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〜遠征〜

 龍は目を覚ました。

 夢でも見ていたのか、なかなか頭がはっきりしない。ぼーっとはしているが起き上がろうとした。しかし何故か起きられない。何かが体を押さえつけているようだった。

_何だ…?

 感覚が戻ってくると原因もはっきりした。

「…ブラッドフット、俺の上から降りろ」

 自分の上の毛皮の塊を押し退ける。のは無理だった。

_何でこいつは俺の上で寝てるんだ?確か隣に寝てたのは覚えてるけど。…毛布がこいつと入れ代わってる。

「ん…?…うーん」

_お?起きたか?

 すぴー

_………………起きないんかいっ‼

「おい、ブラッドフット」

 かろうじて自由だった左手でブラッドフットを揺する。

「何で起きないんだよ?」

 龍がブラッドフットの下から脱け出そうと必死でもがいているところにレアルがやって来た。

「おうおう、素晴らしい寝相だなぁ」

「レ、レアルか?」

「そうだ。だがこれは…過去に類を見ないと言うか…」

 まじまじとこちらを見てくる。

「それより助けてくれないか?」

「うーん。助けてやってもいいんだが…めんどくさいなあ」

_そう言わずに、助けて下さい!

 切にそう願っているところに、今度は麗音が通りかかった。

「なにしてんだ?」

 当然、寄って来る。

「龍がブラッドフットの下敷きになってんだよ」

「ホントだ」

「で、話してないで引っ張って下さい」

「…じゃあ後でなんかお礼しろ」

 龍の左腕を掴んで引っ張り始める。

 なかなか動けるようにならない。

「チッ…」

_ひっ!?

 舌打ちが聞こえて視線を上げる…前に殺気の直撃を受けた。それはおそらくブラッドフットに向けられたものだろうが、標的のすぐ近くにいるこっちはとばっちりだ。

_まあ、この殺気のおかげでブラッドフットが飛び起きたから結果オーライ…かな?

 ただ見物していただけのレアルとスッと殺気を消した麗音はアースの部屋の方へ歩き去った。

「龍ぉ〜。何で俺が麗音に殺気を向けられないといけないんだ?」

 ブラッドフットがまだ全身の毛を逆立てたまま訊いてくる。

「原因はお前なんだけどな」

 龍はそれだけ言って布団を畳み始めた。

「俺が原因…?」

 原因は俺…呟きながらブラッドフットも布団を畳み始める。

 本当に心当りが無いらしく、首を傾げたりしている。

「そういや、お前ら」

 麗音が引き返してきた。

「ライトニングクローが目、覚ましたぞ」

「ホント!?」

「ああ。さっき話を聞いてきた。今はまた寝てる」

「そうか。で、翼のことはなんだって?」

「一旦逃げ出したらしい。だけど帰って来ないからまた捕まったんだろう…キバの弟と一緒にいるそうだ」

「キバの…弟!?」

_弟いるのかよ!

「そういうことだから。ちゃんと時間になったら集合場所に来るように」

 それだけ言ってまた歩き去る。

 それを見送ってから龍達も歩き出す。洞窟を出ると第3訓練場へと足を進める。

 第3訓練場はここから一番近い森林型の訓練場だ。

 龍は切り株を見つけてそれに腰掛けた。手首の黒い模様に触れて刀を出す。

 ブラッドフットも近くの倒木に座った。

 龍は立ち上がると素振りをはじめた。

「ほう。やけに気合い入ってるじゃないか」

 何処からか声が聞こえてきた。

 顔を上げて捜すとレアルが正面の巨木の枝に座っていた。気配が全く無い。

「その刀の能力、もう知ってるか?」

「能力?」

「知らないみたいだな」

 レアルはよっと、と言って枝から降りてきた。

「刀身に魔力を纏わせるのは教えたな?」

「ああ」

 龍は刀に自分の魔力を込める。鍔から刀身のほうへ紅い魔力が噴き出した。

「そう。それは“紅牙”っていう。次に刀に魔力を込めながら素振りしてみろ」

 言われた通りにやってみる。

 ヒュゴッ

 バンッ

 刀身から紅い三日月形の斬撃が飛び、正面の木に深い傷をつくった。

「それを“紅染クレナイゾメ月鱗ゲツリン”と言う。あいつは長いからって使うときは“月鱗”としか言ってなかったなぁ…」

 思い出すように遠くを見て言っている。

「んじゃ、上手く使えよ?」

 手を一往復だけさせて去って行った。

「…レアルって不思議だよな」

 歩き去る後ろ姿を見ながらブラッドフットが呟いた。

「さっきも気配が全く無かったし、いつも戦闘服じゃ無くて普通の服着てるし…」

 確かに不思議なことだ。

 ここの人間は皆(個人でかなり改造やら何やらで着崩してはいるが)同じ戦闘服を着ている。

 しかしレアルは和服っぽいものだ。

 龍も去って行くレアルのほうを見る。

「あの眼帯も傷を覆うために着けてるんじゃないらしいし」

「そうなのか?…それは気になるな」

「気になるか?」

 すぐ後ろでしたレアルの声に龍もブラッドフットも跳び上がった。

 急いで振り向くとレアルが腕組みをして立っていた。

 しかし今まで見ていたほうからもレアルの気配を感じる。そちらを見るとレアルがいる。

「…二人…いる………?」

「ああ、あれか?…見てろ」

 レアルは歩き去って行くレアルの後ろ姿に向かってサッと手を動かした。すると歩いているレアルは強風に吹かれた煙のようにフッと消えてしまった。

「あれは“カゲムシャ”っていう魔術だ。簡単に言うと分身みたいなもんだな」

「へえぇ」

_ってか…そのままじゃん!

 ブラッドフットも…あの顔は同じことを思っているに違いない。

「俺のはちょっとアレンジして全て実体があるようになってる…

で、この眼帯の下がどうなってるか気になるか?」

 右目の眼帯に触れながら言う。

「それは…気にな_」

「気になる‼」

 龍の言葉を遮ってブラッドフットが言った。

「じゃあ教えてやろう」

「え、そんなんでいいの?」

 どうやらブラッドフットは拍子抜けしたようだ。

「いいさ。見た奴はたくさんいる」

 レアルは眼帯に手をかけた。

「まあ、俺のこの目を見た奴はほとんど生き残ってないが、な」

「え…え!?」

「いいかお前ら、俺と視線を合わせんなよ?」

 レアルは眼帯を外すと右目を隠している前髪をかきあげた。

 眼帯の下は目の上から頬の中程まで焼け爛れたような傷に被われていた。

 そして瞳は水晶のように透き通った紫色だった。不思議な模様が渦巻いているように見える。

「何で視線を合わせちゃいけないんだ?」

「昔戦争でこの目に呪いが当たった。完全に解けなかった呪いが、目があった奴にまで及ぶようになった」

「その呪いって…?」

「…“石化”だ。相手の強さにもよるが、視線を合わせた奴は大抵動けなくなる。ときには本当に石化しちまうのもいる」

「怖いんだけど…」

 ブラッドフットがボソっと言った。

「キバが全身に広がりかけた呪いを集めて浄化してくれたが呪力が強過ぎたせいで一部魔術の芯?が少し残ったんだ」

 レアルは眼帯を元にもどしながら切株に座った。

「やっぱそこにキバがいるのは間違いないんだな」

 龍を見て言う。

「微かだが、お前の気配と一緒にキバの気配も感じるんだ」

 そう言って視線を外したレアルはひどく寂しそうだった。かといってどうすればいいかなんて思いつかない。

「さっきの“カゲムシャ”ってやつ、教えてくれよ」

 龍は変わりに魔術を教えてくれと頼むことにした。

「“カゲムシャ”を教えてほしい?」

「ああ」

「俺も!」

 ブラッドフットものってきた。

「それ、今度でいいか?そろそろ行かないとまた_」

「こんなところにいやがった!」

「ほら来た」

 木の上から麗音が飛び降りて来た。

_なぜ木の上からなんだ?

「もう集合の時間になってるぞ。時間には来いって言っただろ」

 腰に手をあてて言う。

「わるい。そんなに怒るな」

「別に怒ってるわけじゃないさ」

_いや、絶対に怒ってるだろ?

 龍は、口には出さないがそう心の中で呟いた。

「龍、あたしは怒ってないぞ」

麗音がくるっとこちらを振り向いた。

_うっ…なんで考えてることわかるんだ!?

「…図星か」

「まいりました…なんでわかるんだよ?この前だって当てたじゃないか」

「……勘、だ」

「絶対特殊能力だろ」

「じゃ、あたしの知らない能力だな。あたしが自分の能力把握してないわけないぞ」

_へいへい。

「今バカにしてるな?」

「してないしてない!」

「ウソだ。お前、すぐ顔に出るんだよ」

_そうか。顔に出てるのか。

 いやでもそれにしたって限度がある。

「まあいい。行くぞ」

 麗音は踵を返すと歩き出した。

「おっとそうだ。麗音、今回龍を借りていいか?」

「いいぞ。スカーレット・ウィンドは基本的に自由行動だ。ただし龍、報告はしろよ。この前渡したバッジ、スカーレット・ウィンドの証の他に、通信機でもある。魔力を通して音声を伝えるようになってるから、送信したいときはバッジに魔力を込めろ」

「こうか?」

 さっそくバッジに魔力を込めてみる。

「そしたら何かしゃべってみろ。 言い終わったら離すんだぞ」

そう言って十数メートルはなれる。

「もしもし…聞こえますか?」

 バッジから手を離す。

《龍、通信したい相手を呼ばないとトランシーバーみたいなもんだから煌や昴のとこにも聞こえてるぞ》

 あちらからながれてくる音声はバッジから聞こえるのではなく念話と同じように聞こえてきた。そういうものらしい。

 どうやらうまくいったようだ。

「アースにはあたしから言っておこう」

「あともう一つ“俺たちはお先に失礼した”と、伝えてくれるか?」

 麗音はわずかに沈黙したあとニヤリと笑った。どちらかというとこらえきれなくなったみたいにも見える。

「よし。言っておこう」

「頼んだ」

「龍、死ぬなよ?」

「おう!」

「じゃあな!」

 麗音は走り去った。

「おまたせ」

「スノーストーム!」

 入れ替わりでレアルのパートナー、スノーストームが現れた。ブラッドフットはとても嬉しそうだ。

_…これから戦なんだけど。

「で俺たちは何をするんだ?」

 龍はレアルに訊いた。

「俺たちはフィタルカにいる翼達の救出に向かう」

「え、麗音たちもそれ来るんじゃないのか?」

「そのうち来るだろうが、先に乗り込んだ方がいい」

 レアルはスノーストームに跨がった。

 龍もブラッドフットに騎乗する。

「行くぞ」

 龍たちはレアルとスノーストームのあとを追って走り出した。

「キンクアイルはフィタルカに直接繋がっているわけじゃない。フィタルカに着く前に何個か城がある。大群で行けば敵兵がそこからわらわら出てくるじゃないか」

 デンフィッチ帝国に繋がっているキンクアイルの前で通行鳥が待っていた。白い色をした鴉だ。

「ハクレン、準備はいいか?」

[オレさまはいつでもオーケーだぜ!]

 ハクレンが羽を挙げて応えた。

_今度のはまさかの俺様キャラ!?

「あ、ちょっと待った。ホムラがまだ_」

 ここまで言いかけた時、頭上でバサバサと音がした。そして何かが頭の上に乗った。

[ホムラとうちゃ~く!]

[つうしんきつけろっていっただろ?]

[つけかたがわかんない]

[そういうことかい。こっちこい。つけてやる]

 ハクレンはホムラから通行鳥用の通信機を受け取ってホムラに着けた。器用に、嘴で。

[ほらこれ、おまえのだ]

 ハクレンが飛んてきて龍の手に何か小さな筒のような物を落とした。

[イヤーカフがたのつうしんきだ。ホムラのとついになってる。みみにつけておけ]

「わかった」

 イヤーカフなんてはじめて着けたので違和感がものすごい。

「ん?どうした?」

 レアルが訊いてきた。龍が耳を気にしているのが気になったようだ。

「あ、いや。イヤーカフなんて着けたこと無かったから…」

「あー。変な感じなんだな?まあしょうがねえだろ。そのうち慣れるさ」

「そうだと思うんだけど、でもなんかちょっと…」

「ほっとけって。そいつは滅多なことじゃ落ちたりしないから大丈夫だ。それより急ぐぞ」

 レアルはスノーストームに乗ったままハクレンを連れてキンクアイルに入った。

 龍はイヤーカフ型通信機をもう一回着けなおしてからレアル達のあとを追ってとびこんた。



-☆-☆-☆-


 キンクアイルを出るとそこは木々や蔦が鬱蒼と絡みあった森だった。

「よし。また通るときに呼ぶからな」

 レアルが通行鳥達に言った。

[ラジャー。まってるぜ]

[いってらっしゃーい]

 レアルと龍はそれぞれのパートナーの背に身を伏せる。

 狼二匹は藪の中を縫うように進んで行く。

 さすがというべきか、スノーストームは藪の中でも速い。

_…やっぱ経験値か?

 龍の目の前にいきなり枝が現れた。

 避けられる速度では無いので慌てて顔を下げる。

 ベシッ

「痛゛っ!」

 脳天に直撃する。思ったより痛かった。

〈うわっ、ごめん龍‼〉

 ブラッドフットがすまなさそうに謝ってきた。

「止まれっ」

 森を抜ける少し手前でレアルはみんなを止めた。

「アレはまずいな」

「何が?」

「見てみろ」

 木の陰からレアルが指さした方を見る。

 そこは平地になっているのだが、変な生物がうじゃうじゃといるのだ。

「なんだアレ?」

 龍の後ろから顔を出したブラッドフットが呟いた

 骨格は人間っぽいのだが、色は灰色で骨張っている。目は黒目も白目も無い、黒一色だ。

「アレはアウシャトロスだ。あいつらは厄介だぞ。何しろスピードが速い」

「一気に駆け抜けるのは?」

「無理よ。アレの速さは私達より速いの」

「えっ!?そうなの!」

ブラッドフットが驚いた声を出した。

「シーッ!あいつらは気配に敏感よ。あいつらを切り抜けるのは大変。ライトニングクローがあんな怪我したのはあいつらの仕業なんだから。…まあ、切り抜けることに関してはパートナーの腕しだいね」

 ブラッドフットがくるりとこちらを振り向いた。

「っ……それでこっち見るなよ」

「まあいい。今回は俺たちが片づけよう。よく見とけ」

そう言うとレアルはまたスノーストームに跨がった。

「あいつらは予想以上に速い。見失うなよ?」

 レアルは腰の刀を引き抜いた。

「よし。スノーストーム、頼んだ」

「わかったわ」

 ザッと土塊を飛ばしてスノーストームとレアルは飛び出した。

 二人のあとを追うように風が逆巻く。

 二人の動きは目で追えないほど速かった。レアルの剣捌きにいたっては残像のせいでどれが刀の本体なのかわからない。

 すごいのはそれだけではない。二人の息もピッタリ合っている。

 それで次々と集まってくるアウシャトロスを片していく。目で追える限りレアルは全て一撃で斃しているようだ。

「龍…俺たちも行こうよ」

 ブラッドフットが話しかけてきた。

 声が震えている。

 様子を見るに、どうやら興奮しているようだった。

「…龍!レアルは目を閉じてるよ」

「はぁ!?」

 ブラッドフットに言われて改めてよく見る。

 ちょうどレアルはこちらに顔を向けた。

 ゾクッ

 背中を何かが奔る。

 本当に目を閉じていた。

「あれってアウシャトロスの気配と音だけで斬ってるってこと…だよね?」

 そういうことになるだろう。

_あんなこと普通はできねえよ。

 そう見ているとレアルの背後でアウシャトロスが飛び上がった。その爪の長い手を振りかざす。

「あっ‼」

 龍は反射的に刀を出現させると抜き払うままに月鱗を放った。

 紅い三日月形の斬撃は高速で飛んでいくと今にもレアルを斬ろうと長い爪を揮うアウシャトロスに当たり腕を切り飛ばした。

 その気配に気づき、レアルがとどめをさす。

 龍は今の攻撃のせいで他のアウシャトロスに気づかれてしまった。

 身を捌いて攻撃を避けると頭へ刀を突き立てた。黒っぽい液体が勢いよく噴き出す。

 龍はそれを避けた。

〈ブラッドフットっ!〉

 龍は二匹目の頭をかち割ると森から飛び出して来たブラッドフットに素早く乗った。

〈あの黒いのに触るなよ。あとが大変だから!〉

〈わかったっ!でも…臭いっっっ‼〉

 そう、臭いのだ。

 このどうやら血だと思われるこの黒っぽい液体は龍でもまいりそうなくらいの悪臭を放っている。

〈ブラッドフット、ここはガマンだっ〉

〈うぅぅ…〉

 ブラッドフットは涙目になりながらも風を渡る。

 臭いのは嫌なのでものすごい必死だ。

 龍はその上で襲いかかってくるアウシャトロスを端から斬り斃した。

 とにかく頭を狙う。

 なぜかそうするしか斃すことができないことがわかっていた。

 最後の一匹はレアルが斃した。

「よし。返り血も浴びてないな?上出来だ」

 黒い血糊を拭き取った。

「それにしても龍、お前よくこいつらが頭潰せば死ぬって知ってたな。誰に聞いたんだ?」

「…いや、誰にも聞いてない。でも、」

「でも?」

「…なんか、前にも戦ったことがあって、戦い方を思い出したような感じなんだ」

 レアルも狼二匹も当惑顔だ。

 龍も絶対に戦ったことなんてないのに知っていた。

「まあ、おかしなことだが、今はそんなことを考えてる暇はねえ。早くしねえとこの血の臭いを嗅ぎつけてまた集まって来るぞ」

 龍はえっ!?と思った。

 アウシャトロスが集まって来ることにではなく、そのこともなんとなく分かっていたことに驚いたからだ。

「どうした、龍?」

 眉をしかめた龍にレアルが聞いてくる。

「…そういえば龍、なんで最初に血に触れるなって言ったんだ?返り血を浴びるなって」

「それは…」

 龍は考えた。

 なぜあの時、返り血を浴びないほうがいいと言ったのか?

 いくら考えてもあの時確かにこの血はアウシャトロスを呼び寄せることが分かっていた。

「もしかして、また知っていたの?あの血の臭いにアウシャトロスが集まってくると?」

 スノーストームが顔を覗きこんてきた。

「あ……ああ。アウシャトロスの斃し方と同じように」

「レアル…」

 スノーストームは振り返ってレアルを見た。

「ふむ…まさかと思うが、もしかしたらキバの記憶が混ざり込んだのかもしれないな…そうだ」

 レアルはポケットの中をあさりはじめた。

「コレを。ちょっと持ってろ」

 渡されたのは木の札に紐がついるもので首につけられるよになっている。

 受け取って待っていると、レアルは手を複雑に動かしてからお椀のような形にした。

 そこにまるで水のように白銀色の魔力が溜まる。

「それをここへ」

 札を指す。

 龍は言われた通り、その手の中に木札を落とした。

 チャポン…と本当に水に落としたような音がした。

 次第に魔力の色が抜けてゆく。

終いには魔力自体が見えなくなった。

「ほら、コレをつけておけ」

 木札には黒い竜が描かれていた。さっきまで何も描かれてなかったのに。

「これは?」

「封印だ。キバの魔力を弱めてお前にかかる負荷を抑えることができると思う」

 龍は素直にそれを首にかけた。

「さあ、急がないと麗音達に追いつかれちまう」

 二人はまたそれぞれの相棒に乗ると駆け出した。

 暫くすると遠くに城と城下町が見えてきた。

「あれか?」

 ブラッドフットが聞く。

「いや。あれは違う。イビデラムの城には違いないが普段はいない城だ」

 龍達はそのような城を二三個見かけ、とうとうイビデラムの居城に着いた。

「あれ、ちょっと待て。イビデラムって確か、この国の宰相だったんだろ?」

 城を前にして、龍は疑問に思った。

「前はな。あれから国王は謎の病で突然死。それで宰相だったあいつが実質上国王になったってわけだ」

「あー…そういうことか」

「そういうことだ。ほら、侵入するぞ」

「あのさ、さっきからずっと気になってることがあるんだけど」

「なんだ?」

「どうやってこの城壁越えるんだ?」

 目の前の城壁は10メートル程。

「なんだ、そんなことか。越えかたは何でもいいんだ、何でも。それに俺たちの相棒は渡風だぞ?空飛べるんだからその能力使えよ」

「「あ!」」

 龍とブラッドフットは二人して“納得”といったように右手を左手に打ち付けた。

_いや、ちょっとまてぃ!ブラッドフット?お前まで納得してどうすんだよ!?渡風本人だろ!!?

「…じゃ、俺らが先行くから」

 レアルを乗せたスノーストームが跳び上がった。二度程空中を踏み、城壁上に到達する。

 スタっと降り立った二人はこちらを見た。

「あれ、早く登って来いって言ってるよな」

「確かにそう見える」

 城壁上からこちらを見る二人はどう見てもそう見える。

「龍、アレやろう、アレ」

「アレ?」

「そう。龍が風を飛ばして俺がそれに乗るんだよ」

「アレか…よし。それにしようアレ速いもんな」

 龍達は壁から離れた。

〈準備はいいか?ブラッドフット〉

〈いいよ、龍〉

 龍はブラッドフットに乗ると城壁の上へ向って風を飛ばした。

 ブラッドフットがその風に飛び乗る。ほぼ一瞬で城壁上に着いた。

「なんだお前ら、そんな技持ってんなら先に言えよ」

 レアルが呆れたように言った。

 城の中に入るとレアルは階段を探し出し、どんどん下へ向って降りて行った。

 レアル曰く、

「捕まった奴は下にいると相場は決まってる」

だそうだ。

 人型になったスノーストームと

ブラッドフットもそうだろ、と頷いた。

_そうだと思うけど…

「やたらに何か触るんじゃねえぞ?何が起こるかわからんからな」

「あ…」

 一番後ろでブラッドフットが声を上げた。

「ん?どうした?」

「何かスイッチみたいなの踏んじゃった…」

「…言った先から………」

「ってか、何で一番後ろ歩いてるお前が何か踏むんだよ?」

「とにかく早くこの場を離れるぞ」

 龍達は気配を消したまま足を速めた。

 そして、金属製の扉に突き当たった。鍵は無い。

 レアルがナイフを出してから取手に手をかけた。

 龍も腰のダガーに手をかける。

レアルはそーっと扉を押し開けた。

 扉の先は廊下になっていた。廊下の先に薄暗い部屋があるようだ。

 龍は視線だけ動かしてレアルの方を見た。

 レアルもこちらを向く。

 二人は視線を戻すと歩き出した。

 スノーストームとブラッドフットもそのあとに続く。

 部屋の入り口で足を止め、中の様子をうかがった。部屋は意外と広い。その他は何もなかった。

 いや、奥の壁に長方形の入り口があり、また通路が続いている。

「なんなんだ?この変な造りは」

 レアルはボソっと言うと部屋へ足を踏み入れた。

 龍もレアルのあとから部屋に入り気配を消したままついていった。

 ゴッッ

 轟音とともにいきなり身体が押さえつけられた。

 敵が現れたのではない。空気にギシギシと押されている。

「…っ!しまったっ」

 レアルが圧力に耐えながら呻く。

 目の前の入り口が閉じた。

 足元に円形の光が現れる。

「なっ…?」

 カッと光ると光の中に文字が現れた。

 魔方陣が完成した。

 そして魔方陣から丸い円が空中へ浮かび上がった。

 身体が勝手に動き、手が両側に引っ張られる。光る円盤に磔られてしまった。逃れようとすると電撃が身体を覆う。

 それでも電撃に耐えて腕を引っ張っていると正面の壁が消えた。壁の奥にはまた壁があった。壁には鎖が何本も垂れ、その先に男が二人、繋がれていた。

_…翼!

 繋がれていた男の一人は翼だった。

「ようこそ」

 龍のうしろから声が聞こえた。

 一人の男が歩いてきた。高そうな服を着た40歳位の男だ。

「久しぶりですね、レアル君。会えて嬉しく思いますよ」

「……イビデラムっ…!」

 ギリッ

 レアルの奥歯が鳴った音が聞こえた。

「お仲間ですか?」

 イビデラムはスノーストーム、ブラッドフット、そして最後に龍を見た。

「おや、この子はあの男にそっくりですね。なにか関係があるのですか?」

 レアルはゆっくりと首動かし、イビデラムの方を向いた。

「…あるわけねえだろ」

 殺気が迸った。麗音のとは比べものにならないほど強大な殺気が部屋に満ちる。“気”だけで空気が振動している。

「あるわけねえだろ……あいつは死んだんだっ」

「ほう。死んだのですか。この子は他人の空似、というわけですね…それにしても君はこんな殺気を放てるようになったのですね。でもレアル君、残念ながらこんな殺気だけでは人は殺せませんよ?」

 イビデラムは後ろを向くと翼達の方へ歩いた。

「起きなさい」

 イビデラムは翼に近寄ると、その頭に軽く触れた。

 ぐったりしていた翼が少し身動きした。

「あなたのお仲間が来てますよ」

 イビデラムは翼の前髪を掴んで顔を上向かせた。

 酷いものだった。額や頬には擦り傷切り傷が多く、口の中も切ったのか、唇に血が滲んでいる。目もこちらを向いてはいるが焦点があっていない。

 しかしその目はだんだんと生気を取り戻した。

「り、龍!レアル…!」

 掠れた声を発する。

「それでは、再会も済んだことですし」

 イビデラムは翼の髪を放した。

「私はこれでお暇しましょう」

 イビデラムは出口に向った。

 その通ったあとに白い蛇のようなものが地面から生えてきた。

「それはブラドサカの根ですよ。私が許可を出したのであなた達を食いにきたのでしょう。食事の邪魔をしてはいけません。私は…そうですね、そろそろあなた達のお仲間がこちら側へ着く頃でしょう。挨拶にでもいきましょうか」

 歩き去ってしまった。

 ブラドサカの根はゆっくりと近づいて来る。時間が経つごとに根は身体に巻きつく。

「レアル、もういいか?」

 龍はレアルに聞いた。

「なにがだ?」

「さっきから我慢してるんだ。俺が魔力を解放するとキバがいることがばれる。ばれないほうがいいだろ?」

「そろそろイビデラムは城から離れたか…?でも魔力解放したってこれは無理だと…」

 呪縛系の魔術を破るには術者がかけた時の魔力より強い力が必要だ。

「やってみないとわからない」

 龍はうちにためた魔力を一気に解き放った。部屋中に風が吹き荒れブラドサカの根が千切れ飛ぶ。

 それでもまだ身体は自由にならない。

 龍は雄叫びをあげ、力を振り絞った。

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