18話 変な奴
「おはよう」
「どんな状況だ?」
「ついに電気が止まったよ」
窓から外を見ると、昨日は大量にいた変な人達が、まばらにしかいない。銃声も聞こえなくなっている。フェンスを突破されたな。とりあえずは昨日テレビでやっていた救助場所に向かうか。まずは、扉前の机やロッカーを退かさないと。結局扉を叩かれた音が聞こえなかった。別にバリケードを置く必要は無かったな。退かすのがめんどくさいだけだ。
「退かすの手伝ってくれ」
「分かった」
扉の前のロッカーを退かすと、扉の窓には血の手形がついていた。……やっぱりバリケード作っておいて正解だった。そっと扉を開けると、廊下が血まみれになっていた。昨日の夜のうちに何があったんだ?床についている血は階段の方へと引き摺っている感じだった。
「これ使えないかな?」
イザベラさんが渡してきたのは包丁だ。もっと、リーチの長い物を欲しかったけども、これでも十分だな。
「ありがとう。って、お前は?」
「え?戦わないよ」
……まぁ、いいか。
階段に向かうほど血の量が多くなっている気がする。階段をこっそりと覗き込むと、1階と2階の踊り場で死体をむさぼり食っている人がいる。この血の正体はあいつのせいか。
「うげええええええ」
こんな時ぐらい、ゲロを我慢してくれよ。踊り場の奴に気づかれるだろ。
「ゲホッ……うげぇ」
ダメだ。踊り場の奴がこっちを見てる。
「さっきまでいた事務所に戻れ!」
「う……うん」
踊り場の変な奴が、四つ足で階段を上ってくる。今までの奴らと明らかに違う。走るスピードが速い。事務所に戻るまでに追いつかれる。この包丁で何とかしないと。
「先に戻れ!俺があいつを食い止める!」
「わかった!」
そう言ったのは良いけど、あんな奴と取っ組み合いになっても勝てる気がしない。……投げナイフみたいに投げて上手く刺さらないかな?
テレビでやってたマジシャンみたいに投げれば刺さるかな?……右肩に刺さった。そのまま体制を崩して廊下にあったダンボールの山に突っ込んだ。今のうちだ。事務所の中に入ってバリケードを作ろう。事務所の中に入ると、すでにイザベラがバリケードを作る準備をしていた。
「はやく扉を閉めて!」
扉を閉めて扉の前にロッカーや事務机を次々と置いていく。扉から何度も扉に何かがぶつかっている音がする。さっきの奴が何度も体当たりしているんだろうな。扉が破られることは無いだろうけど、自衛隊の救出活動に間に合わなくなる。さて。どうするか。
「ねぇ。これって縄梯子じゃない?」
イザベラさんが持ってきた箱には避難器具と書いてあった。中には折りたたみの梯子があった。縄梯子ではないな。火災とかが発生したときに窓に引っ掛けて下りるんだな。これなら廊下のあいつと出会わなくて済む。
窓枠に梯子をかけて伸ばすと、ぎりぎり地面に着くかどうかのところまで伸びた。
「先に行くね」
「え?俺が先に行ったほうがいいんじゃ……?」
「私、スカートなんだけど」
「あ、はい。お先にどうぞ」
こんな状況でパンツ見て興奮しねぇよ。外を見ても、人影は遠くに1人2人程度だ。あそこからなら全速力で走ってきても何とかなるだろう。
「気をつけて降りろよ」
「分かってる」
イザベラさんが一段一段ゆっくりと確実に降りていく。後ろではまだ、扉に激しくぶつかる音が聞こえる。イザベラさんを見ると、半分ほどまで降りた。俺も降りるか。
バゴン
降りる瞬間に事務所の扉と、バリケードが吹っ飛ぶのが見えた。
「早く降りろ!あいつが扉を破った!」
イザベラさんが急いで降りると、梯子が揺れる。マズイ。急かすんじゃなかった。
「降りたよ!」
俺はまだ半分だ。上を見ると、四つ足の奴が上から降ってきた。
「ぐえっ!」
四つ足の奴と一緒に地面に叩きつけられた。すぐに目の前に血まみれの顔が迫ってくる。何とか押さえているが、こいつも力が強い。イザベラさんは……周りを見渡して武器を探している感じだ。頼むからこいつを蹴り飛ばすなり何かして助けてくれ。
「何とかしてくれ!」
「え……あ……」
くそっ!偉そうなことばっか言いやがって!マジで今回は終わったかもな。
「目を閉じてろ!」
どこからとも無く聞こえた声にしたがって目を閉じると、その後に顔に生ぬるい液体がかかった。
「もう大丈夫だ。目を開けてもいいぞ」
ゆっくり目を開けると、金属バットを持った茶髪のヤンキーが立っていた。その後ろには黒髪の男がバールを持って立っていた。
「大丈夫か?口とかに入ってないか?」
「大丈夫。助けてくれてありがとう」
「俺達、今から集会所に向かうんだけど、一緒に行くか?」
こいつらも、和田区民集会所に向かうのか。丁度良い。戦力は多いに越したことは無い。イザベラさんはいざという時は戦ってくれないからな。
「俺達も丁度向かうところだったんだ」
「一緒に行こうぜ。仲間は多い方がいいからな。俺は宇野だ。こっちは友達の中谷だ」
「よろしく」
「私がイザベラ、こっちは大隅さん」
遠くの方からゆらゆらと人影がこっちに向かって来ている。ここも早く離れないと不味いことになる。
「行くぞ。環7から集会所に行くぞ」
「環7大丈夫なの?」
「あぁ。さっき環七を車で走ったけど、警察はどこにもいなかったぞ。その代わりに警察のゾンビがフェンスの向こう側にいたけどな」
結局、環7では押さえ切れなかったか。当たり前のことか。ん?ゾンビ?俺も、うすうすそう思っていたがそうなのか?まだ、断定は出来ないな。
「車に乗っていたのか?車はどうした?」
「ガス欠になったから捨てた。どうせ、持ち主は死んでるだろうけどな」
環7までの道に変な奴らはいなかった。その代わりに環七にたどり着くと、茶髪のヤンキーの言う通りフェンスの向こう側に機動隊や警察がゆらゆら、歩いている。その手には警棒や、拳銃が握られていた。最後の最後まで戦い続けたんだな。
「誰も居ないな」
「何か音聞こえない?」
イザベラさんが見ているほうから車の音が聞こえる。良く見ると、路線バスがゆらゆら歩く人を引きながらこっちに向かってきた。




