の多いところには……ないでください!……による救出活動も……ています』
だめだ。これじゃあまったく分からない。外を見ると、人の姿は有るが、ゆらゆらと歩いている。車のエンジン音に気がついたのか、ゆっくりと近づいてきている。歩道や、路肩に放置された車には血が沢山ついている。横浜中心部にはまだ少しあるのにこの感じだと、横浜の中心部はどうなってるんだ?
横浜の沿岸部に見える高層ビルからは火災が発生してる。空にはヘリコプターが幾つも飛んでいる。まともな人は車内から見る限り誰もいない。中心部に向かうにつれてあいつ等が増えてきた。こんな状態でたどり着けるか?
「あ、目の前ふさがれているよ」
「横の道に行けばいいだろ」
「そうだね」
横の路地に入ると、あいつ等の姿は余計に増えた。むしろ、表の大通りより酷い状況だ。
「もどって他の道を探した方が……」
「だめ。後ろにいっぱいいる」
後ろを見ると、大通りの方から10体以上のあいつ等がこの車に近づいてきている。あれを押しのけて戻るのは無理そうだ。あいつ等の力も強いから車のガラスなんてすぐに割られるだろう。
「進むしかないだろ」
「そうだね」
車がすれ違うことが出来るかどうかの広さの道を進んでいくと目の前で車が体重事故を起こして道を塞いでいた。
「どうしよう?」
「戻れ……そうにないな」
後ろを見ると、あいつ等がさらに増えて追いかけて来ている。もう戻れそうに無い。車を捨てるか。
「車を捨てて目の前の車を乗り越えるぞ」
車から降りて、事故車両によじ登って向こう側を見ると、あいつ等が数体うろついている。このまま進むのは難しそうだ。
「おーい!こっちだ!」
声のしたほうを見ると、数人の人が家の窓から手を振っている。家の入り口は事故車両が折り重なるように邪魔をしていて入れそうに無い。
「今、縄梯子を降ろすから!」
家の2階にある大きめの窓から縄梯子が降ろされた。事故車両の上を伝って縄梯子までたどり着くと、イザベラさんから上り始める。上を見ると、イザベラさんの白の下着が見えた。
「今、見た?」
「……ごめんなさい。忘れます」
縄梯子を上りきって家の中に入ると、数人の男女と、数人の子供がいた。




