夢
無事に戻ったオヤジを含め、保護したナルとオヤジの研究を知る女性も地下の厳重な場所に移動を始めた。
龍二さんは俺に視線を向けた後、方向を変えて、七刀さんと真さんを連れて行く。
多分、オヤジの研究所の事や、誘拐した組織の件を収束させるのかな。
「龍二さん、あの……ありがとうございました!」
無言で去る後姿。
無機質な部屋には、圧迫を打ち消すような適度な照明。
それなのに、重い沈黙が圧し掛かる。
口を開いたのは俺。
「オヤジ、説明してくれるよな。多分……俺の記憶を気にして、隠してきたこともあると思う。だけど、俺の中にあるシステムの要が告げるんだ。俺は、記憶に残らない『アトラクタの箱』の中での事を覚えている。」
いつからだろう。その前を知らないから分からない。
「要であるシステム自体が情報を与え、記憶を操作するなど在り得ないわ。」
女性は、俺の言葉に敏感に反応した。
「あ、自己紹介が必要だったわね……高橋 暁子。あなたのお父さんとは、同じ研究に携わっていたのよ。システムを持って逃げるまでは。」
恨みの眼をオヤジに向けて、感情的に震える声。
「サキチ君。あなたは私と同じ高校なのよね……知っているかもしれないけど、私は高橋 那柳。私の母が、取り乱して御免なさい。」
助けを求めたのは、ナルの独断だろうか。
大人びて落ち着き、この環境にも動じない。お母さんに冷静になるよう告げる。
「サキチ君、システムは機械で感情などない。おそらく……憶測でしかないが、記憶の欠片によって『アトラクタの箱』が破損するのを避けたいのかもしれない。システムには、故障やトラブルを避けるため、自己防衛する機能も存在する。損壊の危険を回避するために何らかの対処をしたと考えるのが妥当だろう。」
険悪な状況に、タケさんは自分の見解を述べる。
ウイルスとかを見つけて、処理するような物かな?
『このシステム自体がオカルトじみている。ヘミシンク、瞑想など……』
前に、タケさんが言っていた。
「暁子さん、すまない。今回の組織に、システムを売ろうとしていた奴がいたのは……」
「そうね、居たわ。死んだけどね。」
死んだ……それって。
「私たち母娘が、どれほど……っ。貴方は、システムを壊していると思っていたのに。倫理を侵した者を咎める事など出来ない。貴方も同罪よ!…………」
泣きそうなナルに支えられて、暁子さんはオヤジに叫んだ。
オヤジの罪……罰は誰が負うべきだろうか。
「同罪など……俺は赦されない罪を犯した。」
オヤジの罪、過去に何があったのか。
今、真実が語られる。
「どこから語れば良いだろう。そうだね、この情報はサキチの記憶の欠片を揺らすほどでもない。記憶にないのだから。更新プログラムによって消去された母親、妻との『約束』が俺を狂わせ、護るように託された息子さえ巻き込んで。暁子さん達まで……。」
『この姿を保っていられる年数は……』
このままだと、俺の中に今いる中学生の秘成の記憶も消えてしまう。
過去、自分の記憶に居た母と同じ。
「オヤジ、何があったんだよ。俺は、知る権利があるはずだ。」
複雑な感情。
失う事への不安と恐れ、これから起こる絶望を覆したいと願う希望。
秘成が近づき、俺の服の裾を掴んだ。
「簡単な話しだ。妻が亡くなる間際、昔にした“約束”を思い出せなかった、ただ、それだけの事。脳の研究をしてきた自分が、ほんの少しの記憶さえ曖昧で……咄嗟に嘘を吐いたんだ。彼女を失望させたまま、逝ったのかと思うと……ただ純粋に、彼女との“約束”を思い出したかった。それが、倫理を侵すなど……誰が……」
純粋な願いから完成したのが『瞑想回廊』。
「そうね、その願いを他の研究者から聞いた私までも感化された。だからこそ小さな希望……それは誰しも同じ。忘れたくないのに、思い出せない大切な欠片を取り戻したいと。」
願いが純粋であればあるほど、それは力を発揮する。
生み出した奇跡の存在が倫理を侵す行為。
「その願いに応えるかのように、システム『瞑想回廊』は完成し、人の夢への潜入を可能にした。すると、どうだろう……我々は貪欲に探究を重ね、実験は倫理を侵し始めた。システムで他人の思考に触れて改ざん。害悪をもたらす装置への変貌。利益の為に、悪用しようとする組織へ売ろうとする者まで。
私はその売買契約を結んだのを知り、その装置とシステムの知識を持って命懸けで逃げたよ。その時に壊すべきだったのに……妻との“約束”を思い出したいと願い、それを叶える事が出来る装置に一縷の望みを抱いた。自分の記憶を取り戻そうと必死で実験を繰り返し……そして制裁は下る。自分にではなく、愛する者に。」
オヤジは言葉を区切り、俺を見つめて苦笑。
秘成に視線を移し、大きく息を吸って吐き出す。
「実験中の装置と接触したサキチの記憶に、システムの重要な一部『アトラクタの箱』がマウントされるという災害が生じる。その時に、“大切な人”と認識していた母の記憶を忘れ……14歳に秘成ちゃんの記憶を失った。二次災害だ。」
『“約束”がシステムの要。マウントされた夢に触れ、同じ遺伝子の脳波が同調した。』
システムが告げた過去の出来事は、オヤジの願いの結果。
その願いは叶ったのだろうか。
「それからは倫理を侵すことも厭わない。『瞑想回廊』の『アトラクタの箱』を構成するシステムを知るため、夢への潜入を試みた……が不可能。」
オヤジは開発に成功したが、ピスプレ……夢をコントロールする能力『小片遊戯』がなかったんだよな。
「どうして、システムを使えば……」
確かにそうだ。
ナルがしたように、潜入する人の脳波が分かれば、潜入は可能だとタケさんが言っていた。
「このシステムは要を失った。つまり、潜入できるのは。」
俺?
だとすれば秘成や鳳城さんは……システムの要の俺が一緒だった、から……か。
そんな、それなら『記憶を回復させるため、夢に潜入してコントロールする能力……は10代をピークに激減する特徴がある。』
この説明は?
「今度、サキチの記憶が消去されるのは14歳から7年後。その時には、夢への潜入を願わないだろう。」
つまり、今度、秘成の記憶が失われれば……俺は、それを探そうとも思わないって事か。
オヤジが倫理を侵しても、慎重に依頼を選んで潜入を繰り返す理由。
今の年齢だからこそ、ゲーム感覚で潜入捜査に応じているけど……それも俺が願わなかったとすれば、今の秘成は…………
視線を向ける。
「忘れちゃ、嫌だ…………っ。」
秘成の手が震え、服の裾を掴むのが離れてしまいそうになる。
俺はその手を握った。
「俺も忘れたくない。」
どうすればいい?
このまま、システムに消去されるのを恐れて生きるのか。
7年毎の更新プログラムに、ずっと“大切な人”を奪われるなんて許せない。
「秘成、今の俺が忘れても……システムが破壊できれば、また……」
もう一度、俺が好きだと言うのを待ってくれる?
「だけど、そんな事をしてサキチに何かあれば私……」
過去は取り戻せない。今、俺はどうすべきか。
「確かにシステムは、俺が記憶の欠片を得るなら、破損する“かもしれない”と告げた。でも俺達が強行突破すれば、システムは危機回避を模索するかもしれない。」
俺はシステムエンジニアのタケさんに視線を向ける。
「可能性は0じゃない。ただし、今の時点では強行突破するには情報不足。サキチ君、『アトラクタの箱』が告げたことを思い出して欲しい。」
自分の夢に存在するシステムの言葉。
本来、潜入時にしか記憶に残らない記憶……夢…………




