思惑
迎えに来たのは七刀さんだった。
当然だろうな。
緊急事態とは言え、隠しておきたい本拠地に黒塗りの車では、敵に場所を知らせているようなものだ。
オヤジの立ち上げた『神経科学研究所』を爆破できるほどの力がある組織。
俺は七刀さんの車に乗り込んだ。
ドアを閉め、入り口で見つめる秘成に目を向ける。
不安そうな表情。
ごめんな……俺は、お前を笑顔にすることも出来ない。
記憶を取り戻せば君は、笑ってくれるだろうか。
「行くよ、サキチ君。統さんの命が危ないんだ。」
オヤジをわざわざ捕らえたのに、命は保障されていないのか?
俺の沈黙に、運転を続けながら七刀さんは説明を始めた。
「欲しい物が手に入らなければ消去だよ。」
証拠隠滅……
「でも、オヤジはシステムの開発をしたんだ。手に入らなければ、また同じ物を作らせようとしない?」
納得が出来ない。
人の命に対して、あまりにも早急過ぎる。
「彼らは、もう何年も待ってきたんだよ。必死で探して、やっと見つけた手がかり……その要の記憶など、統さんには存在しない。」
オヤジの記憶も?どういうことだ、一体。
増えていく疑問。理解できない情報の蓄積。
俺に隠された出来事は失った記憶の欠片に関する事。
オヤジを救出できれば、すべてを聞き出してやる。
例え、システムが破損しても……待てよ。要は俺の夢、『アトラクタの箱』の中だ。
オヤジには要の記憶が無い……
やはり、俺の予測通りか。
「サキチ君、難しい事は後にしようか。ボスが場所を指示しろって、ご立腹だよ。」
どうしたらいいのだろうか。
俺も敵のアジトに殴りこむつもりだったけど、そうはいかない。
オヤジの命も喪っては……
「七刀さん。ここから学園までは、どれくらい時間がかかりますか。」
「龍二さん、どうやら学園の近辺らしいです。即……」
大人って卑怯な気がする。
いや、今は一刻を争う事態。俺は倫理感覚が狂っているんだ。
助けを求めてきたナルの情報も、龍二さんには伝わっているだろう。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
「七刀さん、龍二さんに伝えて。学園近くの駅です。この前、鳳城さんとミッションをした後に送ってもらった駅周辺だと。」
本屋に向かう途中でナルを見つけた、あの場所に違いない。
「階段のある小さなビルで、隣接する駐車場に黒塗りの車が停めてあると思う。前にナルが、そのビルから出て黒塗りの車に乗って行くのを見たんだ。」
七刀さんはアクセル全開で、バックミラーに映った俺にニヤリ。
前見てくれよ、オヤジの前に俺が死んでしまう。
死、命……。
記憶を失っても生きていける。
けれど、記憶が精神と切り離されるなら、鳳城さんの時と同様……深い眠りに就いたまま。
目覚める事はなく、それは死と同じ。
各駅で停まる電車とは違い、スピードもどれほどだったのか、信じられない程の時間で現地に着いた。
近くまで行っても大丈夫なのか、建物が見える位置。
龍二さん達が、どんな仕事をしているのか……それも予測の範囲内って事でファイナルアンサー?
手下って、こんなに沢山いたんだ。
建物内の騒然とした抗争も、あっと言う間に収束。
小さなビルの階段から、見覚えのある人物の姿を確認し、安堵する。
オヤジと龍二さん。
真さんが、ナルと大人の女性を護るように連れている。
オヤジを誘拐した奴らは、どうなったのかな?
「ちっ。真の奴、スッキリした顔しやがって。あぁ~、俺も大暴れしたかったぜ。」
……七刀さんの攻撃より、真さんの方が怖い気がする。
精神的な意味で。
「サキチ君は、これで満足か?覚悟しろよ、龍二さんの怒りはハンパねぇ~ぞ。」
俺の行動って、そんなに怒ることだったのか?
七刀さんは車から降り、オヤジ達に近づいて俺の方をチラ見。
その視線に、オヤジが龍二さんを抑え込もうとして失敗。
かなりの激怒を表した表情で、俺の方に早足で近づいて来た。
勢いよく手を振り上げ……殺られる!
覚悟した瞬間、俺を抱き寄せる強い腕。
「……え……?」
一瞬、何が起きたのか理解できず、ぼう然とする。
「バカ野郎……お前に何かあったら、アイツに顔向けできないだろ。」
アイツって……?
オヤジに視線を向けると、目が合った途端に苦笑を見せた。
「感動だよな~真。クールな龍二さんの熱い抱擁だぜ。」
「七刀、その発言は覚悟の上なのか?」
何がどうなったのか、未だに理解できない俺の周りは穏やかな空気に包まれている。
オヤジと龍二さんの関係って、不思議だった。
オヤジがパシリって訳でもなく……アイツって、俺の母さんなのかな。
俺を心配する龍二さん……
埋まっていく。
欠けた何かが満ちるような、そんな温かさ。
「おっと、龍二さぁ~ん!そろそろ、警察が到着するみたいですよ。」
「撤収だ。」
七戸さんの声で、龍二さんはいつも通り。
真さんが七戸さんの車に同乗した。
他のメンバーは、別に用意された目立たない車で移動。
「はぁ。俺も、オヤジ救出に立ち合いたかった。」
俺は呟きながら、窓の外の景色を眺める。
ガラスに映った真さんがビデオカメラを触りながら、不敵な笑み。
計り知れない人だ。
……まさか、一部始終を録画してたんじゃないよね?
見たい。
好奇心が俺を煽って来るが、我慢だ。
この人に借りを作れば、何を要求されるのか分かった物じゃない!
「あ、そういえば。ナルと一緒に居た女性は、誰なんですか?」
思わず、真さんの方に体をむけてしまったぞ。
真さんはカメラを俺に向け、表情を変えずに答える。
「あぁ、統さんと同じ研究をしていた人だね。」
同じ研究って、『瞑想回廊』のシステムだよな。
ナルが鳳城さんの夢に潜入したのは、その人が絡んでいたのか。
その人も、潜入システムを理解している……それでも同じ物は作れなかった。
「システムを欲しがったのは、誰なのか……訊いて、答えてくれるの?」
俺の質問に答えなど無く、作り笑いの沈黙。
汚い大人共め……
本拠地に無事到着。
敵の殲滅が完璧じゃないと、ここには一直線に戻らないだろう。
安心しても良いんだよな。
オヤジは、どこまで説明してくれるのか。
俺は、自分の記憶が欲しい。
オヤジとタケさんは、俺の記憶とシステム……どちらが大切なんだろうか。
ナルと一緒に居た女性が、オヤジと協力してくれないかな。
考え事をしながら車を降りた俺の目の前に、真剣な表情の秘成。
俺は心臓が跳ねたように驚き、頭にあったゴチャゴチャが一気に消し飛んだ。
後ろめたいようで、言い訳をしたいのに言葉が続かない。
「……ただいま。」
「おかえり。……無事で良かった……む、無茶、しないで。」
どんどん小さくなる声に、胸がズキっと痛んだ。
秘成の後ろで、タケさんが手招きをする。
「秘成、中に入ろう。俺は、知らなければならない……何か手立てがあると信じたいんだ。」
きっと方法はあるだろう。
『瞑想回廊』のシステム自体が、俺に情報を与えてくれる。その意図は分からない。
大人たちの倫理や考えも。
俺の見込みや期待さえ。
思うところ……思惑…………




