第二話
途中他の部活に拉致されている新入生とすれ違いながら着いた部室は四階建ての建物の三階にあった。
建物自体はまだ新しそうな感じで、この階だけでも10部屋は部室がありそうだった。公立高校にしてはかなり大きな部室棟なんじゃないだろうか?
「ここよ。さあ、どうぞ」
弓道同好会と書かれたプレートがある一室に案内され中に入る。
「失礼します…」
先に入った先輩はすぐに電気ケトルを持って出てきた。
「ちょっと水汲んでくるから座って待ってってね」
いきなり一人にされてしまった・・・中に他の人間は居なかった。壁際にいくつか弓が立て掛けてあって、矢もそばに置いてある。後はロッカーと棚、中央に机と椅子があった。大体教室の三分の一位の広さで、広くは無いが狭いと言うほどでもないかな。
先輩はすぐに戻ってきた。そのまま電気ケトルのスイッチを入れる。
「ちょっと待ってね。すぐ沸くから。紅茶とコーヒーがあるけどどっちがいい?」
「コーヒーでお願いします」
「コーヒーね。砂糖とミルクはいる?」
「あ、ブラックでいいです」
「そう。分かったわ」
そう言いながら棚からコーヒーカップを二つ取り出し、インスタントコーヒーを入れる。お湯はすぐに沸いた。電気ケトル沸くの早いよなあ・・・
「どうぞ」
「ありがとうございます」
意外にも先輩もブラックコーヒーだった。
「自己紹介まだだったわね。私は二年の藤原響よ。よろしくね!」
「小笠原誠也です」
「小笠原!もしかして経験者?」
キラキラした目で聞いてくる。なんでだろうか?
「いや、弓さえみたことなかったです」
「まあそうよね。もしかしたらって思って聞いてみただけだから。もちろん未経験者も大歓迎だし、そもそも経験者ってほぼいないから大丈夫よ」
特別がっかりした様子も無く相変わらず笑顔のままだった。
「なんで経験者かもって?」
「小笠原流って言うのが弓道にあるの。茶道とか華道もあるけど。まず関係ないだろうけど、万が一って事もあるし一応聞いてみただけよ」
「そうなんですか。残念ながら家は一般家庭ですね」
「今のご時勢苗字でソレってなるのなんてほとんどないし、気にしなくてもいいよ。で、何で弓道やろうと思ったの?」
あ、どうしよう。完全に勘違いされてるけど、別に弓道をやりたかった訳じゃないんだよな。そもそもさっき弓道だって知った位だし。
正直に話そうか。
「あの、すみません。弓道がやりたかったわけじゃないんです。さっき言われて弓道って知った位ですし…」
「え?弓道って知らずにうちに入ろうと思ったの?なんで?」
かなり驚いた顔になってる。カワイイ…じゃなくて。
「非常に申し訳ないんですが、さっき男の先輩に捕まった時に身の危険を感じまして…思いつきでごまかして逃れたんですが、ちょうどそれを先輩が見ていてそのまま来られて…」
「そう、なんだ。ごめんね、てっきりうちに入るからごめんなさいって断ってたように見えたから、入部希望者だと思って連れてきちゃった…」
うわ、めっちゃ落ち込んでる。ヤバイ。
「いやっ!確かに先輩を見て、あそこに入るんですみませんって断ったんで、先輩は何も悪くないです。こちらこそすみません」
どう考えても悪いのは自分で、先輩をこんな顔にさせてしまうとは入学初日から罪を犯した気分になる。
「そっか。でも、それはまだ入る部活をまだ決めていないって事よね?」
「はい。どこかに入ろうかなっては考えているんですが、特にどこに入ろうとは決めていませんでした。ただ今日は色々とヤバそうだったんで、とりあえずまた後日決めようかなと」
するとまた先輩が笑顔になった。
「じゃあ別にうちが嫌って訳じゃないのよね。順序がおかしくなちゃったけど、どう?弓道やってみない?ほとんどみんな高校から始めるからスタートラインは一緒だし、すっごくかっこいいよ!」
「あっ、はい」
一気に顔の距離が近くなってドキドキしてきた。かわいい女の子が笑顔でこんな距離に迫ってきて平常心でいられる男子高生なんてホモだけだろう。これはあれか、平常心を失わせ、下心から思わずYESと答えてしまうようにするハニーなトラップなのか?
「私はそんなに運動神経良いわけじゃないんだけど、弓道に求められるのってそういうのじゃ無いから大丈夫。弓はすっごくかっこいいし、それを引いた人の立ち姿は美しいとまで言えるわ。そしてなによりものすごく楽しいの!」
顔の距離はそのままものすごく楽しそうに話してくる。確かに弓ってカコイイとは思う。これ位の歳の男なら大多数が袴・弓矢=カッコイイとなるんじゃないだろうか。ただ、その図式が成立しても、じゃあ弓道を始めよう、とはならないんじゃないか。他にもカッコイイ物や、楽しい物はたくさんあるから。
アリ、だとは思う。中学から継続して何かをっていうのはないし、どうせなら新しいものを始めようとは思っていた。そう考えれば弓道は全く新しい世界だし、カッコイイのも間違いない。先輩がカワイイのも物凄くプラス。
「確かにカコイイし、楽しそうですね」
「でしょ!私が責任を持って教えてあげるし、後悔はさせないわよ!」
ワオ。ナニを教えてもらえるんだろうか。もしかして口説かれてる?初日にして薔薇色の高校生活始まっちゃう?…ダメだな。頭が結構沸いてきてる。
「あー、非常に興味はあります。ただすみません、他も見てみたいですし、なんと言ってもまだ初日なんで即答しかねます。返事はまた後日って事でよろしいでしょうか?」
「もちろん。流石にいきなり決めなさいとか、問答無用ってほどうちは強引じゃないわ。じっくり考えてくれて大丈夫よ。その上で入ってくれたらとても嬉しいわ」
ああ、先輩が座ってしまった。残念。考えるふりをしてもうちょっと視線を下に向けるべきだった。間違いなく幸せになることが出来そうだったのに。
「うちは、ですか?」
「本当に無理やりってのは流石にまずいけど、最初から一気に押してそのまま勢いでって所は結構あるわ…」
苦笑しながらコーヒーを飲む。そういえば俺も手をつけていなかったな。
「いただきます。凄い勢いでらt…連れて行かれてる人も多かったですが、やっぱりそのまま…ってのもあるんですね。良かった、捕まらなくて。それだけでも先輩に感謝ですね」
「結局私も強引に部室まで連れてきちゃった形になるけど?」
「でも先輩は強要はしてきませんでしたし、コーヒーご馳走になっていますし、お話するのも楽しいんで」
「そういってもらえると嬉しいわ。四日後にクラブ紹介があるから一通りはそこで見る事ができるわ。もちろん私も出るからよろしくね」
「予定表にそんなのありましたね。わかりました。楽しみにしています」。




