プロローグ:願いと制裁
人は常に進歩を続け、不可能に思えたことも現実にするような、誰しもが夢みるシステムを開発する。
幻想は純粋であればあるほど手を出してはいけない神域に近き、それは制裁として降り懸かる……愛する者に…………
残酷な制裁
病院の一室。女性が病床に臥し、間もなく最期を迎えようとしていた。
その傍らに、小さな少年を抱えた男性が涙を堪えて立っている。
「ねぇ、約束を覚えている?」
女性は弱々しい微笑みを向け、男性に尋ねた。
「あ……ぁ、覚えているよ。」
男性は記憶に該当するものはなかったが、覚えていないとは言えず咄嗟に嘘を吐いた。
曖昧な表情の男性に、女性は満面の笑みを返す。
「ふふ。嘘つきね……愛しているわ。サキチを守ってね、あ……」
女性は言葉の途中で、最後の息を吐き出した。
男性は堪えていた涙を零し、声を殺して泣く。
小さな少年も父親の首にしがみ付いて泣いた。
男性は思い出せない約束に後悔を募らせ、最後の嘘で罪悪感にさいなまれる。
男性は、記憶の研究に長年携わってきた自分の無力さを味わう事となった。
失った命は取り戻せない。それでも、自分の過去の記憶は必ず、よみがえらせることが出来るはずだ。
男性に芽生えた幻想は純粋な想いで占められ、実現に近づいていく。
手を出してはいけない神域に達し……研究チームの実験は、倫理を侵し始めた。
他人の思考に触れ、改ざんし、害悪をもたらす装置へと変貌する。
利益を求めた研究チームの職員と、悪用しようとする者が売買契約を結んだのを知った男性は、その装置とシステムの知識を持って姿を消した。
一縷の望みをもったまま。
地方へ逃げ、自分の記憶を取り戻そうと……装置を自分で試して…………
願いは純粋だった。
男性は、妻との約束を思い出せなかっただけではなく、彼女の最後の願いをも裏切ることになる。
『サキチを守って』
制裁を受けたのは、愛する者…………
男性は、自分の願いが齎した災厄を覆すためなら、倫理を侵すことも厭わない。
罰を受けるべきなのは、自分なのだと…………それが制裁……
能力の限界に苦しみ、純粋な想いを目の当たりに……新たな願いが生まれ、制裁を受ける事の繰り返し。
願わくは、我を裁き給え……