〜刀の持ち主〜
龍はイビデラムの城で薄くて青い膜でできた立方体に閉じ込められていた。どうやらその膜は首に着けられた金属の輪が龍の魔力を吸収して創り出しているようだ。
手は後ろで縛られている。
魔力を吸収されているせいか、立ち上がれない。
ついでに、ブラッドフットとの念話も無理だった。
これは想定外。
鎖とかなら断ち切って逃げられる。
隙をついて逃げようと考えていたのだ。
「こんばんは」
イビデラムが現れた。
「ようこそ我が城へ。名前は確か…魅神 龍、でしたっけ?」
瞳に険を込めて睨んでやった。
「おお怖。まるで“竜”のようですね。まあ仲良くしましょう。で、私はあなたに訊きたいことがあるのです」
イビデラムはゆっくりとこちらに近づいてきた。
「あなたとキバ・クエイスの関係。それを話しなさい」
やはりそうか。
_誰が話すかよ。
龍がそう思っていると、イビデラムは龍の前にしゃがみこんだ。
「その首の物、元々は竜を捕獲する為のものなのですよ」
龍の首に着けられた金属の輪を指す。
「ほら、竜は大きくて魔力も高い。普通の拘束具だとすぐ逃げられるんです」
ベラベラと喋りまくっている。
「でね、この拘束具のいいところは、輪を着けられた本人以外は出入りが自由なのです」
ほらね。と青い膜から手を出し入れして見せた。
「なのでこんなこともできるのですよ」
膜の中に出された手から電流が放たれた。
「がっっ」
激痛が全身を襲う。
弱みを見せまい、声を漏らすまいと歯を食いしばって耐える。こいつらに弱みなんか絶対に見せたくない。
_そんなことまっぴらだ。
それは龍だけではなく、龍の思考から外れたところから流れ出る思いでもあった。
頭でも心でもない場所。あの男が住んでいる世界からだ。
イビデラムが電撃をやめた。
「くはっ……は…は…」
意識が一瞬遠退き、倒れてしまった。平衡感覚が保っていられない。
「どうでしょうか?話す気になりませんか?」
身体に力が入らない。
キバのこと、話すもんか。話したら俺も殺されるだろう。
今の俺じゃあ、こいつには…勝てないっ
_……キバ。あんただったらどうする?
そういえば“逆鱗”をわたされて以来、あの世界には行っていない。
どうしたら行けるだろう?
“望めばいい”
確かあの世界から出るときにそう言われた。望めば出られる、と。
行く時も同じだろうか?
「正直に話しなさい」
パチッ
脅すようにイビデラムの手の上で電気が爆ぜる。
脅しには屈しない。ゼッタイに。
「そんな脅し…」
龍の目の前で光が弾けた。
「う…ぐっ……」
魔力が無いせいでまともに受けるダメージが大きい。たったの二撃目なのに、意識が薄れて飛んだ。
-☆-☆-☆-
「…お‥い……おい、龍!」
ビクッとして目を開けると、碧の世界にいた。
「起きたな。ったくお前は…なんだってあいつに捕まってんだよっ…まあ経緯は知ってるけどな。他に思いつかなかったのかっっ」
いきなり怒鳴りつけられた。
_なんで怒鳴られなきゃいけない…ん…?
「き、キバっ!」
急速に記憶が蘇った。
碧の世界、ここはキバがいる世界だ。
_そうか、俺はイビデラムの電撃で意識が飛んで…ここに来た?
目の前に刀の鋒が突き出された。
驚いて顔をあげると、この世界のたった一人の住人が刀をこちらに突きつけていた。紅の気を纏った刀の刃先が喉スレスレの場所で止まっている。
「お前、自分が何をしてるか分かっているか?先のことだけじゃなく、その先、いや先の先に何が起こるか考えて行動してるか?」
すごい怒っている。
「なんでそんなに怒ってるんだよ?」
「怒ってない。少なくともお前には」
_いや、怒ってるよ。
「いいか、たとえ仲間がいてもあれは屈したことになるんだ。お前は屈してはいけない奴に屈したんだよっ」
なんか言ってることまでかみ合ってない。
「仲間を助けても、自分が犠牲になったら意味が無いんだ…」
なぜかその場に座り込んだ。
「おい、大丈夫か?」
「わるいな。この頃いつもこうなんだ。動くとすぐにな」
「そうか。なあ、俺はどうしたらいい?」
「なにがだ?」
「イビデラムのところから逃げる」
「そのことか。まあ、無理じゃないか?」
「んなっ!なんで即答!?」
「お前が着けられた首輪。あれは竜でも外すことが出来ない。お前が外せるわけないし、俺にも無理だ」
「外す方法は?」
「自分以外の誰かに首輪を外してもらうしかない」
「だけど見張りがいる。あの変な2人組が交代で見張ってる」
「成功する可能性はごくわずかだな」
「ああ。でもあいつらなら…」
「助けに来てくれる、か?あんな弱い連中がか?」
「おいっ!」
龍は立ち上がるとキバの胸ぐらを掴んだ。
簡単に避けられるはずなのにキバは動かなかった。
「あいつらを弱いなんて言うな。確かにあんたは強いかもしれない。でも、それでも…あいつらはあいつらなりの強さがある!あんたは俺の中にいるだけじゃないか‼」
「落ち着けよ。わかったから。信じてるんだな」
キバは立ち上がると歩き出した。
龍はそのあとについて行った。
「…俺の本当の正体を教えようか」
数分歩き続けたあと、キバは振り向いて言った。
「本当の正体?」
「そうだ。お前の刀の持ち主だって、言ってあっただろ?その他のことだ。俺は昔、エーテリーサの四つある兵団の一つの長をやってた。まあそれはどうでもいい…エーテリーサはな、竜の国なんだ」
_…竜の国。
「え、それじゃぁ…」
「俺は竜だ」
近くの岩に腰掛ける。
「竜…あのでっかい?」
「ん‥ああ、そうだ。ついでにイビデラムもだ」
「えっ、あいつも?」
「ああ……話してやるよ。座りな」
龍はキバの前にある岩に腰掛けた。
-☆-☆-☆-
さっき言ったように、俺の故郷、エーテリーサは竜の国だ。
綺麗な国だったな。少しここに似てる。
住んでる住民は全員竜。まあ普段は人間の格好をしてた。
…なぜかって?
そっちの方が生活し易いからだ。
それに小さい国だしな。面積の問題もあったんだろう。
で、これもさっき言ったが俺は王宮に仕える戦士だった。
エーテリーサには四つの兵団があって、それぞれ青峰、白峰、朱峰、黒峰と呼ばれていた。団長が国王に忠誠を誓っているそれぞれ独立した部隊だ。
まとめて“護国嶺”って呼ばれてた。
俺は黒峰の団長をやってた。…あ?団長つったら団長しかないだろ。一応将軍職だぞ?
イビデラムは白峰の団長だった。
そう、同じ地位だったんだよ。家柄は圧倒的にあっちが上だけどな。
まあそれは置いといて。
ある時内乱が起きた。結果的に街も森も火の海。酷い内乱だった。
起こした犯人はイビデラムだ。
俺はその時、王女の護衛をしてた。代々黒峰の団長が受継ぐ仕事だ。絶対にお護りすると姫様に誓ってあった。
だが青峰のイエドラと朱峰のコロレットが斃され、国王もあいつの手に掛かって亡くなった。俺はイリアと黒峰の戦士達に姫様の守護を任せてイビデラムを捜し始めた。
もちろん斃す為だ。
あいつを捜して違う世界にも行った。そういやその時レアルと知りあったんだよな……帰ってみると、黒峰はほぼ全滅していた。
姫様も怪我をした。“絶対護る”っていう誓いを破っちまったんだ。
それでも姫様は許してくれた。
それからしばらくしてイビデラムの居場所がわかった時にまた姫様に誓いをたてた。…いや、違うな。あれは正確には誓わせられただ。絶対に姫様の元に生きて帰ると。
イビデラムと戦って、俺は勝ったが立ち上がることさえできない程の重傷を負った。
また誓いを破った。
約束を守れないダメな男だ、俺は。
今度は姫様も許してくれないだろう。
イビデラムは最後に、蘇ってやると言っていた。
死ぬ前に自分に術をかけとけば出来ないわけじゃない。
再びあいつが蘇った時のために、俺は弱っていた自分の魂を刀に封印して生き延びることにした。
「__それで気付いたらここにいたんだ」
キバは口を閉じた
-☆-☆-☆-
ブラッドフットは指揮所にあたる巨大な天幕の前に立った。
人型に戻ってから中に入る。
中にはアースの他にレアル、イリア、翼、ライトニングクローがいて、全員がこちらを見ていた。
「なにがあった?」
アースが椅子に座り直してから訊いてきた。
「龍は…?」
右の方で口を開いた翼を見る。
先を続けようとしていた翼は黙った。
アースの方に向き直るとアースはじっと黙ったまま目を合わせてきた。
「龍が捕まった。キバの存在に気付かれたらしい」
沈黙が流れた。
「わかった」
しばらくしてアースが口を開いた。
「救出に向かうことを命ずる。レアル、お前も行ってくれるか?」
「それはいいが、もう少し人数いた方がいい」
「それなら俺達が行く」
翼とライトニングクローが進み出た。
「俺も行こう」
イリアが立ち上がる。
「お前ら怪我は?」
翼とイリアは顔を見合わせた。
「全身打ち身や擦り傷切り傷ばっか。ここの軍医の栄養剤飲んだからか、それもぜんぜん平気だ」
イリアが答えた。
「あたしも行くぞ!」
いきなり入り口の布をめくって麗音が入ってきた。その後ろに仁もいる。
「あたし達も参加させてもらうっ」
「怪我が治ってないだろう?そう怪我人ばかり行かせるわけにもいかん」
「あたしは怪我してない」
「お前はいい。すぐ治るからな。俺は仁の心配をしてるんだ」
仁が麗音の後ろから進み出た。
「アース、俺の心配は無用だ。自分のことは自分が一番よくわかってる。俺はまだ十分戦える」
「しかしなぁ」
「麗音が行くと言っている」
アースは麗音に顔を向け、また仁の方に戻した。
数秒仁の顔を瞬きもしないで見たまま沈黙する。
「よかろう」
アースは瞬きをすると言った。
「だが、仁と麗音は戦闘に参加することを禁ずる」
「なんであたしまで?」
「お前が戦えば仁も戦うだろうからな」
「…ちぇっ」
「命令だ。しっかり守ってもらう」
「わかったよ。あたしはあいつを一発ぶん殴りたいだけだ」
「…それはあいつが帰ってきてからでもいいんじゃないか?」
皆が思ったことをアースは口にした。
-☆-☆-☆-
「その姫さまはまだ生きてるのか?」
話を聞き終わって龍はキバに問いかけた。
「竜の寿命は半永久だ。生き延びてくれていれば…」
「生きてるといいな。なぁ、姫さまって綺麗なんだよな?」
「当たり前だろ。ってかお前、変わってるな」
「なんで?」
「普通、目の前の人間が人間じゃないって言われたら、驚くだろ?」
「…確かに。でもさ、ヴァンパイアの知り合いとかいるから」
「なるほど。半純血に血、吸われてるしな」
「なんか血をやると眠くなるんだよな」
「そりゃ不可抗力じゃないか?」
_……不可抗力?
龍の疑惑に答えるようにキバは説明してくれた。
「ヴァンパイアは“血”をエネルギーにしてるんじゃない。“血”を媒体にして人の“エネルギー”を得ているんだ。だから吸われた方は極度に体力を消耗したあとみたいになる」
「へ~」
_なるほど。じゃあ今度そんなことがあったらちゃんと敵がいないか確認してからにしよう。寝てるとこ襲われたらひとたまりもないからな。…て、あれ?そもそも麗音に血をあげなければいいんだよな?
「そいやさ、俺結構のんびりしてるよな、ここで」
龍は座ってる岩にそのまま寝転んだ。
「ああ。そうだな‥そろそろ戻った方がいいぞ」
「え?なんでだよ」
キバの言葉に顔をあげる。
「戻ってもどうにもならないならここにいた方がいいじゃないか」
「戻れなくなるぞ、ここにい過ぎると。一応ここも異世界の部類に入るから」
「だってここは俺の心の中だろ?」
「でも存在してる世界の一つだ。他のと出入りの仕方が違うだけで」
「そうなんだ…?」
「まあとにかく早く戻れ」
よく解らんが、と首を傾げるとキバは飽きれたように手をひらひらと振った。
-☆-☆-☆-
「わるいな、仁」
龍を助けに行く支度をしていたブラッドフットの耳に麗音の声が入ってきた。続いて仁の声も聴こえてくる。
「気にするな。あんたは仲間を助けたい。龍を助けたい。俺は力を貸すだけだ」
「ああ」
声の方を見ると二人が木々の間を並んで歩いているのが見えた。
麗音は龍を殴りたいとか言ってたけど、本当は心配してくれているんだ。
ふっと、熱いモノが込み上げてきた。ぐっと堪える。
_…まだだ。まだだめだ。龍を助けるまでは。
「ブラッドフット、俺たちは準備できたぞ」
翼がライトニングクローと共に現れた。
その後からレアルとスノーストーム、煌と昴の兄弟とそのパートナーが姿を見せる。皆それぞれの武器を提げたり担いだりしている。
スカーレット・ウインドのメンバーだ。
イリアもついてきている。
「そろったか?」
木の陰から麗音と仁が出てきた。麗音はいつもの通り、大鎌を肩に担いでいる。
「さあ、龍を殴りに行こうか」
麗音が一歩前へ出て言った。
「“殴りに”な。なぁ、ブラッドフット?」
「あ、あぁ…」
麗音はあくまで“殴る”にこだわるらしい。
麗音っぽい言い方だった。いつも通りの麗音だ。
ブラッドフット達は出発した。
-☆-☆-☆-
龍は目を覚ましたが、気絶したフリを続けていた。
部屋の隅ではあの、髪も肌も赤い男がずっとこちらを見張っている。
感覚を総動員して様子を見ているともう一人が見張りを代わりにやって来た。
二人の名前は観察しててわかった。
今来たのがヘルノワ、見張ってたのがオルネゴス…というらしい。確信は無いけど。
「変わりは?」
ヘルノワが訊いた。
「なんもねえ。ずっと気絶してやがる」
「本当に気絶したまま?」
「だと思うけどなぁ」
「ふぅーん」
ヘルノワが歩みよってきた。
死んだフリほどではないが、気絶したフリも結構辛いのだ。後ろで縛られたままの腕が痺れて感覚がなくなってしまっている。首も痛い。
倒れ方も考えモノだ。
ヘルノワがすぐ目の前で立ち止まったのがわかった。
動悸が速くなる。
ヘルノワは数秒じっと見て来たがすぐに踵を返した。
少しほっとした。
が、次の瞬間、龍の本能的な部分が警告を発した。
目を開けるのとヘルノワがその鋭い鉤爪のついた手を振り下ろすのとが同時だった。
シュガッ
転がって躱すが、青い膜に邪魔されて躱しきれない。
ヘルノワの爪は龍の胸に一直線に赤い線を残して床にぶつかった。
胸ぐらを掴まれ、引きずり起こされる。
イビデラムの攻撃のせいか、頭がクラクラして思うように動けない。
傷口から血が溢れ、Tシャツを染め始めた。
「ほら、やっぱり目ぇ覚ましてた」
ヘルノワが得意げにいう。
「本当だ。ったく、めんどくせぇ野郎だ。そうとわかってたらすぐに吐かせてやったのに」
「まあ、任せといて。今はうちが見張りの時間だ」
「わーってるよ」
そう言うとオルネゴスは手を振って答えた。
「さて、と…」
ヘルノワがこちらに向きなおった。
「イビデラム様に、お前にキバ・クエイスのことを吐かせるよう言われてるんだ」
シャッ
ヘルノワが手を動かし、龍の頬に傷ができた。血が滴り、頬に赤い線をつける。
「さあ、吐きなっ」
龍は口を開かなかった。
「すぐには吐かないよね。まあいいや。その方がうちの楽しみが長続きするから」
龍の目の前で指を鳴らした。
立ったまま身体が動かせなくなる。
ヘルノワはナイフを取り出した。龍に見せびらかすように左右に振る。
「これ、砥いでないからすごい斬れ味悪いんだ。普通の刃物より痛いわよ」
ナイフを龍の身体につけた。
「まずはどこがいーい?」
ふざけた言い方をして、そのナイフの腹を頬から首、胸へと滑らせる。
冷や汗が背中を伝う。
ズッ
刃先が腹に刺さった。
痛みが広がり、脳にとどく。
ヘルノワはゆっくりとナイフを動かす。
身体は動かせない。別に何かに押さえられているわけではないのに、全く動かない。
またもう一ヶ所斬られた。
奥歯が軋んだ音をだす。
「話す気にならない?」
「……誰が話すかよ…っ」
血と共に噴き出す激痛に耐えながら声を絞り出した。
ヘルノワの口角がつり上がった。
「つまり、話す気はなくても知ってるね」
言われて失態に気づいた。
龍の表情を見て、ヘルノワの口角がもっとつり上がる。
「吐かせがいがあるなぁ」
さらには舌なめずりまでした。
ジャッ!
ナイフが振り下ろされ、今度は左鎖骨下から右の脇腹まで一直線に赤が奔る。
「ぐ…っ」
とうとう声が洩れた。
研いで無く、刃こぼれが酷いナイフは刃がギザギザだ。切るというより抉るに近かった。
流れ出た血が床に模様を創りはじめる。
「なぁおい」
座ったまま、ずっとこちらを
見ていたオルネゴスが口を開いた。
「なによ?」
さも不機嫌そうにヘルノワは振り返る。
「程々にしとけよ」
「なんでよ?」
腕組みをして訊き返す。
「じっくりやった方がいいだろ?楽しみを長引かせるだけ長引かせれば飽きずに済む。それに、痛みに堪えるこいつを眺めてるのもいいもんじゃあないか」
「…なるほど」
ヘルノワはこちらに向きなおった。
「眺めてるのねぇ…」
そして持っていたナイフを龍の太腿に突き立てた。
「うあ゛っ…‼」
ニヤ~と笑うと、手を龍の目の前に突き出した。
パチンッ
指を鳴らす。
その途端、龍は身体が動くようになった。対応しきれずに倒れる。
左足が動かせない。
龍は身体を曲げ、口でナイフを抜こうとした。が、手が伸びてきて柄に置かれる。
「その口、クエイスの居場所を吐く為だけに使え」
オルネゴスだ。
電流が奔った。
「かっっ…‥…!」
極限の痛みに声も出せない。
_早く…ブラッド‥フット……早く来てくれっ‼