17話 事務所
銃声と共にフェンスの手前にいた人達が次々と倒れていく。路肩の車に隠れる人も居るが、車体を銃弾が貫通して倒れていく。車で強行突破をしようとした人は、戦車の主砲で粉々になった。戦車の主砲が今度はゆっくりとこっちを向いた。
「逃げろ!」
全速力でその場から逃げると、後ろで爆発が起きた。マジで撃ってきやがった!俺達は健全な民間人だぞ!?
「一体どうなってるの!?」
「わからねぇ!とりあえず環7から逃げるぞ!」
渋滞の車列の中を逃げる中で後ろからは銃声がずっと聞こえてくる。微かに暇異も聞こえるような気がする。しばらく逃げると、逃げている方向からも人が逃げてきた。数人何処かを怪我している。まさか!?
「前から暴徒達がきてる!」
戻ったとしても、行き止まりで蜂の巣にされるのがオチだ。かと言って、変な奴らに勝てる気もしない。……少し先に非常階段のマークが見える。そこまで行けば地上に降りることが出来る。
「すぐ目の前に扉があるだろ。あそこから地上に降りることが出来る」
「早く行こうよ!」
まだ変な奴らは非常口の扉まで来ていない。非常口の扉の前まで来ると、すぐ後ろの車の中から悲鳴が聞こえてきた。
「何!?」
後ろの車を見ると、運転席の男が助手席に座っている女の右腕の肉を食い千切った。女の人は必死に抵抗しているが、そのうちぐったりとしたまま体のあちこちを喰われ始めた。
「見てる場合じゃないよ!」
イザベラさんが扉を開けて待っている。そうだ。逃げないと俺もあんな風に食われる。
非常階段を下りると、怪我をした人が環七から逃げていく。自衛隊や、警察にフェンス越しに撃たれたんだろう。とりあえず、俺達も環7に向かうのは危険だ。かと言っても、戻れば変な奴らが襲ってくる。……とりあえず近くのビルに篭城するか。
「そこのビルに入るぞ」
「え?戻らないの?」
「戻っても変な奴らに襲われるぞ」
「警察に助けてもらおうよ!」
「さっきの見て助けてもらえると思うか?」
イザベラさんが何か言いかけて詰まっている。そりゃ、あんな光景を見れば助けてもらえるとは思わないよな。
近くの雑居ビルに入ると、一つ一つの部屋の扉を開けようとするが、鍵がかかっている。
「ダメみたい」
下の階からガラスの割れる音と共に、叫び声が聞こえてきた。もう、下の階には戻れない。階段の方を気にしながら扉を開けてみると、鍵がかかってなかった。部屋の中は普通の事務所だった。一体何の事務所だろうか?
「扉にロッカーとか倒してバリケードつくろうよ」
「そうだな」
事務机や、ロッカーを扉の前に置いて簡易的だがバリケードを作った。これを突破するのは無理だろう。これで、一晩はゆっくりと寝ることが出来る。丁度ソファーも2つあることだし。
「今日はここで寝るの?」
「あぁ。とにかく、明日まで様子を見よう」
「様子を見てどうするの?」
……そんな事考えてません。ってか、こんな状況で次に何をすればいいかなんて分かるわけないだろ。
「外、すごいことになってるよ」
イザベラさんが外を見ている。外を見ると、変な奴らが環七に向かって歩いている。環七の方からは絶え間なく、銃声と爆発音が聞こえてくる。自衛隊と警察ががんばっている。この銃声が止んだときが防衛ラインの壊滅だな。それにしても、あんなのを用意出来るなんて政府が何かを知っていたのか?……結局憶測でしかないがな。
「イザベラさんの両親はどこにいるんだ?」
「多分、横浜市のホテルにいると思う」
「それなら、今のところ無事だな。とりあえず、会いに行くんだろ?」
「うん。でも、あのフェンスを超えないとダメなんだよね」
確かに環七にあるフェンスを越えないとダメだが、明日の朝には突破されているだろう。なにせ、窓から見えるだけでも、100人はフェンスに向かって居るからな。
事務所内にあるテレビをつけても、画面は避難情報の文字が流れているだけだ。流れている文字を見ていると、近くの避難所には行かずに近くの部屋で戸締りをしてくださいと、流れている。その後に、自衛隊の救出活動が明日の15時から始まるという内容の文字が流れてきた。一番近いところだと、杉並区の和田区民集会所だな。こんなことすればそこに人が集中して余計酷いことになるだろ。
「救助活動のところに行くの?」
「少し距離があるが、行かないことにはあのフェンスを越えないといけないぞ」
「そうだね。その場所へ行ったほうがよさそうだね」
「今日は寝よう。今から出ても、集会所で一日過ごせる自身は無い」
外を見ても、環七の方向に変な人たちが歩いていっている。いまだに、銃声は聞こえてくる。発砲が始まってから、1時間くらいたっているだろうか?……腹減ったな。おとといくらいから何も食べてないからな。
「何か食べ物が無いか探そう。腹減った」
「そうだね。私もお腹減った」
手分けして、事務所内を探すと、事務机の中からカップラーメンが3つほど出てきた。お湯は給湯室に電気ケトルがあった。これだけだと、量は足りないが、文句は言えない。ありがたく頂くことにしよう。
「作り方知ってるか?」
「私の国でもあるよ!」
「聴いたことの無い国だったから田舎なのかと思ってた」
「それってかなり失礼じゃない?」
まぁ、作り方なんて蓋を開けてお湯を注ぐだけだから難しくないんだけどな。3分待った後に蓋を開けるとちゃんと完成していた。
「美味しいね」
「あぁ。もう1個あるから食べてもいいぞ」
「1個で大丈夫」
カップラーメンを食べ終えると、テレビを消してソファーで横になる。外からは未だに銃声と悲鳴が聞こえてくる。外も暗くなったし、今から寝れば日の出くらいに起きることが出来るだろ。あ、スマホの充電がもうない。何処かに充電ケーブル無いかな?
「何してるの?」
「充電ケーブルを探してる」
「もう1本見つけたら私のも充電しといて」
「……わかった」
そのままイザベラさんは眠った。何か、本性を現してきたな。いいけど。
事務所内を探すと、1つの事務机の上に充電ケーブルが置いてあった。その下には1枚の紙が置いてあった。一体この会社はどんなことをしている会社なんだ?うわ、文字ばっかだ。
えーと、『環七で工事をしている富田建設関係者に話を聞くと、中央分離帯にフェンスを射出できるような装置を作っているようだ。なぜこの装置を作っているのかは富田建設役員しか知らないようだ。関係者にさらに話を聞くと、スーツ姿の人が事務所に出入りしているようだ』
……なんだこれ?どこかの出版社の事務所にでも入ったのか。それにしても、この机の人は環七のフェンスに関することばかり調べているな。結局、富田建設に出入りしていたのは警察関係者、政府の役員だったってことが分かっただけか。この記者は調べてどうしたかったんだろうな?
「充電ケーブル見つかった?」
「いや、1本だけ」
「大隅さんは残り何パーセント?」
「49パーセント」
「私は67パーセントだから大隅さんが充電すればいいよ」
「分かった。ありがと」
スマホが充電されているのを確認して、ソファーで横になる……が、意外と硬いソファーだな。これで寝たら寝違えそうだ。イザベラさんの方を見ると、すやすやと寝ている。……目を閉じるだけでも意味があるらしいからな。
気がつくと朝になっていた。