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叡帝興国紀  作者: badman
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本紀 2回

 帰宅した白涼を出迎えたのは、妻の姫瑶(きよう)である。賊の討伐を終えて帝都に戻った白涼は、当然に皇帝への謁見が優先されたため、これがようやくの帰宅であった。

「おかえりなさいませ。ご無事で何よりです」

 ふんわりと微笑むその物腰は柔らかく、育ちのよさを感じられた。白涼が姫家に引き取られてからの付き合いであり、兄妹同然に育った二人。しかしいくら仲がよかろうと、皇后の妹という身でありながら(猶子になったとはいえ)使用人の子に嫁ぐなど、結婚した6年前の当時にはとてもありえぬと言われた話であった。それでも白涼が実績を上げるにつれ、結婚を認めた当主、姫淵遺(きえんい)の評判を押し上げるものとなっているのだった。

「ただいま。変わりはなかったかい?」

「ええ。それと、今日はお客様が……」

 姫瑶の言葉をさえぎり、白涼に飛びつく影がいた。

「お帰りなさい叔父上! お久しぶりです!」

 それは、尚書令(しょうしょれい)姫班(きはん)の娘、姫桃花(きとうか)であった。白涼と姫瑶の夫婦にとっては姪にあたる。ただし、同じ屋敷で育ち交友のあった3人は、なかなか兄妹気分が抜けない部分もあった。この桃花、女だてらに軍人を目指し、現在下級指揮官の校尉(こうい)を勤めている。親の姫班からすれば、そのうち熱も冷めるだろうからと放任されていた。

 そんな桃花は白涼の腕にしがみついたまま、

「それと将軍職への就任、おめでとうございます!」

 と満面の笑みを浮かべる。だが、白涼の顔はかえって渋面になってしまう。それもそのはずだ。

「その話、誰から聞いた、桃花?」

 朝廷でその話を聞いていたものは少なくない。人事異動があれば自らの部署に関係するとの考えから職場で報告した者もいるだろう。だが、校尉の桃花に情報が届くには早すぎる。

「そ、その……お、お父様から……です」

 桃花の表情も罰が悪そうなものになっていく。白涼は朝廷に出廷する前に人事情報を娘に漏らす尚書令(しょうしょれい)の親馬鹿ぶりを心配していたのだが、白涼の気分を害したと思った桃花はしょげかえってしまった。困った白涼は、ぽんぽんと桃花の頭をなで、

「ありがとう、喜んでくれたんだろう? 義兄上(あにうえ)には私から言っておくから、そんな顔をするな」

 と、慰めてやった。

「うう~、ありがとう叔父上~! そうだ、今夜はご馳走なんだよ! 瑶ねえ…姫瑶叔母上が、腕によりをかけて作ったんだから!」

 玄関で暗くなってもしょうがない、と気持ちを切り替えた桃花が食堂へと向かって白涼の腕をひっぱってゆく。この気持ちの切り替えの速さは軍内でも好意的に受け入れられていて、兵士人気の高い桃花であった。


「それでね、叔父上」

 食後の満足感にゆっくりと時間が流れる。そんなときふと思いついたというような口調で桃花が白涼に話しかける。もっとも、機会をうかがっての発言だというのはその様子から簡単に見て取れた。

「なにかな?」

 気付きはしたものの、白涼もあえて触れることはなく答える。なにかをねだるときの態度だな、そう察する白涼。

「ほら…叔父上、将軍になったわけだから、直属の軍が持てるじゃない」

 中央に所属する指揮官は、基本的には自らの兵というものをもたず、出撃の命が下ったときに兵を貸与される形である。しかし将軍位にあるものは、その階級に応じて一定の『自分の兵』を持つことを許される。この軍を持っていることが、将軍がそれ以下の階級の指揮官と大きく権利面で優遇されていることの証明でもあった。

 桃花の目的は、つまり白涼の軍に。

「ぜひ、叔父上の幕僚にならせてくださいっ!」

 ということである。

「わたし、ずっと決めてたんですから! だから昇格の話を蹴って校尉にとどまってあひゃああああ」

 勢いあまっていらぬことまで口にしかけた桃花は、よくわからない叫びで後半をごまかした。

「義兄上が許すかな?」

 姫桃花はあっけらかんと答える。

「叔父上に預けられたほうが、他の連中より信用できる。だって!」

「今朝の時点でそこまで話が進んでいたのか!?」

 さすがにこれには白涼も驚いた。

「……わかった。明日太尉府(たいいふ)に行って軍編成の相談をするつもりだったから、そのときに名前は出しておくよ」

「それだけでは不安です! 必ず! 必ず! ですよ!」

 体を思い切り乗り出して詰め寄る桃花の様子に、さすがに姫瑶がたしためた。

「桃花、いくらなんでもお行儀が悪いわ。ちゃんと座りなさい」

「う、はーい姉さま…じゃなかった、叔母上」

 姫瑶の年は22、桃花が18。しかも同じ屋敷で育ったために、小さいころから姉妹の感覚だったのだ。この関係も双方未婚なら許されていたが、さすがに姫瑶が嫁入りして以降は周囲の目もあり、叔母上と呼ぶようになっていた。たまに素が出るが。

「わかった、覚悟を決めたよ。ちゃんと桃花は軍に入れる。瑶、すまんな」

「旦那様のお決めになったことですから。私のかわいい姪を、お願いしますね」

「ああ」

 覚悟を決めて落ち着いたのか、お茶に手を伸ばしてゆっくりと飲み込む白涼。

「ありがとう叔父上!」

 はしゃぐ桃花を横目に、編成計画の修正を最小限に抑えるためにどうするか、頭を悩ませる白涼であった。

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