19話 噛まれた子供
4人でバスに手を振ると、目の前で停車した。車内を良く見ると、すでに数人の人たちが乗っていた。
「早く乗ってください!奴らが乗ってきます!」
バスに乗り込むと、子供連れの夫婦や、おばさん、高校生のカップルなど様々な年齢層が乗っている。
「どこに向かうんですか?」
「和田区民集会所です。自衛隊の救助活動があるらしいですからね」
運転手の中年男性が車内マイクで答えたくれた。路線バスは道路でうろついている変な奴をひき殺しながら進んでいる。もしかすると、ひき殺している中にも、普通の人が居るかもしれない。だが、そんなことを判別している余裕は無いな。
「おい!こいつ噛まれてるぞ!」
黒髪の男が1人の男の子を通路に引きずり出していた。
「やめてください!お願いします!」
その横では男の子の母親らしき女性が黒髪の男にしがみ付いていた。夫らしき人も立ち上がっている。
「まだ、噛まれたらあいつ等みたいになるとは限らないだろ!」
「俺は見てきたんだ!噛まれて、しばらくした後死んで、起き上がったらと思ったら人を襲い始めたんだ!」
「早く降ろせ!」
「おい!運転手!バスを停めろ!」
「無理言わないでください!周りにはあいつ等が居るんですよ!囲まれたら動けなくなりますよ!」
「じゃあ、窓開けろ!投げ捨てる!」
ビーッ
バスの真ん中の扉が開いた。周りを見てみると、他の乗客は目を背けるようにしている。俺達もなるべくかかわらないようにしてるけどな。
黒髪の男性が無理やり扉が開いているところまで男の子を引きずっていくと、男の子は扉の手すりにしがみ付いて抵抗している。
「嫌だ!僕、大丈夫だもん!」
「黙ってろ!噛まれたお前は外のやつ等と同じように人を喰い殺すんだ!」
「待ってください!……私達も、一緒に降ります」
バスがゆっくりと停車した。周りには奴らが少ない。降りるなら今のうちだろうな。
男の子と、その夫婦がバスから降りると、すぐに扉が閉まり、バスが動き出す。後ろの窓から子連れの夫婦を見ていると、奴らがかなりの数近寄ってきて、3人を襲い始めた。……これ以上見るのはやめておこう。
「さっきの人たち、どうなったの?」
「……襲われていたよ」
「……そっか」
しばらく走ると、奴らに混じってバスの進行方向と同じ方向に逃げている人が見える。それぞれ鉄パイプや、バールで武装している。外を眺めていると、バスが停車する。
「どうして止まったんだ?」
「ダメです。渋滞してこれ以上進めません」
「しょうがない。ここからは歩くか」
バスから降りると、歩道の片隅に死体が並べられている。周りを見渡しても、奴らの姿は見えない。誰かが倒してくれたのか?死体を良く見ると、頭が陥没していたり、頭を撃ちぬかれたりしている。その横には折れた木製のバットや、折れ曲がった警棒が捨てられている。
「大隅さん。もうみんな行ったよ」
周りを見ると、バスに乗っていた人たちは集会所方面へと歩いていた。
車道には、無人の車が止まっている。これも集会所へと向かっている車だろうな。端の方に銃弾を大量に受けた車が放置されているが、車道に並んでる車は綺麗なままだ。
「それにしても、かなりの数の人が向かっているようだけども、救助しきれるのかな?」
「分からん。行ってみてからのお楽しみだな」
しばらく歩くと、自衛隊の人が小銃を持って立っている。
「和田区民集会所はこの先です!慌てなくても、皆さん乗ることが出来ます!」
遠くを見ると、自衛隊のトラックの荷台に人を乗せて走り去っているのが見えた。その奥からはヘリコプターの音が聞こえる。ヘリコプターか。墜落しそうで嫌だ。こういう時のヘリコプターって中に奴らが混じってて、機内がパニックになって墜落するんだろ。
交差点を曲がると、人がグラウンドに向かって列を成している。最後尾に並ぶと、その後ろに次々と人が並んでいく。後ろの人、何だか息遣いが荒いな。
「う……があああああ!」
突然、後ろの男性が倒れてのた打ち回りだした。
「皆さん離れて!」
小銃を持った自衛隊の人が走ってきた。
「大丈夫ですか?」
自衛隊の人が倒れて静かになった男性に声をかけるが、返事は無い。一応、俺達も離れておくか。……あ、男性がゆっくりと立ち上がってきた。
パン
「きゃあああ!」
「いやあああ!」
自衛隊の人が、男性の頭を撃ちぬいた。倒れた男性の頭から血が大量に出てる。一体どうやって判断したんだ?
「列を戻してください!」
列が元に戻っていく。横ではイザベラさんが死体を見ないようにしている。並んでいる間、何度も隣の道を自衛隊のトラックや、普通のトラックの荷台に沢山人が乗っていくのが見える。とりあえず、人が沢山乗れそうな車をかき集めて運んでいるんだな。
「グラウンドが見えてきたよ」
イザベラが指を指す先には、自衛隊のトラックや大手の運送会社のトラックが止まっている。その手前では、自衛隊の人や、警察がトラックに乗る前に体の隅々まで念入りに調べている。
検査を受けているうちの1人の女の人が、急に走り出して逃げ出した。
「止まれ!」
自衛隊の人が小銃を女性に向けて構えている。
パン
走って逃げていた女性が突然倒れた。数人の自衛隊の人が倒れた女性に近づくと、小銃を頭に向けた。
パン
一瞬、女性の体が跳ねたような気がした。数人の自衛隊の人が、女性の死体を運び始めた。運んでいく先には死体の山が出来ていた。もしかして、あいつ等になりそうな人は片っ端から殺してるのか……?
「おい。今の見たか?」
前の男性二人組みが話しをしている。
「あの女、噛まれたのを隠してトラックに乗ろうとしたらしい」
「マジかよ!?自衛隊も容赦ないな」
「そりゃそうだろ。日本中でこんな事になっているらしいからな」
今の話を聞いて、スマホを取り出してニュースを見ると、28都道府県で暴動が発生しているらしい。他のニュースサイトでは、噛まれたり引っかかれたりすると、凶暴化すると書いてある。
「順番来たよ」
目の前に小銃を持った自衛隊の人がいた。
「怪我をしてませんか?」
「いえ……してません」
服をめくられたりして、隅々まで調べられた。
「……大丈夫のようだね。右のトラックに乗りなさい」
自衛隊の人に誘導され、大手運送会社のトラックの荷台に乗り込むと、イザベラさんがすでに座っていた。
「大丈夫だったみたいだね」
「当たり前だろ。噛まれたりしてないんだから」
トラックの荷台に30人ほどが乗ると、自衛隊の人が乗り込んできた。
「今からこのトラックは陸上自衛隊富士演習場に向かいます!」
トラックはゆっくりと動き出した。




