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迷想回廊 ピース・プレイヤー  作者: 邑 紫貴
承:瞑想回廊
7/20

バイノーラルビート


それは突然の事だった……。


龍二さんから連絡が入り、今週末の事務所への立ち入りを禁じられる。

珍しいクールさも感じないような不安が見える口調。言葉が少ないのは変わらず、速度と調子から感じたのは危機感。

何かがあった。それが何なのか。

ピナの所にも連絡があったのか、昼休みにやって来て人気のない所へ移動する。


先に口を開いたのは、ピナだった。

「龍二さんたちって、危険臭がするよね。事務所、使えなくなるかもしれないって聞いた?」

笑って話すピナに違和感は一瞬で、『事務所が使えなくなる』という言葉に意識が逸れてしまった。

「聞いてないぞ、何があったんだ?」

思わず、ピナの両肩を捕まえて詰め寄る。

「ちょっと怖い……」

ピナは少し逃げ腰で、視線を逸らした。

怖い?

ピナの後ろは壁で、彼女の逃げ道を閉ざしている。

両手が触れるピナの身体は男とは違い、柔らかくて細い。折れてしまいそうな小さな体が俺の陰に覆われ、芽生える感情が純粋な物なのか不純な物なのか、一瞬の時間を長く感じた。

戸惑いながら手を退けて、俺も視線を逸らす。

「ごめん。龍二さん、いつもと違って取り乱しているように感じたから。」

「え?」

ピナの驚いたような声に、視線を戻して思考が止まる。

彼女の表情に陰りが見えた。目が合ったのに言葉を探す様な視線だろうか、俺を見ていない。

「ピナ、何か……俺に隠しているのか?」

違和感が何なのか、不安となって波のように押し寄せる。

ピナの表情は、いつもと違うという確信がある。

それなのに、無理に笑顔を振りまいて繕う。首を傾げ、いつものような素振り。

その行動に、『いつも』が作られた動作で、無理して俺と接しているような印象を受ける。

演技?

現実から切り離されたような孤独を味わう。


独りは嫌だ……秘成、お前は……

「お前は一体、誰だ?」


不意に出た言葉に、ピナは青ざめて目を見開き俺を見つめる。

「う、そ。どう、して?まだ、だよ?いや、だ。忘れたの?消しちゃったの?ね、サキチ……“また”私を……」

言葉を連ねて呟く速度が増し、涙が溢れて、次々に零れていく。

また?

秘成を忘れた?

消した?

グルグル回る思考は、記憶を探すが見つからない。

「秘成。」

名を呼んだ俺に、秘成は涙目で見上げて微笑みを見せる。

自分の内にある愛しさ。それが芽生えたものなのか、以前からあったものなのかが理解できない。

泣いている彼女を慰めたくて、駆られるような衝動。


脳内に、耳に響くバイノーラルビート。

記憶に掛からないほどの微かな何か。


「泣くなよ、ピナッち……」


これは何だ?

“初めて”、『瞑想回廊』を使った時の感覚。

それはいつだった?

いや、それよりも……ピナを慰める“俺”がいる。

自然に、彼女に触れて愛情を注いでいく“俺”。

そんな俺に甘えるような声。

「サキチ、忘れちゃイヤ……」

ズキンと胸が痛むのは、外観している俺だった。

見ているのはきおくか現実?


泣くな、秘成……

夢だろうが現実だろうが、君には笑っていて欲しい。

零れる涙を指で拭い、頬や頭を撫でながら額にキスを落とす。

俺の必死な慰めを受け入れ、求めるような彼女の視線に……俺の口が触れる。

柔らかな彼女の唇。


感覚は見ている事に連動するのに、意識は遠退いて真っ白な世界に引き込まれていく。

もう一人の俺を残して……



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