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辺りが光で包まれ始めた。眩い光に目を細めると、目を開けた頃には新しいみたことのない光景が広がっていた。
とは言っても、輸送船の中だが。
ガコンッガコンッと船内が揺れては、座っている自分の身も、それにつられて右へ左と揺れる。
感覚からして宇宙空間ではなかった。重力が働いている感じがした。
左右をみると、今から始めたばかりの新人がいた。こちらと同じように他のプレイヤーをみている。
「お前さん、VRMMOは初めてか」
野太い声と挑戦的な言葉にケイトは右をむいた。
「俺は他のVRMMOを数々と経験している。心配はいらない」
「そうか。だがこれは今までのVRMMOとは違うぞ」
男の口ぶりから経験者を思わせた。
別垢か。そして、これはチュートリアル。確定した勝利と、操作になれることを目的としている。
ここでは基礎的な操作を始めたばかりのヒヨコたちに学ばせていく。
VRMMOは主にそうだ。『説明書不要、肌で体感せよ!』といったキャッチコピーも過去にはあった。
所詮はFPS。基本的要素は同じのはずだ。銃を持って走り、遮蔽物を見つけて身を低くして、トリガーを引くだけの単純作業だ。もしかしたら俺だけかもしれないが、それでも簡単だった。考えるのは相手の動きだけに集中していた。
「どこが違うんだ? 重力下だからか、それとも感覚がリアルなのか?」
「どれも違うな。これは――」
激しい音が船内を包み込む。戦場についたのか、確認しようがなかったが外周の音がそうだと言っている。
ケイトは彼に言葉の続きをきいた。
「さっきはなんて言おうとしたんだ? 俺への忠告か。それならもう、うんざりだな」
「いいやそうじゃない。このゲームはお前が思っているほど甘くないってことだ」
やっぱり忠告じゃないか。
ケイトはやれやれとサムライじみた顔つきで首を左右に振った。
「それはどれも同じだ。……俺はそんなことを言われるためにここに来たんじゃない」
「じゃあ何をしにここに来た?」
「このゲームをクリアするのさ」
ケイトの発言に注目が集まったようにも思えた。一瞬の静寂が過ぎると、元のうるささが舞い戻る。
男がフッと鼻で笑った。
「おかしいのか? このゲームをクリアすることが」
隣のガタイのいいスキンヘッド野郎の顔を睨んでやった。
睨むと落ち着けと、男はケイトをなだめた。
「おかしくはないさ。このゲームの初めだと、そんな奴らがウヨウヨいたさ。事実だ、そしてその場に俺もいた。防衛側となり、敵を倒し、星をいくつと奪い返した。それが続いた。だが……今も終わらないのはなぜだと思う?」
開始初期からいたという発言にケイトの心が躍った。
男のいう疑問。即ちゲームが終わらない理由。
「人数が多すぎるのか。確かに、同時に一億人接続というニュースはみかげたが……もうそこまでの人数はいないんじゃないのか」
男は首を横に振った。
「今も変わらない。そして、エンディングの条件とされる敵の排除、もしくは惑星の制圧。これはほぼ不可能となっている。その理由はお前もわかるだろ」
「リスボーン時間と、プレイヤーの数か。いずれにせよ、これを突破せずにはクリアは不可能だな」
敵側には一瞬にして戦場を勝利へと導く『ETERNAL』というものもある。それでも約五千万人とした数としたら、ちっぽけなもの。一つの戦場で百人倒した、千人倒した。痛くない、全然だ。
これが現状となれば、別の方法があるのか?
「ああ全くそのとおり。以来――俺はストーリーのエンディングなど忘れ、キャラクターのストーリーにこだわりが持てているよ。今だけで、こいつを入れると五体。どれも違う背景を持っている。本当は三体しかスロットに入らないからな、わざわざオークションでアカウントを買ったものだ」
男の素性に納得しつつ、ケイトは別の質問をぶつけた。
「質問なんだが、この先で稼ぎやすい、または裏ワザとかってあるのか。あれば……」
「それぐらい自分で探すもんだ。それともあれか? お前は時間がなくて、攻略サイトを利用しては他人の上にすぐ立ちたがるお調子者の部類なのか」
ケイトは屈辱に感じた。その言葉は自分にとって、大嫌いな言葉の第一位だ。攻略サイトを利用して、目立つ? 糞くらえ! わかっちゃいない。ゲームというもの、自分の力で切り開き、情報を獲得するもの。
俺はクズ野郎とは違う。
「訊いた俺がバカだった。お前はいいやつだよ」
すると、肩を叩かれる。みると、拳を突き出していた。
ケイトは快くその拳にむかって突き出してやった。
返事に男はニッと笑い、スキンヘッドの恐顔がほぐれた。
『間もなく、戦場空域。間もなく、戦場空域。これより降下準備に入ります。各員、準備の上待機をお願いします』
放送がながれた。どうやらもうすぐらしい。
ケイトは辺りをみた。これからなにをするべきかを。
彼らは座っていた安全ベルトを外すと、立つと座席したに詰めてあったジェットパックを取り出し、背中に装着。頭に取り付けてあったバイザーを下ろし、二列ずつ降下ドアに向かって並び始めた。
ケイトもそれに習い、ジェットパックを取り出すと背中に取り付ける場所があったため、はめるとカチッと音がした。
バイザーを下ろすと、視界が鮮明になり情報量が格段に増えた。
敵情報、作戦内容、仲間の位置、残弾数、ライフポイントなど。
上部の作戦内容が更新された。
〈降下まで残り三十秒〉
と表示され始める。
遅れて降下列に加わると、隣にはデカブツのスキンヘッドが立っていた。
「緊張するか」
「いいや、楽しみだね……!」
斜めにぶら下げるブラスターを両手で力強く握った。
これから始まる戦いに、ぞくぞくした。待ちきれない、早く銃を撃つ感覚を味わいたい。敵を倒す快感を味わいたかった。
「だが、お前さんは珍しいやつだ……〈エイト〉。今時、そんな夢物語を語る奴がいようなんてな」
「まだ開始して一年と半年だ。諦める方がおかしい」
「それもそうだ、俺も昔は闘志があったろうが、今その兆しはない。俺を諦めさせたのは、ただ単にエンディングが見えないだけじゃない」
「なんだ」とケイトは問いただす。
「壁だ。壊せない壁が何枚も分厚く立ちふさがっているのがわかったんだ。感じたんだ。最前線の――当時は〈アイク・レスポンド〉と呼ばれる荒野だった。俺はその中、第3隊長となって仲間と共に敵を撃退しに向かった。途中までは順調だった……俺がそこで目にしたのは……無理抗弁を合わせたような敵だった。あいつには勝てん。一切の武器が勝てなかった。まるで『DESTROYER』と対峙している気分だ。なにせ『DESTROYER』といったら、存在したという敵の大幹部の一人。俺たちは全滅した、無論その中域は壊滅し撤退を余儀なくされた」
聞き覚えのない言葉だ。
『DESTROYER』。
名前からして、破壊者。その所以通りの、力を持っていることだろうか。そして、彼の口から語られた『一切の武器が勝てなかった』。これが本当だったら、あったときは別の対処法を生み出さねばならない。
厄介な相手だ。
「無茶苦茶強いやつが存在するのか?」
「山ほどいると言っていい。特に最前線、あそこは今でも立ち入ったらまず死亡する。何がいるのかわからないんだ。こちらのバイザーでも観測できない相手もいれば、急に誤作動を起こし見計らったように襲ってきた敵もいた。ここの世界は奥が見えない。もちろん、”こちら”にもあるかもしれないが」
ブザーがなる。同時に降下扉がひらく。
風がこちらへとやってくる。肌に打ち付ける、それは戦場の空気。純枠な酸素と炭素と二酸化炭素で構成されている空気じゃない。生暖かい、以前に世界大戦を経験したゲームの中と同じだ。開いてからだというのに、頭がそれをきかない。恐れている。人間古来の生存本能が、拒否反応を示し合わせるように足が動かない。
その中でも次々と飛び降りていく。ひと組、ふた組と……
自分の番がやってきた。隣の〈マッカート〉が経験からか、ケイトの様子を察すると肩に手を回した。
「行こうじゃないか、エイト! お前さんの初舞台だッ!」
マッカートに合わせるように、ケイトの降下が始まった。