口のうまい人
いつになくお店は賑やかでした。
お酒を飲んでる人も、食事している人も、話しをしている人も、みんな揃ってひとりの人の演説にも似た言葉に耳を傾けていました。
「なぜ、誰も女王様を塔から出す事が出来ないのでしょうか。なぜ、誰も女王様を塔へ入れることが出来ないのでしょうか」
お城で仕事をしている、レミルはお酒を掲げながらみんなに問いかけています。
お店のお手伝いをしながら、チヨちゃんはレミルの言葉を聞いていました。
「私の聞いた話しによると、女王様とコンタクトを取れるのは女王様だけであり、その後に厳しい試練に7日間耐えなければならないのです」
そう高々と叫ぶと何人かの人が「おぉ」と唸りました。
段々と集まる人にチヨちゃんも気になってその中に入りました。
「それは当たり前なのです。女王様にとってはそれは日常そのものなのです。ならば何故、季節を巡らせる事が出来ないのでしょうか!」
強く拳を握り、それを高く上げます。
「我々の声が足らないのです!! 皆さま! 春女王に季節を巡って頂くためにも、声を上げましょう!」
それを聞いていた人たちも同じように拳を上げました。
その勢いに驚いて見ていると近くにいたカミヨンはチヨちゃんに声をかけました。
「もしかしたら、彼のおかげで変わるかもしれないよ?」
「ホントに?」
カミヨンは大きく頷いて笑顔を返しました。
「女王様でも国民の意見にはかなわないからね」
次の日の朝からとても外がにぎやかでした。
朝が弱いチヨちゃんもその物音で目を覚ましました。
黄色いカーテンを開けて窓から外を見ます。日の光で目を閉じてしまいます。とてもいい天気みたいです。
目をあけたら、道は凄いことになっていました。
あのレミルが先頭になってたくさんの人がお城へ向かっていきます。大きな看板を持って歩く人。シャツに文字を書いている人。大きな声で叫んでる人。
チヨちゃんは何をしているのか気になって急いで着替えます。
ボサボサ頭のまま外に出て、列になって歩いている人の中に入りました。
「早く春を!」
「このままじゃ死んじゃうわ!」
「雪なんてもう飽きた!」
口々に言います。それを聞いてチヨちゃんはとても悲しくなりました。本当に冬女王は嫌われ者だと知ってしまったからです。
「お、チヨちゃんじゃないか」
ぐいっと見上げて声のした方を見ると、そこには大きな看板を持ったダインがいました。
「チヨちゃんも一緒に歩くのかい?」
チヨちゃんは少し嫌でした。でも、このままどこへ向かうのか気になりました。
チヨちゃんは大きくうなずきます。
「おーし! ならチヨちゃんも春を願って叫ぶんだ!」
「うん!」
チヨちゃんは大きく息を吸います。
「はーるよこい!」
その小さな小さな叫び声は女王様に届くのでしょうか。
いつの間にかお城の目の前にいました。大きな扉の前には冷たそうな鉄を被っている兵隊さんが2人並んでました。
「春女王に伝えてくれ!」
レミルがはじめに叫ぶと、ほかの人も続いて同じことを叫びます。
「春の到来をこれ程の国民が唱えている! どうか、その事を冬女王にも伝えてくれないか! 皆、食料不足や資源不足に不満を持っている! どうか、季節を巡らせてはくれまいか!」
みんなの声はお城に吸い込まれていきました。
しかし、お城から返ってくる言葉はありません。
それでもみんなは叫びます。声が返ってくるまで。春になるまで。
チヨちゃんはお酒をカミヨンに出します。
「ありがとう」
いつもの優しい笑顔を見てチヨちゃんは聞きたいことを口にしました。
「春になるの?」
カミヨンは驚いて、その後すぐに悩みました。
「んー。わからない」
そう告げるとチヨちゃんはガックリと頭を下げました。
「出来るかどうかは、明日の女王様の出方しだいだな」
その時でした。扉が急に開きました。大きな音に視線を移すとそこにはダインが息をきらせていました。
「大変だ! 大変だ!」
そう叫ぶとすぐに近寄ったのがカミヨンです。
「落ち着きなさい。そんなに慌ててどうしたんだい?」
カミヨンの言葉に深呼吸をするダイン。
近くにあった誰のともわからないお酒を飲み干して叫ぶように言いました。
「明日! 春女王様が塔へ向かわれると!」
「それは本当か!」
カミヨンが珍しく大きな声を上げました。
「あぁ! さっき第3王子のマスク様が直々に発表していた!」
「なんと!」
店の中で大きな拍手が起こりました。その光景にチヨちゃんは怖くなりました。
「それじゃぁ、本当に……」
カミヨンはそこまで言って言葉を飲みました。
待ちに待った朝です。チヨちゃんも気になって早起きしました。
外に出るとお城の兵隊さんたちが2列になってお城から塔へと向かう道を埋め尽くしていました。
その間を通っているのは春女王と秋女王と夏女王。その3人の先頭を歩いているのがマスク王子です。
顔立ちがとても綺麗で、女性からの人気が高い王子ですが、3番目に生まれたとあってあまりお仕事を任せてもらえてません。
そんな王子が今回、国民の意見を背負って歩いているのです。
チヨちゃんは急いで塔へ向かいます。本当に春になるのであれば、ちゃんと見てみたかったのです。
塔にはたくさんの人がいました。その人たちは女王の到着を今か今かと待ち焦がれています。
その中心には、レミルがいます。
早く春が訪れて欲しいチヨちゃんはレミルに近付いてこう聞くのです。
「どうなるの?」
緊張した表情でチヨちゃんを見たレミルはゆっくりとこう言います。
「わからない」
今までにないくらい弱々しい声はチヨちゃんしか聞こえませんでした。
チヨちゃんは目を伏せて頷きました。
「がんばってね」
「……ありがとう」
レミルの笑顔をはじめて見たチヨちゃんはレミルの顔が綺麗だと思いました。それは間違いなく、マスク王子よりもです。
チヨちゃんは離れてその場を見守ります。
遠くに聞こえていたドタドタといった足音が大きくなってきました。段々と兵隊さんを連れた王子たちが近づいていました。
ざわざわする胸をチヨちゃんは手を当てて落ち着けます。
「みんな! 声をあげろ!」
レミルが号令を出すとこの場にいた人たちは大きな声を上げました。
「早く春にしてくれ!」
「このままじゃ飢え死んじゃうわ!」
「寒さでなにもできないぞ!」
春女王様に聴こえるように、大きな声は束になって飛んでいきます。
この声が、冬女王のところへ届けばいいのに、チヨちゃんは塔を見上げて思いました。
塔のてっぺんには寂しそうな雲が今にも泣きそうでした。
「春女王! お待ちしていました!」
レミルが深々と頭を下げます。その行動にみんなは声を上げることをやめました。
「頭を上げなさい」
言葉を返したのはマスク王子でした。
「君の頑張りがわたしを動かし、そして季節の女王を動かした。君の功績は素晴らしい!」
そう優雅に振る舞うとレミルの肩を叩きました。
「おつかれさま」
そう言ってレミルの横を通って塔へ向かいました。
春女王はそれを追うように重たそうな足で進みます。
「女王! ひとつだけ、冬女王に伝えて欲しいことがあります」
未だに頭を上げないまま、春女王を止めました。
レミルの言葉に戸惑いながらもしっかりと答えます。
「はい、なんでしょうか?」
頭を上げました。まっすぐと未来を見つめるその目はしっかりと春女王を捕らえました。
「冬女王、あなたが出てくるのを、宴を開く準備をしてお待ちしております。こう伝えてください」
また頭を大きく下げると、「お願いします!」と言葉を強めました。
春女王は小さくうなずいて小さく笑います。
「分かりました。伝えておきます」
「おい! 何をしているのだ! 早く季節を巡らせたまえ!」
春女王はくらい顔に戻ります。そしてゆっくりと塔へ向かっていきます。
「お願いします!」
その声は静かになったこの場所でとても綺麗に響きました。