記憶の階層
依頼主の夢から自分の夢に戻り、俺を待ち構えていたのはピナ。
オオトリさんの夢に女子高生の制服姿……彼女の夢だろうか。俺の夢に居るのは中学生の秘成。
「おかえり、疲れたでしょう。お風呂にする?それとも、わ・た・し?」
新婚コントかよ。
「くくっ……疲れた俺に、相手して欲しいのか。」
夢の中の俺は、本当に無意識?
ピナの見たことのない表情は、俺の想像が作り出した物なのだろうか。
夢は記憶……システムにマウントされた記憶は、積み重なって階層を成し分類される。
この俺の夢は、システムにマウントした依頼主の記憶と繋がって潜入出来るわけだが……俺の夢は常に、背景も無い真っ白な世界。
潜入時にしか記憶に残らない夢
孤独な世界は、何を暗示するのか。疑問に思いつつも答えを恐れ、手元にある記憶にないはずの中学生のピナを抱き寄せる。
矛盾に恐怖も消えて夢で安らぎを味わい……目覚める。
「ここは?」
思考の働かない状態で揺れを感じて、薄暗く狭い車内の後部座席だと気付く。
「龍二さん、オオトリさんは?俺、寝ている時間多かった?」
声が小さくて、聞こえなかったのだろうか。俺は身を起こして、運転をしている龍二さんに顔を近づけた。
すると、器用にバックミラーを見ながら俺の顔を押しやって、ため息を吐く。
「アイツは、別の仕事に向かった。……また、話す機会もあるだろう。もうすぐ、寮近くの駅に着く。」
そんなに寝ていたのか。
「寮で降ろしてよ。」
「駄目だ。」
即答なのは、いつもの事。それなのに棘があるように感じた。
言葉に鋭さが増し、張り詰める一瞬の空気。確かに、こんな黒塗りの高級車で寮の前に停まれば目立つだろうな。
興味本位で近づく奴に、答えに困るのは俺自身。変な噂も、対応に追われるのは面倒だ。
「そうだね、本屋にでも寄り道するから駅でいいか。」
俺が起きなければ、いつもの事務所に向かうつもりだったのかな?
目立たない路地裏に車は停まり、龍二さんは煙草に火をつけた。
「じゃ、また。仕事の連絡は早めにね。」
語りかける俺に視線も向けずに手を振って、煙を吐き出す。
クールだよな。本当にオヤジの友達なのか?オヤジがパシリって風でもないし。
不思議な友人関係。
路地裏から大通に抜け、本屋へと歩く。
潜入の後って、あの音が耳に残るように違和感が付きまとう。これが現実なのか、夢の中なのか分からなくなるような錯覚。
足取りも、注意していないと不安定。少し立ち止まり、空を見上げる。
夕暮れまでには時間があるのに、曇り空だからか薄暗く感じた。どんよりと沈むのは何だろうか。
ふっと息をもらし、視線を進行方向へと戻す。
すると目に入ったのは偶然にも、あの優等生。オオトリさんの夢に居た特進科のナル。
休日に、夢と同じ制服姿……
小さなビルの階段から、隣接する駐車場に停まった黒塗りの車まで移動して、助手席に乗り込んだ。
龍二さんの車じゃないよな?
狭い地域に偶然、似たような高級車。
何だ、この胸騒ぎ。ざわめく様に落ち着かない。
偶然?
重なった物は……ナルと黒塗りの高級車。
夢への潜入を終え、現実に戻ったはずなのに。グルグルと回る脳内の音。
それは記憶の回廊のような螺旋……
階層を駆け巡り、辿り着く先は何処なのか。何時まで遡れる?
……真っ白な空間に、独りは嫌だ……
夢の階層