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迷想回廊 ピース・プレイヤー  作者: 邑 紫貴
起:小片遊戯
3/20

誘惑するのは天使の寝顔


日曜日、前日の外出届を持って裏門にある管理室で手続きを済ませる。

学校の敷地から出て伸びをする俺に、可愛い私服姿のピナが歩行を遮った。

「サキチ、遅い!5分遅刻だよ。」

約束をした覚えはない。

他の奴に見られたら、諸々の説明が面倒くさいだろうな。俺の頭に浮かんだのは、そんな事……言い表せない複雑な想いが絡む。

「先に行けばいいだろ。いつも別々なんだし、俺は、いつもこの時間だぞ?」

時計を確認し、事務所の方へと歩き始める。


急ぐ用事もない。今日は依頼がないし、龍二さんたちも別件で遅くなると言っていた。

鍵は、それぞれ持っている。問題はない……まさか無くしたのか?

視線を横に向けると、居ると思ったピナの姿がない。

歩くのを止めて振り返ると、ピナは少し後ろを歩いていた。

少し息が切れているのか、苦しそうな表情で何かを言いたそうに睨む。

歩幅が違うからなのか、そんなに早く歩いたつもりはないのに生じた差。ピナは女の子。

「大丈夫か?もっと早く言えよ、俺と一緒に行こうと思って、待っていてくれたんだろ?」

あ、自意識過剰発言?言った後、後悔して口を押えて視線を逸らす。

そんな俺に追いつき、ピナは覗き込んで笑顔。

「うん、一緒に行こうと思って……いつも、待っていたの。ずっと待って……それなのに……」

曇る表情に焦り、どうしていいか戸惑う。

「サキチ?」

ピナの癖なのか?俺に視線を真っ直ぐ、逸らすことなく、心も見透かすような眼差し。

「ほら、ゆっくり歩くから。隣にいろ。」

照れ隠しにピナの頭を撫でながら、彼女の視線をあやふやにする。


俺の心臓が落ち着かない。ピナは、俺の事……


「サキチ、手をつないでもいい?」

右手を差し出し、無垢な笑顔を向ける。

「ダメだ。」

危険信号のような直感が、素早い拒絶を露わにした。自分の口が発した言葉にも恐怖感。

ピナとの一時に、凍りつくような寒気。

「ケチ~!いいもん、サキチの服を勝手に掴んでやる!」

拗ねた様な表情で、俺の服の裾を引っ掴む。言葉とは違って、遠慮気味な行動。

罪悪感に胸が痛み、ピナの受けた痛みを想像して苦しみが激痛に変わる。

裾の重みにも感情があるようで、無下に出来なくて、不器用に……沈黙が包む。


前から感じていたピナに踏み込めない一線……それは、ピナに問題があるわけじゃない。

俺の何かが止める。


『思い出せないから』

声が聞こえた気がして、隣を歩くピナに視線を向けた。すると首を傾げて微笑みを見せる。

「ピナ?俺は……」

何を告げるつもりだ?

頭にもないのに、口は言葉を発して詰まる。曖昧な感情に混乱状態。


ピナは裾から手を離し、視線を逸らした。

焦りと不安が咄嗟に行動へと駆り立てる。両手を伸ばし、ピナを抱き寄せ……

ようとして、止まる。

事務所に到着し、ピナがカバンから鍵を出して開けた。


ピナには、俺の不審な動きを見られていないようだ。

そっと両手を背に回し、視線を泳がせながらピナの後ろを歩いて事務所に入る。

自分の錯乱状態に、疲れがどっと圧し掛かる。

「ピナ、俺……何か疲れたわ。ちょっと横になるから適当にシミュレーションしてくれ。」

ソファーに横になり、額に腕を乗せて光を遮る。

「サキチ、起きたい時間があれば声をかけるよ?」


この事務所で二人、今まで何をしていた?

近くで声がするのに意識は遠く、睡魔が誘う……


夢心地に、自分の体に少しの重みと温もり。優しい香りに、触れる柔らかさ……霞む視界。

意識も白濁で、両手を温もりに移動させる。

サラサラで冷たい糸のような物が、指の間を滑り落ちた。理解できない物質に、首を傾げて、視線を胸の方へと移動させる。

……頭?

寝た状態で、顔だけ持ち上げて見続けるには態勢が厳しい。

俺の上で寝ているのは……ピナ、なのか?


体に脈打つような血の流れを感じ、心音と同調して逸る気持ちが浮遊する。

無意識だと思いたい。

片手は髪をすいて、もう片手は背中から腰へと滑る。

手は、服の隙間を見つけて潜り込む……夢心地の延長なのか、受ける感覚は想像を超えた柔らかさ。


無防備なピナが悪いんだからな……


「はぁ……っ。」

息苦しさに、体温が上昇する。ピナの肌に触れた手は汗ばみ、吸い付くように馴染む。

駆り立てる衝動は貪欲にも膨らんで、寝ているピナに触れる罪悪感を覆っていく。

理性が保てていないのは分かる。

髪や頬を撫でていた手を後頭部に添え、服に入れた手はピナの背中を支えて、起き上がる。

揺れるピナの体……


見下ろす俺の視界には、眠り続ける天使の寝顔。誘惑するような無防備な寝息。

唇は潤んで、甘い香りを発するようだ。

俺の体に密着する頬や柔らかな胸が目に入り、自分の欲望の声が囁く。

『触れてもいいよ?』

何故、疑問形なのか……口元が緩んで苦笑する。


起き上がった時に、ピナの足は俺の両足を跨いで片足は椅子の上……もう片方の足は床の方へと垂れ下がる。

スカートが捲れ、白い肌が露わになった状態。

自分の体を斜めにし、ピナをもたれさせる。後頭部を支えていた手をピナの太ももに移動させた。

俺の熱に反応するのか、寝ているピナの甘い香りが増すように漂う。

衝動的に、柔らかい肌を味わおうと手を背中から上方に移動させていく。

少しの反応と、呻きの様な小さな声。

「……んっ。」

駆り立てる欲望。ダメだ、もう……我慢が出来ない!


【ガチャッ】


がちゃ?

明らかに分かる、ドアが開く音。

視線を向けて固まった。入って来たのは、遅れても来ると言っていた龍二さん。

「…………。」

「…………。」

沈黙で止まった龍二さんの後ろから、騒がしい七刀さんの声がする。

「どうしたんすか、立ち止まっ……て…」

部屋を覗き込んで、俺と目が合った瞬間にニヤリ顔。涙目で口に手を当てながら、笑いを必死で堪えて腹を抱える。

龍二さんは部屋に入って、ため息で壁にもたれた。

その横で、黙って静観しながら真さんが携帯を操作して俺に向ける……

それ、後で記念にくれるのかな?それとも交渉とか……ピナに見せたり……しないよね?


自分の欲望に駆られ、一生の恥を得た。何とも情けない。

俺を誘惑したのは、天使の寝顔……ピナの無防備な姿に誘われて…………

触れた手や、感じた温もりが心を満たす。欠如した場所を埋める様に。


それでも満ちることなく……それは…………



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