閑話 キース・アズノルク
《キース・アズノルク》
「だんな、本当にいいんですかい?
腕に自信があるかもしれやせんが、こんな場所に1人で行くさんざ死にに行くような物ですぜ?」
小さな荷馬車を動かしていた馭者の男は目的地に着いたため、荷台で横になっているキースに声をかけた。
「手間をかけたな、親父。なに、知り合いに会いに行くだけだ。
それにこれでも、いっぱしの冒険者だからな。魔物くらい問題ね-よ。
じゃあな、ありがとよ。」
荷馬車を降り、森の方へ歩いて向かえば馭者の男は心配そうな目を向けるが、さらに声をかけることはなく足早にその場を立ち去った。
荷馬車が走り出すのを目の端で見届け、キースはユーラスの森"通称 魔の森"へ足を踏み入れていった。
さすがに屈強な冒険者も立ち入ることを躊躇うと言われている場所であり、森の奥に行くにつれ魔物の強さも現れる頻度も増えていく。
しかし、キースはとくに大きな怪我を受けることもなく目的の森の中心部へ足を進めていった。
「・・・たくっ、こんな辺鄙な所に引き籠もりやがって。
あの暴力女は、なーに考えてんだか。」
軽口をたたきながら早足で進めば目的の人物より渡されていた、ある効果の紋章魔術を封じ込めた宝石"タリスマン"が鈍く光り始める。それは目的の人物が認めたもの以外入り込めないようにする結界を通ることが許された証であり、もしも許し無く入った者がいれば多くの魔物と罠の標的にされたあげくの果てに森の入り口へ強制的に案内されるようになっているのである。
目的の人物の魔法の腕前を知っている彼にとって、結界の効果は十分に熟知しており結界の中に入れば魔物に襲われる心配が無いことも把握している。目的の人物のいる家までは走っても今日中に到着することは困難であり、魔物に襲われる心配もないことから結界内で一度野宿し翌日の夕方には到着できるようにしようと考えていた。
予定通り翌日の夕方には目的の場所にたどり着くことができた。
目的の人物が住んでいる家の扉を叩こうとした時、ちょうど家の裏より物音が聞こえてきた。
--あいつ、家の裏で何かしてんのか・・・?一応行ってみっか。
キースが家の裏側へ回ってみると、そこには木箱の上に乗り、木の棒を使って一生懸命洗濯物を取り込む1人の幼い少女がいた。洗濯物を取り込んでは小さなかごへ入れていき、取り込み終わる頃にはかごはいっぱいになっていた。
幼い少女は女の子にしては珍しく黒髪を短く切り、白いブラウスに赤銅色の細めのリボンを首元に結び、一目見た限りではスカートに見える膝丈の青いズボンをはいている。
--なんでこんな所に子どもがいやがる?
驚いた拍子にいつもの癖で消していた足音をたててしまう。
その音に気がついた幼い少女が振り向きキースに気がつく。幼い子どもにしては賢そうな紫色の瞳に驚きと警戒の色が浮かぶ。
--中の上、よくて上の下、努力次第で上の中か・・・?まあ、将来が楽しみな顔立ちだな。
くだらないことを考えながら、冷静さを取り戻したキースは幼い少女に声をかけてみた。
「あー、えっとな、おじょーちゃん。
ちょっと尋ねてーんだが、ここは魔女のメリッサの家じゃねーよな?」
幼い少女はキースに怯えているのか何も答えることができないでいる。
--もしも、いや、万が一でもあいつと一緒に暮らしているとすりゃあ知らない男にあった程度で驚くはずはねえな。そんな気の弱え性格の子どもが育つ訳がねえ。第一、あいつは子どもは大っ嫌いだったからな。一緒に住むはずがね-か。
「・・・いや、やっぱありえねーわ。
わりぃな、おじょーちゃん。変なこと聞いちまって。
あいつがおじょーちゃんみたいな子どもと住んでる訳がねーからな。」
これ以上、幼い少女を怯えさせないように無闇に側に寄ることはせずキースはへらりと笑いかける。そんなキースの態度に落ち着いたのか瞳から驚きや警戒の色は消え、代わりに幼い姿に似合わない言葉が響く。
「・・・いえ、私の方こそすみません。
お師匠様以外の方と会うのは初めてでびっくりしただけなんです。
お師匠様のお知り合いですか?お師匠様は家の中で魔法の研究をしていると思います。」
--・・・・・・・今、・・・何つった?お師匠様?誰の話だ、おい?
「はぁっ?!
あの傲岸不遜、歩く破壊の魔女が"お師匠様"っ?!
おいおい、それはなんの冗談だよ?おにーさん笑えないよ?」
幼い少女の言葉に思わず叫んでしまう。しかし、キースにとって叫ばずにはいられないほどの事であった。幼い少女は戸惑った様子ではあったが、重ねてキースへ言葉を続ける。
「・・・あの冗談ではありませんよ?
確かに私が一緒に住んでいるのはメリッサ・エキザルトです。
お師匠様は確かに魔女ですけれど、お探しの破壊の魔女かどうかはわかりませんが・・・。」
幼い少女の言葉にキースは一も二もなく肯定する。
--だってありえねーだろ?
こんな小せーのに家の手伝いをして、しっかりした言葉を喋るような子どもがあいつの側にいる訳がね-。絶対に同姓同名の人違いに決まってやがる。勝手なやつだから、どっかに引っ越しやがったな。
「そうだな、おじょーちゃん。絶対に人違いだ。
あいつが子育てするとは思えねーし、おじょーちゃんみたいな子どもをが育つとは思えねーよ。
邪魔して悪かったな、俺はキース・アズノルク。しがない冒険者家業をしてんだ。」
俺をまっすぐに見つめている幼い少女の姿を見ると心のどこかで軋むような音が聞こえたが、気が付かない振りをして飄々とした笑顔を向ける。
「名乗るのが遅くなってすみません。私はリク・エキザルトと申します。」
飄々とした笑顔を向ける俺に怯むこと無く、強い意志を宿した紫水晶の瞳を輝かせ幼い少女は穏やかに笑って見せた。