エリス、今日も誘惑中!?
「遅くなって、ごめんね……」
ボクのそばで《彼女》は泣いていた。
「ここで待っててね。すぐに終わらせるから」
その儚げな《白》は、嘆き悲しんでいた。
(違う、違うんだ。それじゃダメなんだ。誰かを助ける人は――)
だからボクは――
…………
「はあはあ、もうちょっと右かな」
「この辺りかな?」
「うん、そうっ! そのへん、だよ? はあはあ、くぅぅぅ!?」
「いやカティナ興奮しすぎだから。先進まねえよ」
彼ら三人は現在掃除中。
「仕方ないだろ、エリスが、エリスがっ!? はふん♪」
「どうしたのカティナ?」
「ああ、気にすんな、少し頭がふらつくんだってよ」
彼らの拠点である『エリゆか♪』の少し高い所にある看板を丁寧に綺麗にしていた。
毎日綺麗にしないといけないのだが、その為に使う梯子を鍛錬中に誤って破壊。
破壊した張本人達が責任を持って看板掃除をする事になったわけだ。
そんな中カティナが、凄まじく興奮してる理由。
「大丈夫、カティナ? 元気になった?」
「まだ少しつらい、かな?(ずっとこのままでいたいです♪)」
カティナがエリスに膝枕してもらっている。まあ、それはまだなんとか平気らしい。
問題はエリスの服装だ。
ホワイトブリムとよばれるレース付きのカチューシャを頭に載せ、白を基調としたエプロンドレスに身を包んでいる。
それは近年、ノーリス列島群でも増えはじめた商業メイドの基本的な服装。
実はこれ、イルファス姉妹の趣味の結果。
エリスに女装させて店にだした時の反響が大変すばらしかったので、事あるごとに女装させるようになった。
女の子、しかもかなり可愛い部類に見えるため、町の男性の支持が凄まじく、集客効果が高い。
そのため、エリスの制服にしようとしたら本気で嫌がったため、仕方なく時々だけ女装させ店で働かせる事になった。
今回、梯子破壊の罰として、一週間日替わりで女装させられている。
そんな愛くるしいエリスの姿、しかも、トウマの肩に乗り、看板掃除を一生懸命行なっている姿を、下から眺めていたのだから、エリス大好きカティナならば興奮するのも仕方ない。むしろ鼻血を噴出さないことが軽い奇跡といえよう。
「たしかに、そこいらの女の子より可愛いからな」
「ボ、ボクは男だよ? 可愛いなんていわれても嬉しくないよぅ……」
「……たぶん、そういうところがファンが生まれる理由だな」
エリスの恥じらう姿に不覚にもドキッとしたトウマ。
トウマは間違いなく正常。
そんな彼でさえも動揺させるほど、その完成度は高い。
つまるところ、イルファス姉妹恐るべし、という事である。
そんな、正真正銘の年下少年ズキーのカティナ・ゼラフォルテと、実はイルファス姉妹にベタ惚れのトウマ・タチバナが、エリスとイルファス姉妹に出会ったのは割と最近の事である(エリスとイルファス姉妹は幼馴染)。
出会った順番で言うと、まずはトウマ。
トウマ・タチバナ、二十二歳 ♂。
黒髪短髪、身長は平均よりやや高め。顔はそこそこいい。性格は非常に楽天的。
食べることが好き、エリスの料理が一番好き。
エリスにとって頼れるお兄さんである。
そんなトウマとの出会いは、エリスが『魔導器』購入を決意し店を始めて二週間と三日目。
材料調達の為、朝の市場で仕入れをすませた帰り道、彼が倒れていた。
その黒い髪と見慣れぬ服装(ニホンの服飾の一つ、キモノ)から彼がニホン人であることは、明白。
恐る恐る近づくと、ぐぎゅるるるると盛大に腹が鳴った。
そう、彼は行き倒れだった。
エリスはがんばった。
その非力な身体を以って力の限りを使い、店まで運んだ。
大抵の人は20分前後で運べるところを1時間以上かかったが、何とか運び込んだ。
店につくなり、彼のために料理開始。
香ばしい匂いに誘われるように彼が目覚め、一心不乱に食べはじめる。
トウマは感涙していた。
見ず知らずの行き倒れを必死に運んで、なおかつ料理まで用意してくれたエリスの優しさに。
トウマはエリスに恩を返すべく、ついでにエリスの極上のまかないを食べたいがために、エリスの手伝いをする事を決め、エリスもそれを快く承諾。
こうしてトウマはエリスの仲間になったわけだ。
次はカティナ。
カティナ・ゼラフォルテ、二十歳 ♀。
綺麗に切りそろえられた、肩にかかる程度の長さの鮮やかな翆髪。
身長は女性にしては高め、トウマよりやや低い。
目鼻立ちが整っていて、間違いなく美人と言える顔立ち。
性格はざっくばらん。
お酒が大好き、エリスの料理はもっと好き。
二人の出会いは、非常に一方的なものである。
道を歩くエリスに、カティナが一目惚れした、ただ、それだけの事。
で、エリスのあとを追いかけたカティナの目に飛び込んできたのが、野外レストラン。
エリスはここで働いてるのかと思い、とりあえずお客さんとして潜入。
しかし、待てども待てども彼が出てくる様子が無い。
そこに頼んだ料理が到着。
カティナは食事に対して割と無頓着であり、食事よりお酒が好きな女性。
その料理も、どちらかと言えばお酒のお供のつもりだった。
しかし、口に入れた瞬間、彼女の価値観は完全に変わる――変えられた。
彼女はそっと涙を流した、なぜか心が……奮えたのだ。
結局その日は彼とは会えなかったが、お店の味に惚れこみ、通いつめることとなる。
そんなある日。
いつも通りお店に来て食事をする彼女の前で、見た事の無い可愛い女の子の店員が粗野な男に絡まれ乱暴されたのだ。
いつもいる黒髪の青年がこういうときに限っていないし、お気に入りの店でふざけた事をする輩に苛立ってたのか、割と本気で痛めつける。そして、男は逃げていった。
涙ぐむ少女を慰めていた所に、気の強そうな双子の女の子達がやってきて店を臨時閉店。
彼女達が住んでいるであろう複数のテントが張ってある場所まで連れてこられた。
二人に感謝され、お礼に料理を食べていってほしいと言われる。
断る理由も無い為、いただくことにした。
てっきり、この二人が料理を作っているのかと思ったら、実は助けた女の子が作っている事にカティナは驚いた。
相変わらず、すばらしい味だった。
料理の余韻に浸っているカティナ。
そんなカティナの目の前で、突然少女が服を脱ぎだす!
そして気付く。
とうとう見つけたのだ、あの時の少年を!
カティナが鼻血を噴出し、気を失う、しかしその寸前に誓った。
(彼を、私の嫁にする!)
そんなわけで、半ば無理やり、店で働きはじめたのである。
…………
結局のところこの二人は、エリスに胃袋を掴まれてしまったのだ。
そう、真に恐るべきは――エリスの料理。
そしてまた一人、エリスの料理に魅了された者が現れる。
彼との出会いで、エリスは知ることとなる。
『世界』に確かにある【悲しみの形】、そのひとつを。