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〜白き姫竜との再会〜

_くそ、聞こえないか。どうしたら俺の声はとどく?

 レアルは駆けるスノーストームの上で拳を握りしめた。

 そしてある案を思いだした。

〈悪いスノーストーム、俺、死ぬかもしれない〉

〈大丈夫よ。あなたの思うようにしなさい。たとえ死んでも一人にはしないわ〉

〈悪いな〉

 レアルはスノーストームの背から跳び上がり激突寸前の二人の間に立ちふさがった。

 ドンッ

 キバの刀が腹を貫く。背中に焼けるような激痛を感じる。

 目の前にいるキバの目が、ゆっくりと見開かれていく。

「…レ…ア‥ル……!」

 かすれた声がその口から漏れる前にレアルは落下し始めた。

 硬直しているキバの腕を掴み、もろともに落ちる。

 追撃してきたイビデラムの剣を刀で弾き返す。

 落ちる途中でスノーストームが受け止めてくれた。

 キバをブラッドフットが受け止め、影を飛んで姿を消す。

 スノーストームもその後を追った。

 闇を抜けるころは意識がだいぶ薄れていた。

 スノーストームが無言で治療してくれる。

「レアル…」

そばにキバがしゃがみこんだ。

「お前…なぜ?」

「気にしないでくれ。アレは俺がわざとぶっ刺さりに行っただけだ。こうでもしなきゃお前は止められない」

「だが…」

 キバが何か言おうとしたが遮った。

「キバ、バッジをかしてくれ。スカーレット・ウィンドの通信機だ」

 キバは素早く襟からバッジを外すと渡してくれた。

 スノーストームのおかげで傷の痛みは引きつつある。

「レアル、傷の痛みはなくなったと思うけどこれ以上の傷には多分耐えられないわ…あなたの好きなようにしなさいって言ったけど、命は大事にしてね」

「ああ…」

 わかってる。

 お前を死なせるわけにはいかない。

_…命の恩人だしな。

「こちらレアルだ。煌、昴、どちらでもいい。応答してくれ」

 レアルはバッジに魔力を通すと呼びかけた。

《はいよ、こちら煌。どうぞ》

「煌、イリアと姫様は見つかったか?」

《おう、イリアを見つけた。お姫様は昴が見つけたって連絡が来たぜ》

「よし。じゃあ連れてきてくれ」

 場所を伝えて今度は麗音に場所を教えようとしたとき、その麗音が近くの影から出てきた。

「麗音か。よく場所がわかったな」

「当たり前だ。バッジの会話は全部聞こえてんだ。それよりほら、身体」

 麗音は武器庫から色々と引っ張り出した。敷布、タオルケット、服一式と包帯がはみ出してしまっている薬箱…そして最後に布に包まれた人形。

魂を入れる器だ。

「とっとと済ませようぜ」

 敷布を敷きながら言う。

 残念ながらもう少し待たなければならない。

「ちょっと待ってろ。多分そろそろ…」

 上空で何かが羽ばたく音が聞こえた。

「この音…」

 キバが顔を上げた。

 木々の枝の間を二人の人間が落下してきた。イリアと16歳程の少女…竜の国の王女だ。

「ヘヴリル様…」

 キバが寄りかかっていた木から離れ、その少女の前に跪いた。

「キバ。よく生きていてくれました」

「は…長い間帰れず、申し訳ございません」

「いいのです。帰って来てくれたのだから」

 王女はキバを立たせると抱きついた。

「…姫様は変わりませんね」

「当たり前です」

 王女はキバを放すとこちらを向いた。

「お久しぶりです、王女様」

 レアルも膝をつく。

「お久しぶり、レアル。私に話があるのでしょう?」

「はい…キバのことです。今キバは簡単に言えば魅神龍という者の身体を乗っ取っているのです。そこで姫様に龍とキバの魂を別けていただきたい。もちろん入れる器も準備してあります」

 レアルは近くに置いてある入れ物の肉体を指差した。

 王女がそれを見る。

 肉体についての説明をすると、王女は頷いてキバを呼んだ。

「いいでしょう。キバ、こちらへ来て」

「はい」

 キバは素直に近くへやって来た。

「そこに座って」

「今やるんですか!?」

「ええ。今です」

「そんな、俺はあいつを斃しにいかなければ…」

「キバ」

 王女が一言名前を呼んだ。

 たちまちキバは口をつぐむ。

「座りなさい。人の身体は乗っ取るものではないはずです」

 キバは渋々その場に座った。

 相変わらず王女のいうことだけは素直に聞く。こいつにいうこと聞かせたければ王女に頼むのが一番だ。

「では」

 王女はキバの額に手をあてた。

 ブワッと金色の魔力が身体を包む。光はキバも包み込み、その明るさでキバが見えなくなった。

 …王女は魂に触れられる。

 この計画はキバの魂を龍のそれから引き剥がそうというものだ。

 長い時間が過ぎた。

 キバを包む光が一つに集まり身体から離れた。

 王女はそのまま歩くと空の肉体に近づいた。

手に持った光を肉体の上で止める。

 光は下向きに花が開くように包んでいたモノを放した。

 蒼い結晶がゆっくりと肉体に落ちて入る。

 今見えたのがキバの魂…か?

 マネキンのような人形ががどんどんとキバの貌に成っていく。

 成功したようだった。


-☆-☆-☆-


 ブラッドフットの声を辿って歩いているうちにいつのまにか暗闇になっていた。場所を特定できるものは何ひとつ無い。

 頬を撫でる風だけが認識できるもののすべてだ。

 その風がいきなり強くなった。

 目を開けていられなくなり、ギュッと閉じた。

「龍…龍!」

 まだ名前を呼ぶ声は聞こえる。

 ……さっきまで木霊のようだった声。

 今は肉声に変わっている。

 なにか背中に押しつけられているような感覚。

_…おかしいな。

 龍は瞑っていた目を開けた。

 目の前には鼻。…ブラッドフットの顔があった。

「どわぉっ!」

 思わずビックリする。

 背中の圧迫感は自分が寝かされているからだった。

「龍!!」

 ブラッドフットが抱きついてきた。

「よかった…よかったぁ」

「ブラッドフット…」

 スリスリとすり寄ってくる。

「ブラッドフット……ありがとう」

 にしても身体中が痛い。怪我が治っていないのだ。

「こらブラッドフット!怪我の治療したばっかなんだからそんなに擦り寄るな」

 麗音と仁が近くに座っている。

「傷口が開くだろう?」

 胡座をかいて座っていた麗音はこちらに近寄ってきた。

「やっと起きたか、この大バカ野郎」

 手を延ばして頬に触れてきた。

「り‥麗音?」

 あまりに彼女らしくない行動にどぎまぎする。

「ただ…」

 ぐい~っ

 頬を思いっきりつねられた。

「い゛らららららっ!」

 切れてる方の頬だからよけい痛い。

「あたしを庇うなんてなぁ」

「ほっへ!ほっひきえへう!!(ほっぺ!そっち切れてる!!)」

「一億年早え」

_“億”っ!?

「まあいい」

 手を放してくれた。

「痛いな。何すんだよ?」

「血、くれよ」

 突然言ってきた。

 顔を近づけてくる。

「え、今?…俺結構血失ってんだけど……」

 彼女の口元が笑ったのが見えた。

「…じゃあこっちで」

「こっち?むぐ!?」

 いきなり口を塞がれた。

 麗音の顔がすぐそこにある。

 一瞬で思考回路が壊れたようだ。

 口を塞いでいるのが麗音の唇だと認識するのを龍の脳は早々に諦めていた。


-☆-☆-☆-


 麗音は龍から離れた。

「麗音、やり過ぎだ」

 仁が言ってきた。

「なんだ仁、お前もして欲しいのか?」

 冗談混じりで返すと仁は苦笑しながら指差した。

「見ろ」

 指差した先には呆然と固まっている龍がいる。

「…ショートした?」

「初めてだったんじゃないか?」

 目線をあげるとブラッドフットもあんぐりと口を開けたまま固まっていた。

「…こっちはこっちで純情過ぎやしないか?」

 麗音は仁からダリオス特製の回復薬を受け取ると龍の口に放り込んだ。

 龍は全く反応しない。

 逆に心配になるくらいだ。

「うん‥これはちょっと…やり過ぎたかな」

「__ぅ不味っ!!!うぐあっ呑゛ん゛じゃったっ」

 龍が飛び起きた。ダリオスの薬がいい気付けになったようだ。

「龍、ブラッドフットをなおせ」

 まだ惚けたままなのだ。

「り、麗音…」

 こちらをみてたじたじとなっている。

「ん?」

「あ、いや、なんでもない…」

 そのまま龍はしばらく黙り込んだ。

「き‥キバは……?」

「あっちだ」

 まだ寝てるだろう。

 王女がずっとついてる。

「ブラッドフット、ブラッドフット!行くぞ」

 龍はブラッドフットを呼ぶと指差した方向へ歩き出した。

「行ってどうすんだよ?」

 麗音は龍の背中に問いかけた。

「さあな」

 龍は曖昧な返事を残して去って行った。


-☆-☆-☆-


 金色の魔力に包み込まれ、キバは目を閉じた。

 姫がキバの魂に触れるのはこれで二度目だ。

 前はあの誓いをたてた時…

 意識がだんだんと遠退く。麻酔をかけられたかのように感覚が痺れてくる……


 ……キバ、ねえキバ!

 姫の呼ぶ声が聞こえる。

「どうしました?姫様」

「内緒話」

 12歳ほどの王女は顔を寄せるように手招きした。

「お願い聞いてくれる?」

「できる事でしたら」

 これは夢。

 耳を寄せながら思う。

 懐かしい、まだ王国にいた頃だ。

「神竜祭の宵祭りに行きたいのです」

「こ、今夜のですか?それなら俺じゃなくて国王様に言われたほうが…」

「お父様にはもう言いました。ダメだというのでキバに頼んだのです」

「ダメって言われたのならダメだと思うのですが…まあいいでしょう。行きますか!」

「はい!」

「では姫様、イリアを呼んで来ます。姫様は着替えをしておいてください」

「はいはーい」

 王女は奥の部屋へ走って行った。

「姫様転けますよー」

 見送りながら声をかける。

 大丈夫よ、と返事が返ってきた。

 どちらかというとお転婆な姫とはちょくちょく城を抜け出している。今回もいつものような“お出かけ”になるはずだった。

 …場面が変わった。

 祭りで賑わう通りを姫ははしゃぎながら歩いて行く。

「おい兄貴、本当によかったのか?姫様連れてきちゃって」

 イリアが訊いてくる。

「いいだろ。いつもの事だ。王様にはちゃんと言ったし」

「いつ言いに行ったんだよ?兄貴俺と一緒にいたじゃないか」

「紙に書いて置いてきた」

「置き手紙かよ!言ってないじゃんっ」

「ダイジョブダイジョブ。いつもの事」

 こんな会話をしている間にも姫はどんどんと歩いて行ってしまう。

 まあ、道のあちこちに部下の気配を感じるから警備は問題ない。

「キバ!イリア!はやくー」

 数メートル先で姫が呼んでいる。

「そんなにどんどん行くと、はぐれますよ!」

 仕方なく駆け出そうとしたその時、爆音が響いた。

_なに!?

 反射的に見た音の出どころは城だった。城壁が爆砕され炎をあげている。城の上空を武装した竜が飛び回り、城へ攻撃を仕掛けていく。

 自分の目を疑いたくなる光景だった。

 護国嶺ゴコクレイは兵団ごとに鎧のデザインが違う。

 攻撃をしている竜、あの胸鎧は白峰のモノだ。

「姫様!」

 キバは急ぎ姫のもとへ駆け寄った。

「姫様、逃げましょう。ここも危険です」

 しかし姫は突然の事に驚き、固まってしまっていた。

 ブワッ

 通りに沿うように竜が飛んでいく。

「ヘヴリル様!!」

 手を引いて走り出す。

 なんとか走ってくれたのでよかった。

「キバ、お‥お城」

「一先ず安全なところへ。イリアと共に避難していてください。俺は状況を見てきます」

「キバ!」

「イリア、姫様を」

 イリアが姫のそばに寄る。

「姫様、いつも言っている事を忘れないで下さい。もしもの時は飛んで逃げる。姫様は飛ぶの速いから追いつける奴はそうそういません。たとえ姫様だけになっても逃げて下さい」

 踵を返し、駆け出そうとして袖を引っ張られた。

「待ってキバ!もしお父様が…い‥生きていらしたら救って…!」

「わかりました。それでは」

 キバは地を蹴った。周りの建物より高く跳躍し、姿を竜へと変える。

 黒いなめし皮のような両翼を羽ばたかせると城の方へ飛んだ。

 真っ先に国王の居室を探す。まだかろうじて火の魔手にはかかっていないようだ。

 迷わず飛び込むと同時に鮮血の色が目に飛び込んできた。

 元々白を基調にした部屋だ。血の赤はものすごく目立つ。

「王‥様!」

 しかしそれは王の血ではなかった。

「コロレット!」

 赤峰団長、コロレット・ザーランだった。

「コロレット!おいしっかりし…!!」

 コロレットに駆け寄り言葉を失った。

 右半分、肋骨の下から腹が抉り取られている。

「こんな……」

「キバ…イ‥イビデラム殿…がっ」

「なっ!?コロレット、黙ってろ!喋れるような怪我じゃねえぞ、これ!!」

 しかしコロレットは話すのを止めなかった。

「陛下が…殺…れる……イエ‥ド.ラ殿…が、戦って……ぐ…げはっ」

「ティコア団長が?どこだ?」

「あっ‥ち…だ」

「わかった」

「キバ、姫…様は?」

「無事だ。イリアがついてる」

「そうか…なん‥としても…‥お護りしろ…!」

 コロレットの全身から力が抜けた。ポッカリと存在が消えてしまう。

「ああ」

 キバはコロレットの亡骸を横たえると示された方へ走り出した。

 火の粉が舞うつぎの間を通り抜けたところにイビデラムとイエドラがいた。近くの血だまりに国王が倒れている。

「王様!!」

_間に合わなかった…!

 駆け寄ろうとしたが、紫の光槍に行く手を阻まれた。

 振り向くとイビデラムが笑いかけてきた。

 そしてイエドラと合わせている剣をぐっと押し、大勢を崩したイエドラを斬り殺した。

「イビデラム!貴様っ」

 キバは刀を抜き、その抜刀の勢いで月鱗ゲツリンを放つ。

紅刃こうじんは避けそこねたイビデラムの肩を引き裂き壁を粉砕した。

「おやおや…君まで来るとは」

いつもの微妙に笑っているような顔をしてくる。

「お姫様をほっといていいんですか?」

「イリアがついてる」

「信頼してるんですね。しかしイリア君が本当に姫を護ると、思いますか?」

「…どういう意味だよ?」

_変だ。イヤな予感する。

「イリア君は私の手下、という意味ですよ」

「な…んだって!?」

 心臓が嫌な鼓動を打った。

 姫様が危ない。

 キバは身をひるがえすと避難した姫を捜すために城を飛び出した。

 避難場所の見当をつけてあったところに白峰の連中が集まっている。

 洞窟に入るとちょうどイリアが姫を斬ったところだった。

「ひ…め…‥イ‥イリアあああっ!」

 即座に斬りかかった。

 ギィンッ

 火花が飛ぶ。

「兄貴」

 鍔迫り合った刃ごしに冷静な声で呼びかけてくる。

 周りには聞こえないくらい小さな声で。

「兄貴、聞いてくれ。姫様は死んでない。今斬ったのは俺が造った偽物だ。本物は逃がした」

 一度間合をとり、駆け寄り、また合わせる。

「…前から誘いはきてたんだ。それを利用してやる」

 キバは弟を見つめた。

_こいつの言ってる事は嘘じゃない。

 こういうことに関して、自分の直感には自信があった。

「わかった。頼んだぞ」

 そう言って離れようとすると逆に詰めてきた。

「一芝居うとう。俺を斬ってくれ。それで周りの奴らをできるだけ斃しちまってくれ」

「は?なに言って…」

_…あー、そういうこと。

 目の前のイリアは気配というものが全くしない。つまり魔法で造った偽物だ。

「ったくお前は起用だな…」

 ギャァンッ

 キバはイリアの刀を跳ね上げ、ガラ空きになった胴を薙いだ。

 イリアの身体が斬ったところから揺らめき、消える。

「なっ…分身!?」

 さも驚いたように振舞おうと努力する。

包帯あ゛ーーーっ。俺こういうの苦手っ!!

 白峰の兵が斬りかかってくる。

「くそっ」

 端から斬り斃すが数が多い。

キリがない。

_…めんどくせっ

 キバは刀に魔力を注ぎ、回転して円を描いた。

__紅染クレナイゾメ円舞竜鱗エンブリュウリン

 円が繋がった瞬間輪が拡がり周囲の敵を殲滅する。

 残りを片すと姫を捜そうと洞窟を出た。

 キバ…

「姫様?」

 どこかで姫の呼ぶ声が聞こえる。

 キバ…

 キバは違和感を感じた。これは記憶と違うのだ。

 姫が近くにいるはずがない。

 そう思った途端、視界がブラックアウトした。

 声が聞こえてくる。姫の声ではない。

 キバ…刀、使わしてもらうぞ。

 これは……龍の声だ。

_かたな……?俺…のを‥……か…?

 意識がぐにゃぐにゃとして頭が回らない。

そして何もかもわからなくなった。

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