親友(男)が女だったという漫画でよくある話
あー、どうしよう。
今朝は気まずくて、合い鍵だけ置いて、会議があるからと言い訳して慌てて会社に逃げてきた。
とりあえずさっき謝罪メールだけは送って、“いる”という返事だけはもらった。
ひとまずは良しとしよう。
今朝は本当に驚いた。
十年以上の友人、親友とも呼べる男友達が実は女だったなんて。
漫画やドラマじゃあるまいし、現実に起こるとは思わないじゃないか。
だから、もっと現実的な性転換手術をしたのかと思っただけだ。
うん、普通にそう思うだろ。そう考えるのが一般的だ。やっぱり俺は悪くないと思う。
でも、アイツがあんなふうに怒った事なんてなかったからナー、俺がなんかやらかしているんだろうな。
あー、もう、なんで思い出せないんだよ!俺のバカヤロー。あー、くそっ。
あー、どうしよう。やっぱ傷付けたかナー。
今日は多分仕事にならんな。はあ~。
机に資料を広げたまま、悶々と考え込んでしまって、全く作業が進まなかった。
寝ぼけながら、隣に寝ている女の柔らかい肌をまさぐっていて、ハッとした。
今、俺にはベッドを共にするような相手はいない。
一夜限りの女を自分の家に連れ込んだこともない。
むしろ、そういう女に自分のテリトリーを侵されるのは嫌だ。
落ち着けオレ。まず、状況確認だ。
俺はまず、動いて自分の腕の中にいる女を起こさないように、ゆっくりと周りを見た。
間違いない、俺の部屋だ。よし、少なくともアウェイではない。
ホームということは、少しは自分に有利に働くはずだ。何にかは不明だが。
昨日何があったか、まず、よく思い出そう。
ウ~ンと頭を働かせたら、頭がすごく痛い事に気付いた。
さっきは驚きすぎて、心臓バクバク、冷や汗タラタラでそれどころではなかったようだ。
あー、頭が痛くてとても考えられない。でも、えーと、えーと、何とか思い出さないと。
えーと、よし、朝からいこう。まず、朝はここで起きて、普通に会社に行った。うん、ここまでは通常通り。えーと、そうだ、昼間に珍しく光から電話があって、久しぶりに会うことにしたんだ。
いつもの居酒屋で待ち合わせて飲んでいて、そしたらアイツが深刻な顔で相談があるっていうから、じゃあ家で話そうって家に帰って来たのは覚えている。
よし、いい調子だぞ。で? 何だっけ? それに光は?
あ、よく考えてみたら、コレって光じゃね?
チラリと目だけ動かして、顔を覗き見た。光じゃん!何だよ、もう、脅かすなよなー。
きっと飲み潰れて寝ちゃったんだな。何でお互い裸なのかは意味不明だけど。
寝ぼけてたから、女と間違えたんだ、俺。
焦ったぜ。あー、喉が渇いたな、水飲みに行こう。
俺は光を起こさないように腕を引き抜き、起きようとして掛け布団がはだけた。
で、俺は立派なおっぱいを見た。
驚いて布団で隠した。また!心臓が飛び出しそうなほどどっきんどっきんしてくる。
もう一度、恐る恐る顔を見て光であることを確認した。
コイツってオネエってこと?! 昨日の相談ってカミングアウトだったのか?!
あー、マズイマズイ、ヤバイヤバイ、こんなナーバスな事案なのにちっとも覚えていないっ!
はぁ~。俺コイツの親友なのに、全然気付いてやれなかったな。
まあ、ここは親友としてちゃんと向き合ってやらないと。温かい気持ちで受け入れてやろう!
こんな事でどうにかなる仲なんかじゃないってハッキリと言ってやろうではないか。うん、そうしよう!
きっと友達をなくすんじゃないかって心配しているだろうからな!
考えもまとまってちょっと落ち着いてくると、俺は純粋な好奇心で、アレはついたままなのかそれとも取っちゃったのか気になって、布団をゆっくりとめくりあげた。
うーん、横向きになっているから、下半身がよく見えない。
角度を変えて覗き込んでみる。見えない。
いや、見えないということは、取っちゃって見えないってことか?と下半身を覗く事に集中していたから、光が起きてたことに気付くのが遅れた。
「おい、何をしている、コロスぞ」
それから俺は正直に、昨夜のことを全く覚えていないことや勝手に裸を覗いたことを謝って、オネエであっても友情は変わらない事や光の為なら力になるから何でも言ってくれと親友として誠心誠意の言葉で自分の気持ちを伝えた。
それに対して光は淡々と、俺にとっては驚愕の事実を話始めた。
「まず、覚えていないのならば仕方がない、もう一度説明しよう。そして、裸を覗いた事も、今までの友情に免じて許す。それから、お前が俺のことを大切に思ってくれていることも、今の言葉で分かった。とても嬉しいし、ありがたいと思う」
「しかし、お前は大きな勘違いをしている。覚えていないのだから仕方がないのかもしれないが?」
俺を恨めしげに睨み、はあーと溜息をつき、ゆっくりとそしてハッキリと言った。
「俺は性転換手術をしたのではない。元から女なのだ」
俺は混乱して、確かに馬鹿な事を言ったと思う。
「え? いつから? 中学生の時はもう女だったのか?」
頭がこんがらがって、なんて言っていいか分からない。
そんな俺にもう一度始めから説明してくれた。
光の家は旧家で、母親が後妻に入った時に男子を産むことを強く望まれたらしい。やっと授かった子供が女の子だったことで、父親の愛情を失いたくなかった母親は里帰り出産したことをよいことに、男の子で出生届を出してしまった。その後、罪悪感に駆られてか、保身の為か、それはもう頑張って弟を産み落としたらしい。だから、跡取り問題も片付いた事だし、なんとか出生届を正したいと思ったみたいだけれど、上手くいかなかったのだろう。それからは、ただバレぬように立ち回り、父親や弟にも学校にも知られぬよう隠しきった。
光自身はもう男で生きていくしかないと覚悟を決め、就職も人とあまり関わる事のない研究職についた。
そこにきて降って湧いたような結婚話である。
断れるものならば、このように出奔しないでも済んだのだがと、苦渋の面持ちで言った。
だが、こうなったことで開放感にも満たされているのだと自嘲するように言う。
家から離れて、もう、偽らずとも良いのだと心は軽く、思うままに生きていけるという可能性に希望を抱いてしまう。己の心が定まらず、どうしたら良いのか分からない。
それで、お前に相談をしたのだが、忘れてしまったのだな。
悲しそうに言って、それからは黙ってしまった。
何て言うかは結局決められなかったけど、とにかくどうしたいか心が定まるまでここにいろと説得をしよう。
鍵を差し込みガチャリと回す。「ただいまー?」 恐る恐る中に入る。
「お帰り」見知らぬ女が、いや、光に決まっているけど、光とは思えない女、本物の女が出て来た。
「おかしいか?」女が不安そうに聞く。
「いや、驚いただけ。本物の女に見える」
「うん。俺も意外だった。でも、案外悪くないだろ?」
光はそう言って笑った。
そして、話がしたいからとリビングに連れて行かれて、ソファに座らされた。
「今日1日いろいろ考えたんだ。結論を言うと、しばらく女をやってみたい。でも、今、一人で居るのは精神的にキツいんだ。だから、しばらくここに置いて欲しい。頼む」
光は俺の足下に来て、頭を床に付くくらい下げた。
「お、俺も心配だから、ここにいろって言うつもりだった。俺もここにいて欲しいと思っている」
俺が言うと小さな声で光がありがとうと言った。
光が今日一日あったことを話してくれた。ここに男のままでいるとばれて連れ戻されるかもと、デパートに行って女性っぽくしてもらったとの事。その時に、随分褒めて貰ったんだよと嬉しげに話す。
「ほら、俺って白くてひ弱だからって、モヤシって呼ばれてたろ? 結構コンプレックスだったんだよ。だから、嬉しかった。身体の事では貶されてばかりで褒められることなんてなかったからさ。俺、お前にすごく感謝しているんだ。学生時代お前が居なかったら、確実にイジメられてただろうし、柔道の時間とか間違いなく標的にされて、フルボッコだよ。これまで、何とかやれてこれたのは、本当にお前のおかげだと思ってる。あの時はありがとう、本当に助かったよ。俺ずっとお礼を言いたかったんだ」
光が俺に静かに礼を言う。
俺はマジに、本当に、過去の俺、よくやった!! 褒めてやりたい。
そうして、元親友(男)と俺の共同生活が始まった。
あれから一ヶ月が経った。
「ただいまー」
「お帰りー。ご飯出来てるよ、食べるー?」
頭にタオルを巻いた光が、ホコホコに温まった顔を出した。
「うん、食べるけど、先に風呂に入るよ。体が冷えちゃってさー」
本当に食べたいのは、ずっとキミだけどね。お風呂に入ってほっぺはツルツルピカピカだし、くちびるはふっくら柔らかそうだし、マジ美味そう。心の中だけで言う。
「私、今、ちょうど入ったとこなの。まだあったかいと思うよ。じゃあ、ビール用意しとこっか?」
うん、風呂に入りたてなのは、知ってる。見れば分かるから。だから、風呂を先にしたんだし。
「うん。サンキュー」
光は順調に女としての生活に慣れていっている。今まで勤めていた会社を辞めて、穂積光(女)として、コンビニで短時間のバイトも始めた。
この新婚さんのようなママゴト生活も、俺の不眠症と欲求不満さえ除けば、それなりに楽しい。
今日も俺は光が入ったばかりの風呂に入り、マスターベーションをする。
コレくらいは良いよな?