強引な俺の方が好きですか
目を開ければ真っ白な天井……
「お、気がついたか。」
聞き覚えのある声に視線を向けると、千弥が覗き込んでニヤニヤと意味ありげな表情。
室内の香りと寝ていたベッドで、そこが保健室なのだと理解する。
「お前、ちゃんと食ってんのかよ?ピナちゃんから倒れたって聞いてさ。」
倒れた?意識は遠退いたが……記憶は……
「ピナ、お前の携帯番号を知ってたのか?」
俺の不意に出た疑問に、千弥はマヌケな表情を一瞬見せたかと思うと、腹を抱えて笑う。
「ちょ、何、嫉妬?ふはっ・・くく。なるほどね、確かにいい兆候だ。」
馬鹿にされるのは分かるけど、質問に答えろよ。
「はー、久々に笑ったわ。」
あぁ、こんな千弥を見るのは懐かしい気がする。
どれだけ笑ったのか、千弥は目元の涙を拭いながら視線を向けた。
「戻るのが遅いから、サキチの携帯に連絡を入れたんだ。ビックリしたんだぞ。……覚えていないのか?」
探る様な眼に、内心の感情を読まれそうで戸惑う。
記憶にあるのが現実なのか、夢なのか。あんな強引な俺を、ピナが受け入れてくれるなんて。
俺は……
「サキチ、あんまり無理に思い出そうとするな。使っていない頭がパンクするぞ。」
手を俺の頭に乗せて、髪をグシャグシャとかき回す。
それを直しながら、千弥を睨んで反論。
「普段、頭を使っていないのは千弥だろ?」
俺の怒りをかわすように、穏やかに笑う。
「神経は遣っている。俺には、友達を見守る事しか出来ないからな。」
なんだか、迷惑をかけているのは俺だろうか。
「……ごめん、ありがとうな。」
小さな声が自然と、言葉になって口から出ていた。
「気持ち悪い!雨が降るんじゃね?」
千弥は赤くなった顔を隠す様に、窓際へ行って外を眺める振り。
照れ隠しなのか?
俺は、周りに恵まれているんだと実感する。そして……唇に残る鮮明な感覚。
『消しちゃったの?』
忘れるわけがない、記憶は消えないのだから。ピナだって何度も潜入をしたから、知っているだろ?
忘れた記憶も、どこかに保存され、何かのきっかけで思い出せる。それは誰でも等しく同じ。
「あ、サキチが起きてる!大丈夫なの?」
ピナの声に、驚いて体が跳ねた。
近づいて来る彼女は、いつも通り。
「あぁ、迷惑……かけたな。その、あれだ……」
視線を合わせることも出来ずに、挙動不審で、言葉を探すが出てこない。
「ホントだよ~。寄り掛かられて重いし、動けないし。千弥さんがサキチに電話してくれなければ、どうしようかと思った。」
軽い口調に何事も無かったような印象を受けて、自然と視線が合いピナの笑顔。
あれ?あのキスは、俺の妄想なのか?
いや、感覚はあったはずだ。
「そんなにショックだったの?」
ピナの質問が、俺の中のグルグルと回る思考を白く塗り消していく。
夢……だったのか?
どこまで?すべて?
「今日のサキチに負担は駄目だよ、ピナちゃん。あ、サキチ。そろそろ俺は部活に行くけど、寮までは帰れるよな?」
「あぁ、大丈夫だ。」
ベッドの布団を避け、体勢を変えながら答えた。
足を床につけ、立ち上がろうとした俺はバランスを崩す。
そんな俺を千弥が支え、ベッドに座らせながら携帯のバイブ音に意識だけを向けて出ようとはしない。
今の状態で、俺が『大丈夫』なんて言っても説得力などない。
重い沈黙に口を開いたのはピナ。
「……千弥さん、大丈夫!サキチがもう少し落ち着いたら、私が一緒に男子寮まで送るから。部活に遅れちゃいけないし、行ってよ。何かあれば連絡するかもだけど……。」
「うん、ピナちゃんにお願いしようかな。じゃ、何かあった時は必ず教えて。」
千弥は苦笑してポケットから携帯を出し、俺達に背を向け部屋から出て行く。
静かな部屋。
俺は、一体……
心配そうに俺の前に立って見つめる秘成に目を向け、記憶を辿る。
現実だったのかも分からない彼女とのキス……。
「サキチ、さっきね、龍二さんから連絡が来たから訊いたの。事務所の事……」
言いにくそうな表情で、ピナのある言葉を思い出した。
『そんなにショックだったの?』
コレか……
夢うつつ。
現実かも分からない妄想で、唇に当たった感覚は、柔らかい身体のピナに寄り掛かった衝撃だったのかもしれない。
そうだよな。付き合ってもいない奴とキスをして、何事も無かった様に気遣い、接するなんて事、普通なら出来ないよな。
複雑な俺の心情など知らないピナは説明を続ける。
「本拠に移動するって。」
本拠?この間のオオトリさんが居た事務所なのだろうか。
「そこで、会わせたい人が居るみたいなの。」
それがオオトリさんなら試用期間が終わって、正式な社員になったのかな。
この前、ピナは会っていないし。でも、あの緊迫したような空気は……
仮の事務所から急な移動……次から次へと変化する環境。
何かが起きているんだ。
説明をどこまで聞いたのか、いつの間にか自分の世界に入っていた俺を見つめる視線。
「サキチ、あまり難しい事を今は考えないで……。」
説明していた時と同様、ピナの目は真っ直ぐで変わらない。それなのに表情は変化し、不安と悲しみで曇る。
俺は秘成が好きだ。君は、踏み込めない一線を強引に行く俺の方が好きですか?
ベッドに座る俺の前に、無防備に近づいて立っている秘成。
その手を引いてベッドに導き、覆いかぶさる俺を受け入れてくれるだろうか……
いや、こんなに純粋に心配してくれている彼女に拒まれると立ち直れない。
怖いんだ、失うのが……
「……いいよ、サキチ。無理しないで……」
それは、体調を気遣っての言葉、だよね?
君の望むのが、強引な俺だとしても……オレは今の状態を続けたい。
……独りは嫌だ…………