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叡帝興国紀  作者: badman
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本紀 1回

 史書にいう。太祖叡帝(えいてい)は誰よりも忠義心に満ち、崩れ行く国を守らんと戦ったのだと。そこに野望は無く。民への慈しみと、兵への労りと、そして…悲しみを抱いて。混迷の時代にあって、時代とともに駆け抜けた一個の英雄であったと、そう記されている。




 大陸最大の国土を誇る巨大帝国、(しょう)。しかし建国から200年を過ぎ、泰平に慣れてきってしまったこの大木は、内部から(にじ)み出す救いようの無い膿――役人たちの汚職――と、身を切る刃物――住民反乱、野党山賊の(ともがら)――によって、徐々に、徐々に傾いてゆく。だが文武百官帝都の朝廷にありては、自らが膿であることを自覚できず、刃物の痛みも届かない。大木の傾く速度は、確実に加速していた。

 10年前に発生した住民反乱、――いや、中心に新興宗教赤倫教(せきりんきょう)が関与していたため、宗教反乱――は国土32の州のうち20にも及ぶ州で発生した。史書に言う赤倫教徒の乱である。この数年の旱魃は、贅沢三昧の皇帝に対する天帝の怒りである、と標榜した反乱は2年に及ぶものとなった。そして、一度は帝都威略(いりゃく)を守る4大関所のひとつ、賀宗関(がしゅうかん)を陥落させ、帝都を脅かすまでになったのである。それでも、皇帝の異母弟を総指揮官に戴いた官軍が徐々に勢いを盛り返し、ついに赤倫教の本拠地は炎に包まれることとなった。その後各地の反乱は収束していったが、この乱を機に力のある地方高級官僚には中央から距離をとろうとするものも出始めていた。地方長官には州知事(政務長官)、州軍馬(軍事長官)、そして政務軍事をどちらも取り仕切り、その権力は時に数州に及ぶ節度使(せつどし)があるが、中でも節度使の力が増大しているのであった。

 そのような情勢の中のある日。一人の青年将校が賊の討伐から帰還し、皇帝に謁見を行っていた。

白涼(はくりょう)、期待通りの働きであった」

 そう言ったのは皇帝の秘書官筆頭であり、側近中の側近、尚書令(しょうしょれい)姫班(きはん)であった。白涼と呼ばれた青年は、深々と頭を下げ、口を開いた。

「すべては皇帝陛下のご威光でございます」

 それを聞いた皇帝はひとつ頷く。そして姫班に向けて軽く手を上げ、促す。姫班も頷き、軽く咳払いをしてから手にした書簡に目を落とす。

南中郎将(みなみちゅうろうしょう)白涼、新たに将軍職を申し付ける」


おおおっ


 諸官が詰め寄せている謁見の間に、大きなどよめきがおこった。白涼の現在の職である南中郎将も、指揮官として決して低いわけではない。それに、白涼はこのとき年齢はまだ26であり、この歳で将軍を拝命するとなれば異例の早期出世となるのだ。

「身に余る光栄にございます!」

 白涼は震える声で返答する。自分の武功と年齢で将軍に任命されるとは本人も思っていなかったのである。祝福の空気が場を占めてはいたが、中には苦々しい表情を浮かべるものもいた。しかしそこは魑魅魍魎(ちみもうりょう)跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する朝廷を生き抜いてきた猛者、すぐに平然とした表情に切り替えていた。

「励め」

 70も半ばを越えた老齢の皇帝は、大きく頷きながら白涼に声をかける。白涼は震える声で「はっ!」と答えるのが精一杯であった。





 謁見の間を辞し、帰宅のため廊下を歩いていた白涼は、背後から近づく気配を察して振り返った。そこには足早に近づいてくる同僚の中郎将(ちゅうろうしょう)である呉才(ごさい)の姿があった。

「やったじゃないか、涼」

 追いついた呉才は、白涼の肩を叩きながら祝福の言葉を述べる。そこには喜びと、しかしわずかな嫉妬をにじませて。

「また、追いて行かれたなぁ」

 呉才は28歳、26歳の白涼とは年の差はあれども軍に入ったのはほぼ同時期で、お互いを認めて切磋琢磨した仲である。その親密さは、お互い名のみで呼び合うことでもよく知れた。

「少し複雑だが…ありがとうな、才」

 複雑、と白涼が言うのには理由があった。その理由は、少し込み入っている。この国を動かす文官の最高位である三人の大臣、通称三公。その中でも筆頭である丞相(じょうしょう)である姫淵遺(き・えんい)は姫皇后の実の父であり、また皇帝秘書官の長を勤める尚書令(しょうしょれい)姫班(きはん)もその長子であった。つまり外戚として権勢を振るっているのが()一族なのである。そして、その姫淵遺の娘であり、姫班、姫皇后の妹が白涼の妻なのである。外戚の一族と極めて近しい立場であり、それが理由で白涼も皇帝のおぼえがめでたいのであった。なにしろ妻同士を通じて皇帝の弟となるのである。同期である呉才より先に中郎将に抜擢され、その後も積極的に出陣を命じられた背景にはこのような血族関係があったのだ。

 白涼の両親は姫家に仕える使用人であった。しかし白涼が幼いころ、父は姫淵遺を襲った暗殺者から身を挺して主人をかばい、その命を落とした。そしてその2年後、母も流行り病でこの世を去った。頼れる親族がおらず行き場をなくした白涼を、その父に恩義を感じており、また白涼の利発さに注目していた姫淵遺が、猶子として彼を姫家に迎え入れた。そして姫家のため、帝国のための人材と目して政治軍事を問わず高度な教育を施し、娘の一人まで嫁がせたのだった。

「そんな顔をするな。お前には十分その実力がある、保証するよ」

 血縁での影響が大きな出世と感じていた白涼の後ろめたさが顔に出ていたようだ。しかしそれを察した呉才がからからとその心配を笑いとばす。このように陰湿さがなく、懐の大きな呉才は将兵から好かれていた。白涼も、そんな呉才と同期としてともに皇帝に仕えることを誇りに思っていた。

「どうだ、他の連中も誘って今日は飲むか?」

 酒好きの呉才が誘う。

「いや、気持ちはありがたいが、今日は家で過ごすよ」

 白涼はこういったことには付き合いが悪い。しかしそれは、外戚の一員という目で見られることを嫌い、質素に、身を慎みたいという思いからくるものであった。それを知っている呉才も無理強いはしなかった。

「おう。まあ、たまには付き合えよ」

「ああ、そうだな」

 手を振って去っていく呉才をしばし見送ったあと、白涼は帰路につくのであった。

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