第九話
斜面の土壁、安土と呼ぶそうだが、それにホースで水を掛けてから箒でならす。その後に安土に的の固定具が刺さっているのでそこに設置する(的の上の部分に一箇所だけ。下は土に枠を押し込む感じ)
「どうですかー?」
「一番前の的がちょっと前に傾いてるよ」
「わかりました」
前と言えば正面から見て右側か。左側は後ろだが、これは的に向かって矢を射る時の体の向きと一緒だ。利き手に関わらず弓矢を持つ手は一緒らしい。少し左側を押して調整してみる。
「どうですか?」
「その隣は上を向いてるかな」
「はい」
斜めになっている安土に対し、上の部分は固定具の長さによって前にせり出してバランスを取っている。この場合は下部をもうちょっと押し込む。
「オッケー!後はいい感じ。それじゃあ着替えて練習しよっか!」
「はい!」
道場で練習するのも今日で三回目だ。準備と後片付けは覚えた。自分達が弓を引く道場部分の清掃と的の準備に分かれている。清掃は普通にモップを使ってやって、的はさっきやったやつだ。片付けの時は的を外して矢が刺さって穴が開いている安土をならして穴を埋める感じだ。土壁を箒で掃く感じが新鮮で楽しい。
袴も自分で穿けるようになったが、ただ弓道の袴は激しく運動する使用ではない為か、結構着崩れしやすい。具体的に言うと帯がずれたり緩みやすい。一般にイメージする帯は腹でギュっと結ぶやつだが、弓道の帯はかなり大きくて幅が10センチ位ある。道着を着てから腰骨の出っ張って居る所の上を巻く。太いから硬く結べない。この帯は道着を纏めておく為のものではなく袴を穿く土台にする為に付けているみたいだ。まだまだ穿くのがへたくそだから、練習中によく腹に上がってきたのを戻したりしている。ぱっと見た感じ女子は違うようだけど、詳しいことは知りません!着替えてる所を見たこと無いんで!!
最初に巻き藁で射型の確認をしてから的に向かう。一番最初は全く狙いが分からないので後ろから先輩に矢の向きを見てもらった。それから自分の弓を引いた状態(会)で弓で的がどれくらいの見え方をするか、高さを合わせて放す。
同じ所を狙って同じ所に飛ばないのは、引く時とか放す時が毎回同じではないからだ。「正射必中」毎回同じように正しく引けば結果は同じである。もしかしたら同じ所を狙っているつもりの狙いさえ違っている可能性もある。
とにかく今は、自分では何も分かっていない物だとしてとにかく先輩に言われたことを意識して引いている。自分で思う「ああかな?、こうかな?」と言うのは今は全く考えないで、とにかく「先輩に習った射型」を身に付けるようにする。色々考えるのは射型が固まってからだ。
自分の中での理想のイメージは先輩だ。先輩はまだまだと言っているけど、他校を含めて道場に来てから見た中で一番射型が綺麗だと思ったのは先輩だ。初めて先輩の射を見たときの感動もあって思い込みかもしれないが、先輩の射が一番綺麗で美しい。間違いない。
中りについては、二日目に二本中った。的中率としてはお察しだが、流石に初めて中った時はめちゃくちゃ喜んでしまった。
帰りももちろん先輩と一緒だが、今日はいきなり爆弾を落としてきた。
「そういえば、二週間後に試合があるの」
「二週間後、ですか?」
「そう、二週間後」
「それって俺も出るやつです?」
「もちろんじゃない。新入部員の為の大会なんだから」
五月の終わり頃と言えば、大体の新入部員はまだまだ初心者もいいところなのだが、公式戦がある前に一回大会の空気に触れてみようと言うか、顔見せみたいな感じで毎年地区で新人戦をやっているらしい。一年の男女、二年以上の男女と四部門あるとのこと。
「まだ大会とかそんな段階じゃないのは皆そうだから、年によっては四射一中で優勝争いする時もあるの。二中したら入賞は固いかな」
「なるほど。先輩はどうだったんですか?」
「私は二中して五位だったわ。頭真っ白だったから、ホント運が良かったわ」
「二中で五位って凄いですね!」
「ん、ありがとう」
自分はまだまだだけど、そういう趣旨の大会なら楽しみだし、同学年の中でどれだけやれるのか気合が入ってくる。
「でね。大会まで今まで通りだと、後三回しか道場での練習が無いじゃない?流石にそれじゃあ少ないと思うの」
「そうですね。大手門なんかは学校に道場あるから毎日できるんですよね?」
「そうなの。特に新入生のこの時期にある大会は練習量から大きな差がでるわ」
こっちは週末だけ、向こうは毎日。スタートダッシュで大きな差がつけれれるなぁ…
「それでね、小笠原君が良かったら、木曜の夜にある市弓連の練習に参加しないかな?」
市弓連、そのまま市の弓道連盟という組織があるらしい。主に社会人が集まって練習しているそうだが、入会金等諸経費と行った時の参加費を払えばこれに入るのは高校生でもかまわないらしい。
「これで二回は練習が増える。それでね、もう一個大きなメリットがあるの!」
「練習量がほぼ倍になるだけでも大きいですけど、他に何があるんですか?」
「去年までうちにも顧問の先生が居た事は前に話したわよね?その菊池先生が仕事が終わったら市弓連の練習に来て教えて下さるそうよ!」
「本当ですか!?」
先輩には何度も菊池先生の話は聞いていた。本人も上手いのはもちろんだが、教えるのも上手いらしい。先輩を見ればそれは説得力がある。本人の資質もあるだろうけど、最初なんて何よりも大きいのは良い指導者と正しい努力、それをもっての練習量。これが揃えば最初の伸びは物凄い。ここでの指導者と練習量は環境で自分ではどうしようもないが、正しい努力は自分でなんとかできると、以前から先輩に言われてきた。幸いに練習中だけでなく下校時にも時間があるので先輩は毎日いろんなことを説明してくれていた。
何がどうしてどうなるのか、そういう理屈みたいなものを理解していると全然違う。体で覚えるとは言うが、そこらへんの背景あるかないかで体の覚えも違うし、後に生きる大きな土台ができるらしい。この先輩の方針はそのまま菊池先生の方針だったらしく、これを実践して来た先輩は実際かなり上手くて、練習中に話した他校の先輩にも評価は高い。練習環境から大きく優位に立つ大手門の生徒にも一目置かれているらしい。
その菊池先生に教えてもらえる。その事と練習量の増加、どう考えても行くしかない話だった。
「もちろん行きます!めちゃくちゃいい話じゃないですか!」
「そう?よかったわ。練習量も少ないし、やっぱり教えるのが私だけじゃあ不安があったから先生にメールで相談したらよかったらどうかって言って下さって。もう自分の学校の生徒じゃないのに本当にありがたいわ」
「プライベートの時間を使ってくださるんですよね?本当にありがたい話です」
「しっかり教わらないとね。じゃあ木曜日は他後の練習は早めに切り上げてから道場に向かいましょう」
「はい!」
平日に道場で練習できて、菊池先生に教えてもらえる。木曜日が楽しみで仕方が無い!
短編として書き始めた今作品、一応この新人戦で終わりの予定です。




