頭の良い人
お触れが出てから2日が経ちました。
力任せに連れていってもムダだということはダインのおかげで町中の噂話になっていました。
今日も酒場は大盛況でした。
旅の疲れを癒すためにお酒を煽る人もいれば、上司のグチをこぼす兵士の人達同士、そして最近になって増えた女王様をどうにかしようとする人たちがところ狭しにお店の中にいました。
店の中央でダインはこれから女王を攻略しようとする人にまるで英雄にでもなったかのように意気揚々と話していました。
「お待たせしました」
「おっ! ありがとな、チヨちゃん」
お酒をダインに渡すとトコトコと店内を見回すチヨちゃん。
お触れが出てからというもの、お店に人がどんどんと来るものですからチヨちゃんも大忙しでした。
次にやることは、いつもお店の端っこで静かに飲んでいる町一番の知恵袋、カミヨンにおしぼりを出すことでした。
手際よくおしぼりを用意してカミヨンの所へ向かいます。
「お待たせしました!」
「ありがとうね。チヨちゃん」
にっこりとした笑顔を返してくれたカミヨンは続けてるこう言うのです。
「いつものお願い」
「うん」
チヨちゃんはお母さんの所へ戻って注文を伝えます。
カミヨンが頼むのはいつも赤ワインとチーズです。毎日毎日飲んでいるのでチヨちゃんは1度こう聞いたことがあるのです。
“毎日それで飽きないの?”
それを笑って飽きないよと返されたのを思い出して、大人になったら赤ワインとチーズを頼んでみようとチヨちゃんは思います。
「チヨちゃん、持ってって!」
「はーい」
チヨちゃんにはまだ大きなトレーの上には今にも倒れそうなワイングラスとチーズを盛ったお皿が乗っていました。
倒さないように慎重に、慎重に運びます。
「お待たせしました」
やっと着いたカミヨンのテーブルにそれを置いていきます。
するとまた笑顔を見せてくれるのです。
「ありがとう」
チヨちゃんは嬉しくなりました。
「どういたしまして」
会釈してお仕事に戻ろうとするとカミヨンはそれを止めます。
「そうそう、チヨちゃん。ボクも明日、春女王に会おうと思ってるんだ」
それを聞くとチヨちゃんは小さな耳を大きくします。
「それで?」
長いあごひげを触りながら楽しそうに答えます。
「よくぞ聞いてくれた。この前ダインが言っていたルール、あれをどうにかする方法だよ。それを見つければどうにかなるはずさ」
そう言うとチヨちゃんに目を向けます。
「そこでチヨちゃん。なにか知らないかい?」
チヨちゃんはカミヨンの真似をするようにあごに指を添えて難しい顔をしました。
「うーん」
「なんでもいいんだ。冬女王と話しができる方法を聞きたいんだ」
チヨちゃんは思い出しました。
「あのね、前ね、お姉さんがね」
途切れ途切れの言葉を頷きながら聞いてくれます。
「女王様とねテレパシーでね、話せるんじゃないかって」
ふむ、とひげをなでます。
「テレパシー……か。それは誰ができるんだい?」
「女王様!」
チヨちゃんの大きな声に、カミヨンは目玉を大きくしました。
「女王様がテレパシーで!」
「そうか……、ありがとうね、チヨちゃん。また明日季節を春にしてここに来るよ」
「うん! 待ってるね!」
チヨちゃんはルンルンとスキップしながらお母さんの所へ戻りました。
翌日は未だに雪が降り続ける1日でした。
チヨちゃんは外の看板に積もった雪を落としてまだ開店して間もない店内に入りました。中にはカミヨンさんと女性1人が早々とお酒を飲んでいました。
チヨちゃんはカミヨンさんに近づいて行きます。
早く春が訪れて欲しいチヨちゃんはカミヨンにこう聞くのです。
「どうだったの?」
カミヨンはチヨちゃんを見て溜め息をつきました。
「ダメだったよ」
チヨちゃんは残念と眉を潜めました。
「嘘つきー」
「ごめんよ」
カミヨンはチヨちゃんから視線を外して一緒に飲んでいる女性に目を向けました。
「だけど素晴らしい成果だよ。女王様同士、テレパシーで話せるのは本当だったんだ。現に今回は春女王様は試練の扉に入ることができたんだ」
チヨちゃんはお話しを聞いてどんどん気になります。
「それから?」
「あぁ、それからな……」
「ここからはわたくしが話します」
女性がチヨちゃんを見ます。
桜の様な色の髪は美しいウェーブがかかっています。大きな目は新芽の様なエメラルドグリーン、赤いバラの様なくちびるはまさに春女王でした。
「あっ! 春女王様!」
「はじめまして、チヨちゃん」
にっこりと笑えば花の香りがします。それを嗅ぎつけて、今来たダインも近寄ってきます。
「あ、春女王! 先日はすまなかったな」
「ダインさん。いいえ、わたくしこそすみません。皆さまのために頑張っていることはカミヨンさんから聞きました」
くらい表情の春女王はそれでも笑顔でダインを許しました。それだけでダインは明るい表情でいつもの席に向かいました。
それを見送って春女王はチヨちゃんに再び目を向けました。
「試練の部屋では7日間、厳しい、それこそ試練を行います。それにわたくしたちは耐えなければならないのです」
それを聞いたチヨちゃんは驚きました。
「そんなに大変なの?」
「ええ、とても」
深く頷いて話しを続けます。
「そんなつらいことをして、冬女王は外に出たくないのです」
チヨちゃんも思いました。とてもつらいことなんかしたくないのです。
それでも、チヨちゃんは考えます。町のみんなのためなら頑張って春にしようと。
「チヨちゃんはがんばる」
チヨちゃんの言葉に春女王は驚いて、チヨちゃんの表情を見てクスリと笑いました。
「そうね、がんばれますね」
なんで笑っているのかわからないチヨちゃんは首を傾げました。
「みんなが待ってくれてるならわたくしもがんばれます。しかし、冬女王はそんなことないのです」
「なんで?」
そのひと言を待っていたように小さく頷きました。前を向きグラスに入っているお酒を飲んで喉を潤します。
「チヨちゃんは冬女王のことどう思いますか?」
チヨちゃんは近くにある燭台を見ました。その火に見える冬女王の顔を思い浮かべても何も出てきません。
「わかんない」
クスリと笑ったのはカミヨンでした。
「そうか、まだわからないか」
そう始めてチヨちゃんを見ました。
「おとなはね、冬女王のことが嫌いなんだ」
「え! なんで!?」
チヨちゃんは驚いて、怒りました。
「みんな仲良し!」
「そうだね。本当はそうじゃないといけないんだけどね」
カミヨンはお酒を飲んでひと休みすると顔をパンパンに膨らませて怒るチヨちゃんに目を向けました。
「冬はね、食べ物が少ないだろ? それに寒い。だからたまにケンカが起こるんだよ。食べ物を奪い合って、薪を奪い合ってね」
チヨちゃんは頭を傾げました。
それを見てカミヨンは笑いました。
「チヨちゃんにはまだ難しかったかな」
バカにされたのがわかったのか、チヨちゃんはまた怒ります。
「わかるもん!」
それを聞いて春女王も笑いました。
すると、不思議なことに春の香りがお店を埋め尽くしました。
「まぁ、そういうことなんです。ケンカの原因は冬女王にあるようなものなのです。だからみんな、冬女王がまるで悪者のように言うのです」
チヨちゃんはわかったように腕を組んで顔を縦に何度も振ります。
「冬女王も、それが嫌なのです。孤独の塔から出れば皆さまにいじめられるのですから、……お気持ちをお察しします」
まだふんふんと頷くチヨちゃんも、やっと理解できたようで驚きました。
「女王様、いじめられてるの?」
「……はい」
春女王はためらいながらも頷きました。
「わたくしは入れ替わりなので知りませんが、聞くところでは出た瞬間に石を投げられたりするとか……」
「そんなのよくない!」
チヨちゃんは睨みつけました。カミヨン、ダイン、お客さん。だれが悪者なのかもわからずにみんなに怒りました。
「冬女王様はチヨちゃんがまもる!」
そう言うと春女王が微笑みました。
「それなら、安心して冬女王も出てこれるかもしれませんね」