最終話
試合当日になった。会場はいつもの市営弓道場なので何時も通り朝に先輩と待ち合わせて一緒に自転車で向かった。
「とにかく平常心でね。練習した事以上は出ないけど、練習も裏切らないわ。他の武道とかと違って、直接相手と対峙して優劣を競うわけじゃないから、自分のできる事をいかに出し切れるかが全てなの」
先輩自身も試合には出るのに、とにかくこっちに気を使ってくれている。
どれだけ相手が上手くても、四射ならば皆中(四中)以上はありえない。こちらも皆中ならば負けはしない。これは極端な話ではあるが、相手との実力差が絶望的で勝負にならないということは無いのだ。自分のベストを尽くし続ける事ができれば、負けない。むしろ妥協や迷いが出たものが負ける。最初の頃から口をすっぱくして言われ続けたことだ。
「はい。とにかく一射一射に全力ですね」
「特に今日は進行の問題で一立ちしかないから、余計とね」
普通弓道の試合は二立ち(一立ち四射を二回)なのだが、今回は午前は講習会があってそれからのため人数と時間の関係で一立ちしかない。正に一発勝負だ。
先輩と話をしながら弓道場に着いた。市内だけではなく東地区の高校が集まっている為に道場に入りきらないので外に皆陣取っている。
「私達は二人だからこういうときは楽ね」
「大所帯だと大変そうですね」
適当な所に陣取って準備をする。
「巻き藁も回数をこなせないから一射でしっかり確認してね」
大会になるととにかく人数が多いので、巻き藁に一射するために文字通り長蛇の列ができる。県大会になると本当に一射するのでギリギリっと言ったこともあるらしい。
いつも道場で一緒に練習している他校の人と挨拶していると、大手門の二人がやってきた。
「おはようございます、藤原先輩、小笠原君」
「おはよう、琴乃ちゃん、山根君」
「おはようございます」
二人は今日は道場に来てからはほとんど引けないだろうからと早朝に学校で練習してきたらしい。ほんと、羨ましい。
「今日は学年が違いますが、地区大で藤原先輩と勝負できるのがたのしみです」
「あら、琴乃ちゃんは流石に余裕ね」
「油断や慢心はしていないつもりですが、この時期の同級生に負けるわけにはいきませんから」
一年女子は琴乃さんの一強、そう大勢の見解は一致している。この時期の一年生で立ちの練習で涼しい顔で皆中を決めているのは流石に琴乃さんだけだろう。
「私としては男子が楽しみですね。どうなるのか予想がつきません」
「そうね。とても楽しみだわ」
女子二人は余裕の表情で話しているが、男子二人はそういうわけにはいかなかった。
「全く、こっちの気も知らないで。小笠原君はどう?」
「内心緊張しまくってる。まだ始めて二ヶ月経ってないんだよ?冷静で居られるほうがどうかしてる」
「間違いないね」
「あら、私だって高校の大会は初めてよ?」
「へいへい」
琴乃さんは高校の大会は初めてだが、市の主催の大会などは出たことがあるらしいしやっぱり経験の差は精神面にも影響が大きいと思う。
「それじゃあ、お互い頑張りましょう」
もう少しで講習会が始まるので二人は大手門の集団に戻っていった。
「大丈夫よ、私は小笠原君がって期待してるから」
何が大丈夫なんすか。先輩の期待が重い…
講習会は正直頭に入らなかった。ちゃんと聞いてはいたのだが、だんだん緊張が大きくなってきてそれどころではなかった。
よく考えれば、結局中学までで試合に出た経験は無いし、個人の競技である。全く新しい世界に飛び込んで二ヶ月も経っていない自分がちゃんとやれるのか物凄く不安になってきた。
試合が始まり、一年女子から始まったのを観戦していたが、琴乃さん凄いなあという印象以外残っていなかった。
一立ち四射であるが、四本の矢を全部持って引くわけではなく、最初に二本を床に置いて一本は馬手の小指と薬指で先を握った状態で引き、二本引いたら床に置いてある二本を取ってまた、という流れになる。
はっきり意識を取り戻したのはここだ。頭が真っ白のまま自分の番が来て、気づいたらもう二射終わっていた。何を言っているか分からないだろうが、自分にも分からないのだから、誰にも分からないと思う。
とにかく落ち着かないと。どうやら頭が真っ白の状態でも一本中っているみたいだ。
個人戦とはいえ、六人が順番に一射ずつ引いていく為に自分の順番で流れをとめるわけには行かない。
先生や先輩に教わって練習した事を思い出して、とにかくそれを信じて引く。
中った。
後一射。一射しかない。これで自分の試合は終わってしまう。
とにかく丁寧に、後悔しないように一切の妥協無く引く。
中った。
結果としては四射三中と言う出来すぎな結果ではあった。しかし、射そのものではなく自分の精神のあり方に大きな後悔が残った。
「お疲れ様。凄いじゃない、三中なんて!これは優勝は決まりかな?」
「ありがとうございます…」
「浮かない顔だね。やっぱり緊張で頭が真っ白だった?」
「分かりますか?」
「最初の二射の時、目は虚ろでなんていうか、流れで引いていて、残りの二射になって目に力が戻って、射にも意志が見えたの」
「はい。本当に頭が真っ白だったみたいで。気づいたら半分終わっていたって言う…」
「反省は後にしましょ。今の所二中が何人かいるだけだし、この後の山根君次第で結果が決まると思うの。山根君も三中ならまだ終わりじゃないわ」
「はい」
「この後があるなら、最初からしっかり意識を保つ事、それだけはしっかりとね」
「…はい!」
山根君も三中だった。立て続けに三中したが、最後の一射、皆中を意識しすぎたのか射が乱れた。
結果として三中が二人となり、優勝を決める射詰めが行われる事になった。一本ずつ引いていき、的中に差がついたら終わりという、一射で終わるかもしれないし、何時までも続くかもしれない、そんな戦いだ。
「今更技術的な事なんかは言わないから、さっきも言ったけどとにかく一射一射をしっかり意志を持って引いて。次があるなんて思ったら駄目よ」
「はい。後悔しないようにしてきます」
「頑張って!」
「小笠原君がライバルかなって思ってたけど、この状況は出来すぎだね」
「全くそうだね」
山根君もかなり緊張した顔をしていた。
「お互い悔いのないようにしよう」
「ああ!」
道場の中に二人だけ、先に引くのは自分。
一射で終わるかもしれない。また頭が真っ白の状態で終わるわけにはいかない。
足踏み、しっかりと土台を作る。
胴造り、形だけにしないでしっかりと体に芯を通す。
弓構え、手の内に妥協しない。
打起し、弓を上げるんじゃなくて、弓が昇っていく感じで。
引き分け、大三できっちりと型を作り、肉で引くのではなく骨で引くように。
会、ここで縮まらないように、また伸びる意識で、しっかりと狙いを付ける。
離れ、手の内の力のかけ方、馬手の離れ方…!
残心、終わったと気を抜かずにしっかりと意志を残す。
一射目は中った。今の射なら外れても後悔しないような、今自分に出来る最高の射ができたと思う。
山根君の番――中った。もう一射。
一射目と同じように全身全霊を持って引く。
外れた。仕方が無い、今の自分では最高をもってしても必中には至らないのは分かっている。
山根君の番――外れた。もう一射。
外れた。
――中った。
人生初の試合は、こうして終わった。
大会の結果は一年女子は琴乃さんが皆中で優勝。男子は三中で山根君が優勝、自分が二位。上級生の女子は先輩が皆中で射詰めでも一本も外さずに優勝した。
「一射目中てられた時はもう駄目かと弱気になったけど、その後は俺の方が余裕を持って引けたと思うから、その差で勝てたかな。ああいう場になって、小笠原君に勝てたのは本当に嬉しいよ」
「いや、プレッシャーとかじゃなくて、地力で負けたと思ってるから。次はもっと練習して勝つよ!優勝おめでとう」
「ありがとう」
正気じゃない状態で山根君と並べた時点で今回は運が良かったし上出来だ。射詰めでは現段階での最高の射が出来たと思っているから、そこに後悔はない――もちろん負けた悔しさはある。
いつも通り先輩と自転車で帰る。
「二位おめでとう。どうだった?」
「先輩も優勝おめでとうございます。最後は良かったですが、やっぱいり後悔が残りました」
「うん」
「最後負けた瞬間は、後悔しなかった。そういう射が出来たのは物凄く大きな経験になったと思います。ただ、自分の意志のない射をしてしまった、多分これが一番後悔が残る事なんじゃないかと感じました」
「そうだね。どこかで妥協したり、雑な射をしてしまっても後悔するけど、それだと本当に何も無いもんね」
「もっと練習して地力をつけるのは当たり前ですけど、一番大切なのは精神力、心なんじゃなっかなって思いました」
「私もそうじゃないかと思ってる。何時いかなるときも自分の最高を出せる。それに必要なのはやっぱり心だよね」
「はい。日頃からそれを意識して練習しよう、そう考えています」
「一年のこの時期にそこまでいっちゃうか。これは私もうかうかしていられないな」
先輩は今までで一番綺麗な笑顔をしていた。
「小笠原君、弓道楽しい?」
「はい!!先輩に、弓道に出会えて本当に良かったです」
新しい世界に飛び出してまだ二ヶ月。これからが楽しみで仕方が無い!
これにて完結です。
弓道に関しては、細かいことは気にしないでください!w
短編として企画して、終わってみればちょうど考えていた文字数位に収まった感じです。
コンセプトは「完結させる」「キャラ前面に」でしたが、後者は達成できなかったですね。初投稿ですが、どうも自分はそこらへんが苦手で、苦手に挑戦しようとしたのですが、見事に失敗しました…
ただ、全体としては自分の想像よりも綺麗にまとまったのではないかと。
アクセス数を見る限り、どこのだれだかわからない新人の、なろうでは主流のジャンルではなく宣伝も何も無い状態で、どうやってか見つけて最初から読み続けてくれた方がいるんじゃないかと思い、読んでくれている読者がいる、それがとても嬉しく力になりました。
読者の皆様、本当にありがとうございました。
前にも言いましたが、番外編を一本予定しています。
もうちょっとだけ続くんじゃよ




