公爵閣下と忠実なる臣下。
どの季節であっても美しく整えられた公爵家の庭を、正門に向かって獣人の若者が歩いていく。
その姿を応接間の窓より眺めるのは、この屋敷の主であるアルフレッド・フォン・クラリスロ公爵だった。
「…そんなに酷いものなのかね?
リク嬢を取り囲む環境は?」
応接間の中に一人きりだった公爵の誰にと知れず呟いた言葉に答える者達がいた。それは、静かに応接間に入ってきた二人の人物だった。
「酷いなんて物では有りませんっ!
私は、何度リクちゃんに謝りたくなったことかっ!
これでは、あの子の養い親であるメリッサへも顔向け出来ませんっっ!!
そのうえ、私や他のアホどもに虐められても泣き言一つ言わずに仕事をするあの子が、あの子達がいじらしくてっ!!
私は、わたしは・・・、うっ、ふうええっ…、ひっく…」
「む、うぅむ…。」
現れたのは、泣きながらリクとシオンのいじらしい様子を全力で訴えるフレア・クラピウス夫人と、恐ろしげな顔をさらに苦虫を噛み潰したような表情をしたレオナルド・クラピウス先生だった。
「…閣下、己達には計り知れぬ考えがあることは分かっています。
ですが、あの子に対する対応は己の性分に合いません!
閣下から指示された監視と護衛はまだいいんですっ!
しかし、あれ程に我慢強く、性根の真っ直ぐな子ども達に冷たく接しろと言うのは納得できません!」
「そうです!
リクちゃんは、見た子ども達みんなが半狂乱になって泣き喚くレオの顔面を見ても泣かなかった貴重な子なんですっ!!
この顔面に似合わず子ども好きのレオが、自分の息子にさえ泣かれたこのレオがっ!!
始めてあった幼い女の子に怯えられないなんてことは、きっと二度とありませんっっ!!
そんな存在に出会えたことが、どれほどの奇跡か閣下には分からないんですかっ!!」
「う、うるせえっっ!!フレアっ、余計なことをぺらぺらと喋るんじゃねえっっっ!!!」
レオナルドはうっすらと頬を染め、余計な情報を発信するフレアの口を塞ごうと手を伸ばす。しかし、フレアも慣れた物でその動きを身軽に交わし続ける。
そんな二人に呆れた視線を向けていた公爵は、一つ咳払いをして話題を戻す。
「ゴホン、・・・むう、確かにな。私もあの子がここまで諦めぬとは思っていなかったのだ。あの子の安全を優先して、養い親であるメリッサ達の元へ出来れば帰って欲しかったのだよ。」
公爵は、クラピウス夫妻のコントのような会話をさり気なく無かったことにした。
「・・・あの子に何があるんですか?
閣下があの子を傷付ける事になったとしても、リクちゃんの安全を優先したい理由は語れないことなのですか?」
さり気なくコントを終了し、彼らも何事もなかったかのように会話を続ける。フレアは、泣いたために赤くなった目をそのままに、公爵へ一番に確認したかった内容の答えを得るために疑問の声をあげる。
「・・・今は語れぬ。
ことは、あまりに大きな問題となるやもしれぬうえに、・・・我が主にも関わることなのだ。」
『?!』
公爵の言葉に二人は息を飲む。何故ならば、公爵が剣を捧げ、忠誠を誓った主とは即ち・・・!
「あの子は、己を傷付ける周囲の環境にあってしても結果を出そうとしている。」
窓の外に広がる風景の中にはすでに獣人の若者の姿はなかった。
「シオン殿にも言ったが、あの子はこれからのこの国にとってなくてはならぬ存在となるだろう。
その片鱗はすでに見せはじめた。
・・・あの子が歩みを止めることなくば、おのずと取り巻く環境も激変していく。」
『・・・・。』
公爵は黙ったまま、静かに話を聴き続けるクラピウス夫妻へ、己の身体を向け歩み寄る。
「…あの子が、出す結果はそなた達の方が理解しているのだろうな。」
公爵の言葉に、クラピウス夫妻は思い起こす。
あの子が来てから救護院は変わり始めた、いや動き出したと言っていいのだろう。己達ですら吹き消すことも出来なかった古い澱んだ空気を、吹き飛ばすかのような新風少女は身に纏っていた…。
記憶の中の救護院とはかけ離れた光景の数々。
見るからに清潔になった救護院、笑顔の増えた患者、回復に向かう人々。
あの子の巻き起こした風は、夫妻の予想を遥かに超えた結果を出そうとしていた。
「我が臣下たるレオナルドとフレアよ、私が命ずる。
あの子を、この国の未来を変えるかもしれぬ少女、リク・アズノルクを必ず守り通せ。」
公爵は、己の優秀な部下であり、医者でもあるレオナルド・クラピウスとその夫人、フレア・クラピウスに厳命する。
『我らが身命にとしましても必ずや、護り通して見せます。我らが主よ。』
公爵の厳命に二人は、忠実なる臣下の礼をもって答えるのだった。




