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〜影〜

 前方にアウシャトロスが群がっているのが見える。闘気は充分。長い髪は紅、目は深金に染まっている。麗音は後ろを振り向いた。

「麗華姉、あいつらなんだけど」

「あなたのとこの狼より速いってやつ?」

「そう。アウシャトロスってやつだ。龍の報告によると返り血は仲間を呼ぶから極力浴びないように」

「OK」

 麗華はくるりと振り返ると後ろにそろった仲間達を見わたした。

「今の聞いてた?…あいつらは飛闇狼より速いという。だが最速の名は私達のもの。それを思い知らせてあげましょう!」

 皆無言で意思を示した。拳や武器を天高く突き上げる者、力強く頷く者…とにかく士気は高い。

「皆、準備はいいか!?」

 武器を構える。いつも通りのデスサイズ、自分の背丈よりも大きい大鎌だ。

「いくぞっ‼」

 仁の背に乗り、叱声とともに飛び出した。


-☆-☆-☆-


「ちょっと待て。麗音達が襲われてるってどういうことだっ?」

「さっき翼達を見つけたと、麗音に報告した。その時あっちはこれからアウシャトロスと一戦交えるところだと言ってた。アウシャトロスがイビデラムの手下ならあいつらの居場所はイビデラムに筒抜けだ」

「なら急がないと」

 ブラッドフットが狼型に姿を変える。

「待て。イリアと翼は戦える状態じゃない。ダリオスのところへ送らないといけない」

「じゃあ…」

「じゃあキンクアイルまで連れて行ってくれ。そこからは歩く」

 イリアが言った。

「それでいいのか?なんなら__」

「いや__」

 龍はそれをさえぎった。

「レアル、あんたは二人をダリオスのところへ送ってってくれ。麗音のところには俺が行く」

「そりゃまたなんで?加勢なら多い方がいいだろうが」

 龍達は城の外に向かった。

「麗音と一緒にいるのは麗華さん達ヴァンパイアだそうだ」

「じゃお前もだめだろう?」

「ヴァンパイアの掟に他人の獲物に手を出さないってのがあって、俺はなんつーか麗音の獲物ってことになっちゃってるんだ」

「なるほど。そうじゃないと喰われるわけか…だが、ヴァンパイア達とG.フィーストの間にも決まりごとがあってな。こういう時はG.フィーストの人間に手を出さない代わりに敵兵は食い尽くしてもいいってな」

_食い尽くすって、なんでわざわざ怖い言葉を使うんだよ?

「だが、まあいい。俺は二人を送って行こう」

 そう言ってレアルは口角を持ち上げた。

「麗音の獲物か…お前、あいつに相当気に入られてるようだな」

 レアルは意味ありげに笑うとスノーストームの方を向いた。

_なんだ今の笑い!すげー気になる笑い方したっ

 スノーストームが自分の分身を二つ創り、イリアと翼はそれに乗ることになった。

「じゃあ龍、健闘を祈る」

 城壁の上でレアルは手を一振りするとスノーストームに乗って去って行った。スノーストームが起こした風が龍とブラッドフットの毛をなびかせる。

「じゃあブラッドフット、俺達も行くか」

「おう」

 龍達も城壁から飛び降り、麗音達が戦っている方向へ走り出した。


-☆-☆-☆-


 飛びかかって来るアウシャトロスを端から叩き斬る。もちろん返り血は一滴も浴びていない。

 だがこの化け物にも脳みそはあるようで、力の差がわかったのか、束になって踊りかかってくる。

〈そのくらいの知恵はあるってか〉

〈そうらしいな〉

〈つーかこいつら増えてないか?〉

〈…そういえば〉

 次々とアウシャトロスを片づけながら麗音は周りを見回した。

 そしてだいぶ遠いが、こちらに近づく男が目に入った。周囲を黒マントを着た奴が囲んでいる。

〈仁…あの男〉

 仁も麗音が指した方を見る。

〈いかにもおエライって感じだな〉

〈だよな。仁、アレやろうアレ〉

〈アレか…久しぶりだな。中で落ちるなよ?〉

〈はっ。誰が!〉

〈いくぞ〉

 仁は近くにいたアウシャトロスの影に足を踏み入れた。


-☆-☆-☆-


 龍達は麗音達のところを目指してひたすら駈けている。その途中、ブラッドフットがいきなり速度をおとした。

〈…ブラッドフット?〉

〈ん、なに?〉

〈いや、急に速度おとしたからどうしたのかと〉

〈あぁ…なんかあそこの影がざわついたような気がして〉

 一本の木の下に伸びる影を指す。

〈影がざわついた?〉

〈うん。龍……〉

〈なにか言いたそうだな。行きたいのか?〉

〈なんか…すごい気になる〉

 ブラッドフットは完全に足を止めた。

「実は俺も」

 ということで二人は木の影に近づいた。影には入らない。

「__!龍っ‼」

「っ!ああ。麗音と仁の気配だ」

 影の中から微かに麗音と仁の気配がする。

 龍はブラッドフットの背から降りた。

「なんで影から…?」

「……まさか…仁、影を?」

「影を?」

「影を飛ぶ。前に話しただろ?俺達、飛闇狼最高の能力。飛闇の技…」

「でも飛闇はいないって言ってたじゃないか。伝説だって。」

「誰かに教わるもんじゃないから」

「できても黙ってた?」

「たぶん」

 少しの沈黙。

 ブラッドフットはそっと足を上げるとそろそろと影に触れた。途端に引っ込める。

 影が揺らいで見えた。

 こちらを振り向く。

「龍…」

「一緒に行ってやるよ」

「うん」

 龍はブラッドフットに乗った。


-☆-☆-☆-


 ブラッドフットは影に足を突っ込んだ。一回引っ込める。

「大丈夫だ。一緒に行ってやるから」

 龍が背中から言ってくる。

 ブラッドフットは意を決して飛び込んだ。

 チャポ…

 そんな音がした。

 水の中のように軽く、風の中のように気持ちがいい。影は闇だから当たり前だが、周りは真っ暗。だけどなぜかよく見える。

〈不思議なところだな〉

〈すごい…〉

〈でも、このあとどうすんだ?〉

_……どうすんだ!?

〈…おい、まさか考えてなかった?〉

〈う、うん…でも__〉

『どうした、風の仔よ』

_⁇なにか聴こえた?

『なに、唯迷うたのであろう』

『何を迷うことが有る?其方の想うままに進めば良い__』

 それぞれ違う声が囁く。

『___アリュズクシェン・ルア…』

 思わず飛び退いた。

〈ど、どうしたんだ!!?〉

 背中で龍が驚く。

_なぜその名前を!!?その名は俺の真の名!

「なぜその名を知っているっ!?」

 飛闇狼には真の名がある。実の親さえ知らない名、自分が最も信用する者にしか教えない名だ。

『我等翔陽狼、其方等とは表裏を対としておる。それに此処は我等の領域。我等に解せぬ事は無い』

『目を開けよ。そして己が想うように飛べ』

 ブラッドフットは初めて自分が目を閉じている事に気づいた。

_いつ…閉じたんだろう?

 パッと目を開けた。どう見ても実体の無い光でできた狼達が集まっている。

 ふと自分の背中から羽が生えているのが目に入った。

「な、なんだこれっ!?」

『其れは其方の力。闇を飛する為の翼だ』

『さあ行け。長居は無用。此方の空気は其方等、特にその背の者には毒ぞ』

 目の前のひときわ大きな狼が言った。

「想うままに飛ぶ…」

『己がどうしたいかを想いながら駆けろ。出口は必ず現れる』

_…仁と麗音のところへ行く!

 ブラッドフットは駆け出した。

〈うおっ!ブラッドフット、いきなり走るな。落ちるだろっ〉

 龍が文句を言う。

 光の狼達もついてきた。

『其方のパートナーは未だ人を斬った事が無いのだろう?まして殺めた事など』

『故に我等の事は見えておらぬ。此処を出たら話してやるがよい』

 進む方向に白い渦が現れた。

『あれに飛び込め』

『さすれば着ける』

 ブラッドフットは言われるままその渦に飛び込んだ。


-☆-☆-☆-


 ザバッ!

 麗音と仁は黒マントの影から飛び出した。麗音はすぐさまイビデラムに向かって鎌を振る。

 ギャッ

 黒マントが飛び出しそれを止める。

 一旦間合をとる。

 黒マントがそれぞれ武器を構える。皆見たことがある武器だ。G.フィーストの戦士は皆それぞれ違う特徴のある武器を使っている。…顔が見えなくても、誰なのかすぐにわかってしまう。

「おやおや、一人で来るとは」

 イビデラムが何事も無いかのように喋りだす。

〈…一人じゃない。俺がいるっ〉

 仁が唸るように言った。

「紅い髪、金の瞳。情報の通りだと鈴本 麗音ですね。組織トップの戦闘力を誇る班“スカーレット・ウィンド”のリーダー__」

 イビデラムはどんどん麗音に関する情報を挙げていく。

「全ての武器の使い手でハーフヴァンパイア。これは珍しいですね。人間の男とヴァンパイアの混血。人間の愚かさとヴァンパイアの凶暴性を併せ持つと聞きますが…」

 麗音は我慢の限界を感じた。というかよくすぐに斬りかからなかったと思う。

〈仁!〉

 仁が麗音の声に応えるように動く__前にイビデラムが手を挙げた。

 その手から光が放たれる。

 あまりの眩しさに麗音は思わず腕で目をかばった。

 次第に光がおさまる。

 特に誰かが斬りかかってくるとかはなかったが、目がチカチカしている。

 それも治まってすぐに異変に気づいた。急いで後ろを振り向く。

「みんな!?」

 ヴァンパイア達は皆倒れ伏していた。起き上がる気配すら無い。

「みんな…?」

 なにが起きたのかわからなかった。

「やはりハーフには効きませんでしたか」

 イビデラムの声が異様に耳に響いた。

〈仁。姉さん達が〉

〈わかってる〉

〈仁、あたし…あいつを殺す〉

〈……ああ。だが、今は退くべきだ。さっきの光、麗音に影響が無いとは__〉

〈でもあたしは今戦うんだっ。仁、走ってくれっっ!〉

 しかし仁は走り出す代わりになぜか人型に変わった。いつもの無表情でこちらを向く。いつの間にか仁の両手が肩に置かれている。

「麗音」

 名前を呼ばれて視線を上げると、いつになく真剣な瞳にぶつかった。

 なぜか貼り付けられたかのように目が離せなくなる。

「あんたは俺のパートナーだ。だからああいう得体の知れない奴とは戦わせたくない」

「だけどあたしは__」

 仁が手を挙げたので麗音は反射的に口を閉じた。

「だけどあんたがやるというなら力を貸そう。その結果がどうなろうと、最後まで」

 仁は狼の姿に戻るとそのまま黙った。

「仁…」

 顔を覗き込むがやっぱり無表情だ。

 それよりも早く乗れと目で言ってきた。

「お話は終わりましたか?」

 いままで黙っていたイビデラムが待ちくたびれたように言った。

「いいお話でしたね。あなたがたの絆が感じられます。しかし、愚かとしか言いようがありません」

 イビデラムは仁の方を向いた。

「そういう絆は寿命を縮めますよ?」

 仁の怒りの感情が体内に流れ込んできた。パートナーどうしは強い感情を共有することがある。顔は相変わらず無表情だが、ものすごい怒っている。が、すぐに怒りは消えた。

〈麗音、乗れ〉

 仁の怒りは凍てつく殺気に変わっていた。

 仁の放出せずに身に纏った殺気。敵に放てば突き刺さるような鋭い殺気だが、麗音にはもう心地よいものだ。

 背に乗ると仁は近くの影へ歩み寄った。

〈いいか?〉

〈ああ〉

 仁が影に踏み込む。一瞬の暗闇、そしてイビデラムの背後に出た。

 ヒュッ

 麗音の鎌が唸る。

 ギインッ

 黒マントが防いだ。

 反す鎌の柄でその黒マントの横腹を薙ぐ。次の黒マントも柄で殴って倒した。

 仁がもう一度影を飛ぶ。イビデラムはもうこちらの間合いの中だ。

 いける、と思った。相手はまだ武器さえ構えていないのだ。

 イビデラムがこちらを向く。

_こちらの鎌の方が速いっ。

 しかし、イビデラムの、向きかけの口が微笑った途端。

 …なにが起こったかわからなかった。

 気づいたら視界がめまぐるしく変わった。自分の周りを赤いものが飛んでいた。継いで地に叩きつけられる。

 ドサッ

 少し離れたところに仁が落下した。赤い血が地面に広がる。

「残念。もう少し強いと思ってたのですが」

 イビデラムがこちらを見下ろして言う。

「こんな傷っ」

 麗音は脇腹と左の太腿がざっくりと斬れていたが立ち上がろうとした。ヴァンパイアの再生能力で傷はすぐに治るのだ。

「つっっ!?」

 しかし、立ち上がることはできなかった。

_傷が治らない!!?

「おやおや、さっきの魔法はハーフにはそう効くのですね。つまり今はただの人間、と」

_さっきの魔法…姉さん達がやられた魔法か。

 痛みに汗がふきだす。

_あたしの中のヴァンパイアの力が抑えられてる…

「まだ私はあなた方は殺してないのですが…おめでとう。あなたが第一号ですね」

 イビデラムは黒マントの方を向いた。

「せっかくなので元お仲間に殺らせてあげましようか」

 黒マントの一人が抜き身の剣を片手に引っ提げ歩み寄って来る。

 武器を取ろうにも、出血のせいか力が抜けて動けなかった。

 もう一人が仁の方へ向かう。

_やめろ。

 麗音はその黒マントにありったけの殺気を放った。

 仁の一歩手前で黒マントが硬直する。

「ほう。殺気だけで私の魔力に対抗しますか。しかし私は自分の身を守ったほうがいいと思いますがねぇ」

 しかし麗音の耳にイビデラムの声は言葉として入っていなかった。殺気を放つ気力も、もうほとんど無い。

 視線を上げると自分の上に掲げられた剣が見えた。その刃が降り下ろされるのが、どこか他人事のように見えた。

 頭上に迫る白刃に目を瞑る。

 ガギキッ

 ギギャッッ

 ザシュンッ

 身を斬る刃の代わりにそんな音が耳に入った。肉が斬り裂かれる音だ。

 目を開ける。

 黒マントが血飛沫を上げて斃れた。

 目の前に男が立っている。見覚えのある、二風の紅い刀。

「…龍?」


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