〜紅玉の瞳と世界の風〜
真っ暗な世界を、さまよい続けている。前も後ろも、自分の手さえも見えない闇。
あの蒼い世界ではない。
静かな旋律が流れてくる。いつから聴こえているのか、どこから聴こえてくるのか、まったくわからない。
そっと風が頬を撫でた。
吹いてきた方に目を向ける。
闇色一色だった世界に、光が差し込んでいた。
無意識にその光へ向う。一歩踏みだした瞬間に光はぐっと近く大きくなり、闇の世界を呑み込んだ。
眩しさに目を瞑る。
光に慣れると、そこは草原だった。
風がそよぎ、膝上まで伸びた草がザワザワと音をたてて揺れている。闇の中で聴こえていた旋律と同じメロディを奏でている。
ザアッ
一陣の風が強く吹いた。まるで導くかのように背中を押す。
風に押されて歩き続けると、窪地があった。
紅い竜が、そこにはいた。透き通るような輝く鱗と、その紅よりさらに濃い深紅の瞳。
〔ご苦労だった。ルア〕
「…ルア‥?」
竜が言葉を発した。ロンロン…という不思議な音色が混ざっている。
〔アリュズクシェン・ルア。我が風よ〕
_‥アリュズクシェン・ルアって…
「ブラッドフット‥?」
〔その名でもある〕
「なんでブラッドフットの名前が出てくるんだ…?」
_と、いうか、ここはなんなんだ。で目の前にはふつーにドラゴン居るし。話しかけられたし。ついでに俺もふつーに受け答えしちまったし…
〔さっきから周りにいるだろう。この風がそうだ。ここはお前の本当の世界〕
「本当の…世界?」
〔お前の魂だ。キバという竜がいただろう?あの者の力のせいで世界が変わってしまっていたのだ〕
「じゃあなんでこの世界に治ったんだ?」
〔お前はあれに身体を乗っ取られている。あの者の力がここから遠退いたからだ〕
「…やっぱり俺はキバに身体を……」
…………。
「…‥そういや、あんたは何者なんだ?」
〔む、切り替えが速いな。で、私が何者かと?〕
「そうだ。名前、なんていうんだ?」
〔私に名は無い。私はこの世界そのものであり、お前自身なのだ〕
「俺、自身?」
〔この世界がすでにお前なのだ。ここにあるものは全て、そこの小さな花に至るまでもだ〕
確かに足元に小さな花が咲いていた。
蒼い花弁が風に揺れる。
〔ああ、そうだった、ルアは違ったな…ルアに会うまでこの世界には風というものがなかった。草木はそよともせず、私はずっと眠っていた。私を起こしてくれたのは他でもない、ルアだ〕
竜が顔を近づけてきた。
〔お前はこのままでいいのか?他者に身体を支配されたままで〕
龍は竜の気に押されてのけぞった。
〔このままいれば私もお前も、消えるぞ〕
紅一色の瞳でじっと見つめてくる。
_消えるって、死ぬってことか?
「それはけっこう困るなあ」
死ぬのが怖いとはなぜかあまり思わないが。
〔いや、"困るなあ”じゃないだろう。一度死んだようなものだからか?お前は死に対する認識があまい。まったく危機感の無い…〕
「あいつの力は俺よりもずっと強い。勝ち目なんて無いんだ」
グワッ
急に風が強く吹き、龍は押し倒された。
_っつ!……ブラッドフットかっ!?
〔なぜお前の方が弱いと決めつける?なぜ諦める?彼奴と本気で闘ったことがあるのか?お前は彼奴が強いと決めつけ、操られ、挙げ句身体を奪われた〕
「しょうがないだろっ!巻き込まれてもみくちゃにされてんのは俺だぜ。よく分からないうちに物事が進んで後から教えてもらう状況なんだっ」
〔だからと言って弱いというわけではない。ルアがここにいることの意味を知れ〕
「ブラッドフットが…?」
〔この世界は消滅に向っている。世界が消えればその中のものも消えるのは当然だ。ルアも消える〕
「この世界でだろ?」
〔飛闇狼は絆をなにより大切にする種族だ。組織に入った時に儀式をやった。あれはルアが自分達に呪いをかけるための儀式なのだ〕
「自分達に‥呪い!?」
〔その通り。どちらか一方が死んだらもう片方も死ぬ呪いだ。だからルアはこの世界に存在できる〕
「そんな、俺は……聞いてねぇ…なんで呪いなんか………」
さっきまではなんとも思っていなかった死が急に怖ろしくなった。
〔ルアだけではない。組織のパートナー持ちは皆その呪いで縛られている。この呪いは死ぬまで解けはせん〕
「…俺は‥どうしたらいいんだ?死なないためには」
〔身体を取り戻せ〕
「どうやって?」
〔聞こえないか?〕
「なにが?」
〔聞こえないか?ルアの声が〕
龍は黙って耳を澄ませた。
…微かに、聞こえる。
_……呼んでる…
〔声をたどって行け、迎えに来てくれるだろう〕
言われる前に歩き出していた。
-☆-☆-☆-
レアルに言われた通り、ブラッドフットは龍を呼んでいた。
空中まで使って戦っているキバとイビデラムの戦いに巻き込まれないよう、距離はとっている。
念話による呼びかけに反応は全く無いが、諦めずに呼び続ける。
レアルはスノーストームに乗り、戦う二人の周りをなんとか止めようと駆け回っている。
二人がお互いを殺そうということしか考えていないからか、全く効果がない。
「…く‥そっ」
レアルのそう言う声が聴こえ、そしてブラッドフットは目撃してしまった。
血が不思議な模様を描きながら噴き出す、その光景を。