心の綺麗な人
春女王が塔に吸い込まれてから4日が経ちました。
雪が降ることがなくなって、段々と暖かくなってきていました。
お店にいるみんなが春を喜んでいましたが、レミルだけがくらい顔をしていました。
「どうしたの?」
チヨちゃんが心配になって聞きました。
レミルは全く動かないで口を開きました。
「チヨちゃん……。いやね、オレは春になることがいい事だと思えなくなったんだ」
チヨちゃんは言っていることがよくわかりませんでした。頑張ってやっていたことです。それを自分から良くないことだと思ってしまったのでしょう。
「あぁ、ごめん。よくわからないよね」
レミルは少し笑って深呼吸しました。
「冬女王が出てくれば、間違いなく冬女王は国民から怒られたりするだろ? まずそれがいい事じゃない」
チヨちゃんは深く何度もうなずきます。
「そのときはチヨちゃんがまもる!」
「うん。そのときはよろしくね」
レミルから優しい笑顔がこぼれました。チヨちゃんはレミルから頼まれたのがとても嬉しくて胸を張りました。
「それで、もうひとつは?」
その時でした。チヨちゃんは振り返って声の人を見ました。
「カミヨンさん?」
「やぁ、盗み聞きするつもりはなかったんだが、なにぶんとても興味深いことを話されててなぁ」
「いえいえ。町の賢者さまが興味をもたれたのであれば光栄なことです」
レミルがカミヨンに言葉を返します。
「ご一緒してもいいかな?」
「もちろんです」
カミヨンが席に座るとすぐにチヨちゃんのお母さんがカミヨンにいつものお酒を持ってきました。
「もうひとつって?」
カミヨンの言葉がとても気になったチヨちゃんは2人がお酒を交わす前に言葉を挟みました。
「そうだね。もうひとつはね……」
また暗い顔をしました。とても話したくなさそうでした。
「オレもわからないことなんだけど……。本当は春女王が春になることを望んでないんじゃないかって、なんとなくだけど、あの日思ったんだ」
その言葉にカミヨンは驚きました。
「そんなこと! いや、ありえないことでもないか」
カミヨンは考えるように腕を組みました。
「春女王様は、春を見たことが無い。自分たちが塔に入らなくても本当は春になるのではないかと考えんでもない」
「春女王様も桜が見たいの?」
チヨちゃんはそう聞くとカミヨンがにっこりと笑いました。
「そうかもしれないね」
「じゃぁ、チヨちゃんが桜見せに行く!」
2人はチヨちゃんの言葉に思わず笑顔がこぼれました。
「チヨちゃんは優しいな」
「うん!」
チヨちゃんはお店の手伝いに戻ろうと後ろを向きました。
それと同時にヒールの高い音が目の前で止まりました。
その人は大きな魔法使いの様な茶色のとんがり帽子を被っていました。
イチョウの葉の様な綺麗な黄色の髪の毛、眠そうなまぶた、紅葉の様な真っ赤な唇、秋風の様に美味しそうで冷たい匂いが間違いなくあの人であると言っていました。
「秋女王!」
レミルの言葉に周囲の人は視線を向けました。
「どうも」
そう言葉を置くと、秋女王はしゃがんでチヨちゃんと目線を合わせました。
チヨちゃんはその顔を見てにっこりとした笑顔になりました。
「こんばんは!」
秋女王はゆっくりと頷きます。そして耳もとに口を持っていき口を開きます。
「チヨちゃん。もし、また冬が戻ってきたら、春女王を助けて欲しいの」
チヨちゃんはその意味がよくわかりませんでした。頭を傾げますが離れていく秋女王はそれ以上なにも言いませんでした。
立ち上がって誰もいない席に座ると、
「白ワイン」
と注文して口を閉ざしました。
その翌日でした。
急に冷え込んだ朝に目を覚ましたチヨちゃんはカーテンで見えない外を見ました。
「雪だ!」
すぐに上着を着て外に出ました。
外はまだ静かです。でもこれが誰かに知られたら大変なことになります。
「春女王様を助けなきゃ!」
小さな足の小さなチヨちゃんは塔へ向かいます。
塔へは一本道です。お城から続く大きな道をまっすぐ行けば塔はあります。
塔へ着くとチヨちゃんは見回しました。
塔のまわりは森のように木がところ狭しと並んでいました。春女王がそのどこかに隠れているのであれば見つけることは難しいでしょう。
それでもチヨちゃんは見つけるために目を凝らして探しました。
春の香りを感じました。
チヨちゃんはその香りを追って走って森の中へ。
森の中はより暗闇が広がっています。右を見ても左を見ても何も見えません。
フクロウの鳴き声が不気味に響けば、足元でシャリシャリと小さな動物が走るのが聞こえます。
チヨちゃんはとても心細くなりました。
森を出ようとしても来た道さえわかりません。
泣きそうでした。
それでもチヨちゃんは泣きません。
「春女王様を助けなきゃ」
泣くのを我慢してどんどん森の中へ、春の香りを追っていきます。
歩いても歩いても暗闇です。
木にぶつかったり、石で転んだり、雪が深く積もっているところに落ちたり、とても大変です。
段々と春の香りが強くなるに従って、チヨちゃんは早歩きになります。
「春女王様を助けなきゃ」
もう少し、そう思うといてもたってもいられません。
ズイズイと走ります。
段々と明るくなるのを感じます。
その光はどんどん眩しくなっていきます。
光の壁があります。
それへ向けて全速力で走ります。
春の香りが強くなります。
そこに、春女王がいると信じて。
チヨちゃんは光の壁を打ち破りました。
その場所にやっぱり春女王は隠れてました。
切り株の上に座り込んでくよくよと泣いています。
「春女王様!」
チヨちゃんは心配ですぐに近寄りました。
春女王は顔を上げます。
「チヨちゃん……」
早く春が訪れて欲しいチヨちゃんはこう聞くのです。
「どうしたの?」
春女王はまた顔を隠しました。
「チヨちゃん、ごめんなさい。わたし、春なんて来なければいいって思ってるの」
チヨちゃんは静かに耳を傾けます。
「冬女王はもう出ると言ってくれてるの。でも、わたし……、どうしても春になって欲しくなくて」
「桜が見れないから?」
「違うの。春になれば花も動物たちも動き出すわ。でもそれを狙って人は花を摘んだり、動物たちを食べ物として捕まえたりするわ。わたしはそれが耐えられないの。わたしが塔に入れば動物や植物は……」
チヨちゃんは驚きました。そんなこと考えたことなかったからです。
「だったら、ずっと冬でいいんじゃないかって。みんなで一緒に……」
「ダメ!」
チヨちゃんは大きな声を出しました。
春女王はそれにとても驚きました。
「レミルさん言ってた! 春女王様は優しすぎるからみんなが大好きなんだって。でも優しすぎるからなにも決められないんだって。もし、冬女王様じゃなくて、春女王様が春にしたくないなら、こう言ってって」
チヨちゃんは大きく息を吸いました。
そして1番大きな声で言うのです。
「バカヤロー!」
チヨちゃんの声はあちこちに響きました。
誰も気づかないような場所に起きたばかりのリスや鳥、シカやモグラまで集まってきました。
「春女王様が1人で悩んでることみんな知ってたよ。他の女王様だって、レミルさんだって、カミヨンさんだって、ダインさんだって。だからみんな手を出して、春女王様の本当のことを知ろうとしたんだよ」
春女王は涙を浮かべてチヨちゃんを見つめます。
「春女王様! 動物たちの声を聞いてよ! 植物たちの声を聞いてよ! みんな春をこんなにも待っているんだよ!」
いつの間にか春女王の側には1輪の花が咲いていました。動物たちが集まって春女王を心配そうに見ていました、
「チヨちゃん、難しいことわからないけど、これだけはわかるの」
チヨちゃんは春女王が座っている切り株に座ります。
「みんな、早く春が訪れて欲しいって」
数日後。
春になった今日もお店は大繁盛です。座るところがなく立ちながら飲んでいる人もいます。
常連客の人もいます。
ダインは腕相撲で連勝中。
カミヨンはお酒を飲みながら春の香りを楽しみ、レミルはみんなと口々に政治のことで話をしています。
チヨちゃんはある人にお酒を出しました。
「お待たせしました」
「ありがとう」
冬女王です。
レミルの言っていたお祭りが今日行われています。
そんな中、チヨちゃんはあることを聞くのです。
「冬女王様は、みんな嫌い?」
雪のように白い肌に浮かび上がる暖炉の火のようなくちびるはにこっと笑いました。
「こんなお祭り開いてくれるのだから、大好きよ」
チヨちゃんはそれを聞くと、嬉しそうに笑って仕事に戻りました。