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迷想回廊 ピース・プレイヤー  作者: 邑 紫貴
起:小片遊戯
4/20

潜入ゲーム


祝日。

車には運転する龍二さんと俺だけ。


移動する道は、いつもの事務所とは反対の方角。

不思議そうに窓の外を眺める俺をバックミラーで確認したのか、龍二さんが説明を始めた。

「今から行くのは依頼の本拠事務所。紹介したい奴がいる。新入社員で、信用できるかの試用期間中だ。潜入に必要な最低限の情報以外は漏らすな。」

龍二さんの低く厳しい口調に、緊張で喉が渇く。

「気を付ける。」

俺は言葉を選んで、龍二さんに答えた。


納得などしていない。

信用できるか試す段階で、何故、依頼の本拠地を告げたのか……。何故、ピナがいないのか。

依頼を受けているのはネットだと聞いた時から、別の事務所があるのは予測できた。そこに、新入社員……?


早朝から車で移動し、市内の中心地に近づいて、オフィスビル街の大きな道。

整然と並ぶオフィスビルの一つ、地下駐車場へと車は入っていく。


こんな所に、本格的な事務所があるなんて。オヤジ、そんなに金を持っているのか?

いや、私立の全寮制に入っている時点で金は有るのだろうが……それにしては小遣い、少なくね?


龍二さんは車を停めた後、黙々と車から出て歩いていく。

窓に張り付いて茫然としている俺を置いて行くなんて、クールと言うよりドライだ。

慌てて龍二さんの後を追った。追いついた俺を確認して、リモコンキーで車の鍵を掛ける。


……ここ、雑談……禁止なのか?

無言の沈黙に、圧し掛かる何か。エレベーターに乗っても同じ。


地下は駐車場の地上40階建てのビル。

ここのエレベーターは、外が見えないんだな。エレベーターは指定した階で止まり、降りても静かなのは変わらない。

企業が利用しているなら、もう少し人が居てもいいはずだ。

龍二さんは煙草に火を付けずに銜え、廊下を颯爽と歩く。……ここ、マトモな事務所じゃない気がするんだけど?


行き止まりのドアには、『(株)ヘミシンク』と表示されている。

それを見て、背筋が凍るような寒気を感じた。何故かは分からない。

ここは、依頼用の本拠地…………


龍二さんはノックもせずにドアを開けた。

「いらっしゃいませ!」

部屋の奥から、元気のいい声が響く。走ってくる足音が大きくなり、近づいてきたのは20代の男性。

「社長、お疲れ様です!」

その人は龍二さんに気づき、挨拶して丁寧なお辞儀をした。


……社長?あぁ、ここでは龍二さんが社長なのか。

危険なのかと思ったのは、深読みのし過ぎだな。側近の二人の同伴もなく、俺を連れてきたんだ。

本当に……安全なのか…………杞憂なら良い。

そうだな、ピナが何かに巻き込まれなければ。それが一番……

て、何でそこでピナが出る?この気恥ずかしいのは何だ。

自分の思考に取り乱して落ち着かない。


「オオトリ。今回のミッションのパートナー、サキチだ。」

龍二さんは、オオトリさんに必要最低限の情報を提示する。

「サキチ君は、高校生……でしょうか?」

オオトリさんが、何も知らずにいるのだと把握できた。

「サキチ、俺は依頼者の警護に向かう。仕事は13時。昼飯は七刀に運ばせる。」

龍二さんは、言い終えるとドアから出て行った。


……重い沈黙……

口を開いたのは、俺だった。

「オオトリさん、依頼内容を見せて頂けますか?」

オオトリさんは、A4用紙にメール内容を出力していたのを俺に見せる。

二人で応接ソファに座り対面。


オオトリさんは、データ復旧の会社ときいて入社したと言う。

俺は、これからの仕事で必要な情報を告げた。この会社の実態は夢の中に潜入して、記憶を復旧する仕事だと。

信じられないような表情だったが、 依頼者はネット検索でこの会社を知りメールを送ってきた。

実際に出力されたメールの依頼内容を、二人で一緒に確認。


オオトリさんの初仕事は、主婦の夢に潜入して 『赤ちゃんのお気に入りのおもちゃ』をどこで失くしてしまったのか見つけだすこと。

俺は補佐として、夢の中に具現化したアイテムを持ち込むために同行する。夢の中へと潜入するパートナー。

「オオトリさんは、理解力が良いですよね。」

ピナは、何度も説明したが覚えない。

「“覚える”のは得意なんだ……。」

オオトリさんは、言いたい事を呑み込むように苦笑で誤魔化す。


仕事に必要で、最低限の情報……線引きが曖昧だけど、俺の基準で良いのか?

必要最低限……何か腑に落ちない。潜入捜査の初仕事をする人間に、信用できるかの試用期間。

どこまで把握し、それを、どのように感じているのか。

「オオトリさん。一応……自分なりで構いませんので、システムについて復唱してください。」

話題が逸れた事に安堵したのか、穏やかな笑みを見せる。そして、真剣な眼でシステムについて言葉を連ねていく。

「忘れてしまった記憶を復旧してくれるサービスに申し込むと、音楽再生プレーヤーとヘッドフォンが依頼者に届く。 」

依頼主側から語るのか。

「それには注意事項で『90分間誰にも邪魔されない安全な場所で再生してください』と書かれた用紙が添付されている。指示通りに音楽を聴くと、抵抗できないほどの睡魔……目を覚ますと依頼した記憶が鮮明に甦っている。つまり、その記憶を甦らせるのが今からの仕事だよね?」

実感がない疑問形か。俺は様子を観察しながら、うなずいて次の言葉を待つ。

オオトリさんは俺の様子に、ため息を吐いた。そして目を伏せ気味にして、復唱を続ける。

「依頼主の夢に潜入出来るのは一時間半。忘れた記憶が『アトラクタの箱』となって現れる。特定の記憶を思い出させる“鍵”で開く『アトラクタ状態』。中にあるのは『記憶の断片』。」


本当に必要最低限。

概要としては十分だと思う。これ以上の事は、夢に実際に入って、必要だと思えば伝えた方が無難だ。

具現化やピースの使い方など、外部に漏れると危険な情報は伝えない方が良いだろう。


【ピンポーン】

インターホンの音で、お昼の時間なのだと理解する。


来客か……話が途中なら、内容が分からなくなるな。

案外、この仕事は楽に出来そうだ。初仕事には丁度いいのかもしれない。

潜入アイテムの具現化は、5分ほど。

オオトリさんなら睡眠の時間差だと言えば、それぐらい待ってくれるだろう。

これから腹ごしらえの後、オオトリさんの初めての仕事が始まる。


俺にとっては、ゲーム……だったんだ。

オオトリさん、ごめんな…………



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