どこまで触れても良いですか
「タケさん、俺……自分の夢 には記憶にない中学生のピナが居るんだ。景色は一面が真っ白で……多分、『アトラクタの箱』の中だと思う。」
………………
俺はオヤジに聞いた部屋に向う。
あるドアの前に立ち、壁にある小さなスイッチを押した。
こちら側では音が鳴ったのか分からないから、少しの静かな待ち時間が不安になる。
音も無く開くドアの隙間から見えたのは、鳳城さん。
少し目が赤く、泣いていたのかと思うと居た堪れない。
「……サキチ君、ありがとう。入って話そう。」
鳳城さんの微笑と招きに、自分の行為が正しかったのだと安堵し、心には満ちるような何か。
俺にも同じビジネスホテルのような一室が用意されていた。
ここも地下とは思えないような、部屋全体を照らす自然に近い光。
壁際に設置された机と二つのイス。二人でイスに座るが、沈黙の一時。
俺から質問攻めは出来ないしな。
鳳城さんは、言葉を探しているように見える。それが見つかったのか、考えるのを止めたのかな。
ため息を吐き出し、目を真っ直ぐに向けて口を開いた。
「サキチ君。今までの経緯と、俺の昔話に付き合ってくれるかな。」
「はい、鳳城さんの話せる範囲内で……。」
俺の未熟な気遣いの言葉に首を振り、苦笑。
覚悟が垣間見えた。
「どこから話せばいいかな。あの会社に就職するのに、疑問が無かったわけじゃない。『(株)ヘミシンク』……オカルトな妖しい儀式でもするのかと思えるようなネーミングだよね。だから、サキチ君から依頼の説明があった時、状況を受け入れる事が出来たんだ。潜入は好奇心を煽られ、自分を忘れる事が出来るような気がした。」
あぁ、あのため息は状況が納得できたから出たのか。
そうだな。今考えれば、潜入時の鳳城さんの様子も理解できる。
『アトラクタの箱』に対する冷たい視線。
ピスプレとして、何かが欠けているような印象。
そんな違和感を吹き飛ばすような純粋な笑み。
記憶の欠片に好奇心なのか、目を輝かせた当時の鳳城さん。
「社内にいるのが俺一人で、電話も鳴らずに清掃の日々。一応、その合間に数件の仕事もしたけどね。名目のデータ復旧に関する資料に目を通し、幾つかのプログラミング作業。仕事に就いて、2週間後くらいかな……ナルと出逢った。綺麗な女子高生……ふっ。浮かれちゃうよね。頭の良い子で、俺との会話にも適応したしさ。」
恋……鳳城さんの気持ちが、俺の中の空白を埋める様で崩すような痛みを伴う切なさ。
「ある日、いつの間に寝ていたのかな。夢の中に彼女が現れたんだ。それまで見ていた夢と切り離されたような存在として……それを何度か繰り返し、あの潜入後……俺は自分の夢で、捨てたい記憶の欠片を彼女に手渡したんだよ。」
自分の夢で、具現化……
自分の記憶を…………
無意識なのか、ピスプレとしての倫理も無視して犯した行為。
「切り離した心は、きっと……ヘミシンクに影響を与えたんですね。」
夢から覚めないなんて、罰なのか……そんな!
「サキチ君、君が悲しい思いをしなくていい。忘れたい記憶は誰にでもある。」
忘れたくない記憶も……根強い想いも表裏一体で、切り離す痛みを想像できるだろうか。
「俺は、その忘れたい記憶を復元しました。それに、どこまで触れても良いですか?」
「どこまでも触れればいい。すべてを思い出した俺にとっては、それが貴重な記憶。」
忘れていた記憶に、残りの『アトラクタの箱』を開く力があった。
「俺は父さんの会社から逃げたんだよ。ずっと会えなかった母に、やっとの思いで会いに行けば亡くなっていた。必死だったよ、勝手に会社の後継に仕立てられて勉強漬けだ。恨みは募り積もって憎いはずなのに、思い出した記憶は……褒めて、認めてくれる父の笑顔。嬉しかったんだ。失った物と得た物は…………」
表裏一体。
俺は触れてはいけない記憶にも触れるピース・プレイヤー。
そう、誰の夢にでも潜入して『アトラクタの箱』を暴く。
倫理も侵せると証明した存在。俺は自由に夢へ潜入できる。
自分の忘れてしまった記憶の為、秘成……君の夢に潜入するよ。
俺がピスプレとして覗き見る記憶。
それは、どこまで触れても良いですか…………




