表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
叡帝興国紀  作者: badman
5/57

本紀 5回

 三日後。史官としての仕事の引継ぎを終えた慕容循(ぼようじゅん)は、白涼が太尉府に与えられた執務室に向かっていた。本来であれば役所を辞めるのであればもっと日数がかかるものだが、三公の一人である父、太尉(たいい)慕容玄(ぼようげん)の手配によってこの日数で終えることができたのであった。

「慕容循です、入ります」

 一礼して執務室に入ると、そこには白涼とその姪の桃花が机上に広げられら帳面を覗き込んでいるところであった。

「本日からお世話になります」

「こちらこそ、よろしく頼む。こっちは姪の姫桃花だ、副官の一人として働いてもらうことになっている。桃花、彼が慕容循だ」

 お互いを紹介する白涼。左拳を右手で包み頭を下げる、抱拳礼(ほうけんれい)を行う慕容循。あわてて立ち上がった桃花は、逆に右拳を左手で包む抱拳礼(女性は左右逆に行うのが礼儀)を返し、にっこりと笑う。

「よろしくねっ!」

「見てのとおりのはねっかえりだが、私と共に軍学を修めた仲でね。本人たっての希望で、幕僚に加えることになった」

 事実である。白涼が、養父姫淵遺(きえんい)の雇った軍学の師に教えを受けている間、何でも白涼と同じでなくては気がすまなかった桃花も見よう見まねでその場に同席して学んでいたのであった。と言っても、幼かった桃花には十分に理解できず、歳を経てから再度学びなおしたのだが。

「皇帝の義理の弟の叔父上でしょ、丞相(じょうしょう)の孫のわたしでしょ、それから太尉の子の慕容循殿! これって凄くない?」

 興奮した様子の桃花に、慕容循も頷く。

「確かに、肩書きだけ見れば上位の将軍方の陣容に勝るとも劣らないですね」

「ただ、我らはまだ若い。高官の子弟のお遊びと見られぬよう、精進せねばならんぞ」

 浮き足立つような二人を少しとがめる様に、そして自らに言い聞かせるように。白涼は真剣な面持ちでそう言った。

「叔父上叔父上、ここまで揃ったら、御史太夫(ぎょしたいふ)蔡究(さいきゅう)様の一族も入れたくない?」

 御史太夫とは、三公のひとつであり、文武百官の監察を行う御史台(ぎょしだい)の長官である。人事権の最高責任者であるため、賄賂を贈るものが後を絶たない。そして蔡究自身、賄賂によって出世したものであり、丞相の姫淵遺にとっては頭の痛い存在である。皇帝に媚びへつらう姿を、太尉の慕容玄も苦々しく思っている。もちろん桃花もそれらのことは知っているため、先の台詞は完全な冗談であった。

「まったく困ったやつだ。それより、私の軍に入ってもらう武官の選定をはじめるぞ」

 桃花と慕容循に椅子に座るよう促し、机上の帳面に目をやる。

「私が今までに指揮したことあるものの中から目ぼしい者を記載してあるが、異論や、他に推薦などがあれば遠慮なく言ってくれ」

「はーい」

「とは言われましても、私は武官のことはほとんど存じ上げませんので……将軍が選ばれた方々への異論というものはありません。が」

 ややもったいぶる慕容循。その細い目が、ますます細められる。

胡騎校尉(こきこうい)長孫覇(ちょうそんは)殿を、是非に」

 胡騎校尉。異民族で構成される騎兵を中心とした部隊の長である。その異民族は昌国内に移住した者、昌国が併呑した地域から募った者、戦の中で降伏した者など、経緯はさまざまである。その中にあって現在の胡騎校尉、長孫覇は、渓谷蛮(けいこくばん)とよばれる異民族の長孫氏と昌国人の混血である。勇猛を以って知られるが、命令違反の突進も多く、また指揮官と作戦を巡ってぶつかることが多かったために腫れ物のように扱われてる武官であった。

「え~」

 露骨に嫌そうな顔をする桃花。一度出陣を共にしたことがあるが、その歯に絹を着せぬ物言いと、長く伸びた髭に苦手意識を持っていたのだ。

「できれば、その指揮下にある胡騎全てと共に…とは、いきませんか」

 胡騎校尉一人が率いるのは約千。三千の麾下のうち、三分の一を異民族兵とするその発想に、桃花はもちろん白涼も絶句した。

「えっ、えー!」

 混乱した様子の桃花。しかし一方白涼は考える様子を見せた。

「冒険だな……だが……」

「叔父上~」

 はっきりとは言わないが反対の態度を見せる桃花。

「確かに、彼の部隊は強い。だが命令違反に関してはどうする」

「結果勝てた場合は一度だけ許しましょう。勝敗どちらでもなければ杖刑(じょうけい)を。負けた場合は首で責任を取ってもらいます。厳しいかもしれませんが、それでもあの突破力を決戦兵力として手元に置いておく利はあると存じます」

 穏やかな口調で、しかし自信を持って進言する慕容循。

「あの、結果的に勝てた場合の、二度目は?」

 疑問に思った桃花が口にする。

「二度目はありません」

 つまり、二度目の命令違反は結果がどうあれ処刑するということだ。再び絶句する桃花。だが、白涼は落ち着いた様子だった。

「そこまで厳しくしてまで、必要か」

「はい」

 断固とした口調で断言する慕容循。ふ、と白涼は軽く笑って頷いた。

「分かった。この件、慕容太尉にかけあってこよう。それから、長孫校尉本人にも会わなくては、な」

 この話は決まった、と配下を申請するための書簡に長孫孟覇と書き込む。そして他の人材についての会議を再開するのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ