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エリス、魔剣を手に入れる!?




 ここ、ノーリス列島群は群雄割拠、戦乱の極みにある。

 大小合わせ、二十近い国々、それぞれがいまだに戦を続けてきている。

 そんな中、現れたのが『傭兵』。


“ 戦こそが生きる術 ”


 そんな傭兵達はノーリス各地で戦いに明け暮れる。

 強国であればあるほど強い傭兵団を雇っている。当然、自国の兵士達もいるが、それ以上に傭兵達の質や量が戦の勝敗を左右する。

 それがノーリスの現状で現実 。

 傭兵が優遇されているこの状況で、ある問題が浮上する。

 傭兵団の優劣による格差が生んだ傭兵の賊化である。

 名を上げ、雇用され続ける傭兵団がいる一方、それがかなわない者達も現れる。そんな彼らが、野盗や海賊、山賊などになり変わり治安が悪化、大きな問題となる。

 それに歯止めをかけたのが傭兵ギルド。

 弱小と呼ばれる傭兵団たちが結託する事で、少なくとも量で劣る事はなくなり、傭兵達が賊へ変わるということが少なくなった。

 少数精鋭の傭兵団と、大勢の傭兵達を抱える傭兵ギルド。

 傭兵達はどちらかを選ぶ、己の意思で。


 …………


 とはいえ、彼はそれ以前の問題。


「ボクは『傭兵』になる、そう決めたんだ!」

「その貧弱な身体で?」「まともに剣も振れないのに?」


 彼の現実は厳しい。

 なにせ、小柄、貧弱、虚弱と、肉体的に恵まれないにも程があるのだから。


「だから、今こうやって、お金貯めてるんじゃないか!」

「『魔導器』、ねえ」「みんな、いい顔しないわよ?」


 お世辞にも傭兵向きの肉体では無い。魔術師としての素養も無い。

 そうなるとエリスに残っている選択肢は三つ。


 ひたすら努力し強くなる、当然時間はかかる。

 あきらめて料理の道に進む、おそらく天下を取れるだろう。

 そして、三つ目の選択肢。

 それこそが『魔導器』である。


“ 『魔導器』 ”

 吸魔石と呼ばれる特殊な鉱石を嵌め込んだ武器。

 特徴は『魔導』と呼ばれる『擬似魔法』である。

 魔術の素養が無くても扱えることから、武器としては大変優秀であるといえよう。


 だが、問題がある。


 吸魔石は『竜』の死骸から採れる。そしてノーリス列島群は――『竜』信仰。

 竜狩りをする者などほぼゼロといっていい。また、ノーリスは竜の生息数が非常に少ない事も理由のひとつ。

 そもそも『魔導器』は、ノーリスより西方のアルシア大陸で誕生したもの。

 今も昔も『魔導器』はアルシア製がほぼ全てといっていい。

 ノーリスには、アルシアからの輸入品が存在するだけであり、それらは非常に高価。

 それを購入する為、エリスは半年間、ひたすら料理を作り、売り、お金を稼いだ。

 その金額、ノーリスに暮らす成人男性の平均年収三年分。

 それを半年で稼ぎ出すエリスの料理の才、双子ならずとも惜しむのは当然。

 だが、彼は譲れない。

 誓ったのだ。

 あの日、『彼女』に助けられた、あの時に決めたのだ。


“ いつか自分も、誰かを助けられるようになりたい ”


 その想いは、三年の月日が過ぎた今もなんら変わる事は無い。

 たとえ、今の自分が未熟でも、いつか必ず、そうりたい、と。

 だからこそ彼の選択は、明らかな間違い。

 だが、ときにそんな過ちが、特別な意味を持つ事もある。

 その意味は、彼に《道》を創る。

 世界が、『彼の意志』に応えたのだ。


 …………


「やられたね」


 カティナが目の前の代物を見て、事実を述べる。


「そんな……」

「ずいぶん、ふざけたことする奴がいるんだな」

「いい度胸ね、その店」「ええ、社会的に潰してあげたいわね」


 エリスが落胆し、双子が激昂する、その事実――


「偽物だよ、これ」


 半年間、必死に貯金したお金で購入した『魔導器』が偽物だったという事。


「だめだ、誰もいねえぞ」

「敵ながらやってくれるわね」「初めから、逃げるつもりだったようね」


 さらに店主が姿を消していた。

 おそらくは、エリスに『魔導器』を売ってすぐに逃げ出したのだろう。

 偽物だとわかれば店にやってくるのは明らか。

 ならば、その前に逃げるのは賢いやり方ではある。

 だが、その賢さは、


「っっっっ!」

「エリス!」

「今は、そっとしてあげて」「今のエリスに慰めの言葉は無意味よ」


 間違いなく【悪】。

 一人の少年の、純粋な想いを踏みにじる、【道を外れた行為】。

 四人は彼の心中を思い、あとを追いかけるような事はしなかった。


 …………


 エリスは哀しんでいた。騙された事が、ではない。

 長い間、四人に手伝ってもらったというのに、それを無意味なものにしてしまった事を深く哀しんでいた、申し訳なく思っていた。

 町の大通りをとぼとぼと歩いているエリスの目の前に、


「…………」


 ベネス唯一の武具屋、ジョセフ総合武具屋が目に留まる。

 エリスは、なんとなく中に入ってみたようだ。店内には、様々な武具が所狭しと並んでいた。


(こんな所に来たって、意味ないのにな)


 エリスは女の子と間違われてしまうほど小柄だ。それに比例するように体力も少ない。

 その事実は、他ならぬエリス自身が、嫌になるくらいに理解している。

 彼には店内に勇然と並ぶ武具の数々を扱うことなんて出来ない。

 だから彼はこの場所を避けていた。つらい現実を実感してしまうから。

 店内を暗鬱とした気持ちで歩いていると、エリスの目に『それ』が留まる。

 エリスの前には、店内の一角に、処分特価品と書かれ置いてあった『一振りの剣』。


「はは、すごくボロボロだね……」


 彼の言葉どおり、その『剣』は鞘も柄も、とても汚れている。その姿を見たエリス、


(なんだか今の自分を見てるみたいだ)


 そんな風に考え、思わず『剣』を抱いていた。


「おう、エリス、いらっしゃ、い……?」


 武具屋の店主で、エリスの店の常連のジョセフ(四十二歳 ♂)が話しかけたが、エリスに反応無し。

 じっと、その『剣』を眺めているエリス。


「『それ』、持っていっていいぞ」


 様子のおかしいエリスに、ジョセフが提案する。


「え?」

「なかなか売れねえからな、でも捨てるのもどうかと思ってたんだ。エリスには美味いメシ食わせてもらってるから、礼だと思ってくれ」


 その言葉にエリスの顔が綻ぶ、なぜかジョセフの顔が赤くなる。


「ただ、その『剣』、問題があってな。実は――」


 問題の概要を聞き、帰途に就くエリス。少し元気を取り戻したようだ。


 …………


 翌日


 目を覚ましたエリスに、不思議が襲い掛かる。


「…………?」


『魔導器』購入の為、ひたすら倹約していた彼らはテント住まい。

 しかし、今、エリスには、


「なんで、こんなに眩しいの?」


 朝日が燦々(さんさん)と降り注いでいる。そもそも眩しくて目が覚めた。


「テントはどこにいったの、って、ええええええ!?」


 テントは、ズタズタに斬り裂かれていた。

 しかし、エリスが驚いたのはそれではなく――自分の右手の『ソレ』。


「あわわわわ……な、なな、な、なんで!」


 エリスの右手には、昨日貰った『剣』が握られていた。しかも―― “ 『抜き身』 ” で!


「その剣――抜けねえんだ♪」


 それが昨日ジョセフさんが言っていた問題。

 単に処分に困ってただけだったらしく、貰える物は貰っておこうと持って帰ってきたエリス。

実際、何をどうやろうと抜けなかった。みんなには生暖かい目で見られていた。


(それなのに、目を覚ましたら抜けててテントは斬り裂かれてて……んっ、まさか!?)


 エリス、ある考えに至る。


「この『剣』でボクがやったの――これ?」


 状況を考えれば、それしかありえない。


「やったああああああああああああ♪」


 その事実にエリス大喜び。

 その大きな声に、他の面々が何事かとやってくる。


「あんた、何やってんの」「ただでさえお金ないってのに」

「え、なにこれ、エリスがやったの?」

「ふわあああ、何の騒ぎだ~」


 テントの無残な姿とエリスのはしゃぎっぷり。それを見つめる四人の目に、エリスの手に握られている『剣』が映る。


「あれ、それって昨日の剣?」

「へえ、抜けたのか。かっこいいな、それ」

「かっこいいっていうか」「軽く不気味よ」

 

 剣身が真っ黒。双子が不気味がる。


「きっと、この『剣』があればボクも強くなれるよね!」

「――んなわけねえだろうが」


 その――声――に全員の動きが止まる。

 全員の目が声の主と思われる『物』を見る。


「せっかく目覚めたってのに、これじゃどうにもなんねえな。めんどくせえ……」 

「……夢じゃないよね?」

「さっき起きたばっかりだから夢かもね♪」

「世の中、不思議なことばっかりだな~」

「不思議というよりも」「怪奇現象ね。売るわよ、高値でいけるわ」

「おい、なにぼうっとしてんだ。俺の声きこえてんだろ?」


 その男の声は、間違いなくエリスの持つ『黒い剣』から聴こえてくる!


「う、うん、えっと……おはようございます」

「いや、エリス、そんな事いってる場合じゃ」

「おう、いい朝だな」

「案外律儀ね」「意思疎通は出来そうね」

「いや、その反応もどうなんだ?」

「なんだ、お前らも『授名者』なのか…………ん? なんとか言えよ」

「『授名者』って、あの『授名者』のこと?」


 彼らが『剣』の言葉に戸惑う。


「あの、ってなんだ。『授名者』は『授名者』だろうが。それ以外に……ちょっと待て。おまえらひょっとして『授名者』じゃねえのか?」

「俺は候補者だな」

「私も。でも、エリスと双子ちゃんは『アウター』ですら無いわよ」

「双子ちゃん言うんじゃない!」「一括りにするな!」

「なにがどうなってやがる」


『彼』は、なにやら動揺している様子。


「ど、どうしたの?」

「俺とは『授名者』じゃなきゃ話せねえし、『アウター』になってなきゃ『覚醒』させられねえはずだ。意味がわかんねえ……」

「そんなこと」「どうでもいいのよ」


 セーネとレーネが、そんな事を言う。


「意味がわかんない事を悩むより」「今、わかる事を相互理解する方が建設的よ!」

「ま、たしかにね」

「なあなあ、この『剣』、たぶん――『真器』だろ?」

「ストップ!」「これ以上、よくわからない単語を増やすな、トウマ!」


 そんなわけで、少しお勉強。


“ 『アウター』 ”

 種族の限界を超えた者の呼び名。


“ 『授名者じゅめいしゃ』 ”

 世界から『名』を授かった『アウター』達の総称。

 それぞれに『名』にちなんだ『力』と『特性』が与えられる。


“ 『真器しんき』 ”

 一部の『授名者』の成れの果て。

 既存の武器とは比較にならない性能を備える。

 その性能は、元の『授名者』の強さで決まり、単純な武器性能(切れ味、柔軟度、硬さ、等々)は既存の複製品に比べ軒並み高い。また、それぞれに違った特殊能力がある。

『真器』になった際、彼ら彼女らは『眠り』に就く。その『眠り』は、『アウター』が『覚醒』させること解かれる。ただし、『覚醒』は『真器』側が拒否する事が可能。


 そして『真器』の声は、


「『授名者』じゃなきゃ聞けないわけね」「それは絶対なの?」

「俺が知る限りではな。けどまあ『例外』もあるって事だろ?」


 意外にも丁寧に教えてくれた『黒い剣の中の奴』。

 態度は悪いが性格はそれほど悪くはない模様。それなりに打ち解けた。

 そこで、ずっと気になっていた事を聞く。


「で、名前は?」「そうね、いつまでも『剣』とか、アンタとかめんどくさいわね」

「『魔剣 ヴァルディア』。属性は闇。『真器』になる前の『名』は――」


 五人はワクワクしながら言葉を待つ。


「『狂剣』ファング・ザ・マーダレス」


 五人のワクワクした表情は、一斉に驚愕に変わる。その『名』はあまりに有名だったから。


 今から百年以上前。

『魔導』発祥の地アルシア大陸にて、覇を唱えんとばかりに勢力を増していた『ネレザリア帝国』。

 猛将智将相並ぶその中で、最も敵を殺したと言われている武人。

 敵兵を殺し尽くすまで止まらないと言われている、極悪非道な男の名。通称『殲滅狂』。

 その悪名は、遠くはなれたノーリス列島群に届くほど。

 そんな悪名高き伝説が、


「クックック、そう呼ばれるのもひさびさだな。殺して殺して殺しまくったからな♪」


 今、目の前で、『喋る剣』として存在している現実を、


「ふ~ん、そんな悪い奴に思えないけどね」「そうね、質問にはちゃんと答えるし」

「戦争で人を殺すことが良い事とは言えないけど、悪と呼ぶのも違うからね」

「かっこいいなあ……」

「エリスにいたっては、羨ましがってるしな」


 特に問題なく受け入れる一同。


「おまえら怖くないのか? 俺は――」

「だって、国のために戦うって事は、国のみんなを護る為に戦ってるって事でしょ?」

「なに?」


 エリスが堂々と、


「なら、敵兵を一番多く倒した人は、みんなを一番護ってるってことだよね」


 伝説の悪名高き『狂剣』は、


「だったらファングは、『みんなを護った英雄』じゃないかっ!」


 決して【悪】ではない。誰かを助ける為の『正義』だと高らかに叫ぶ! 

 その、まっすぐな物言いに、


「………こいつ、バカなのか?」

「そうね、おバカさんかもね」

「だな、傭兵バカだし」

「大バカよ、料理やってれば楽なのに」「ホントバカ。傭兵なんて向いてないのに」


 全員からバカ呼ばわりされてへこむエリス。

 そう、確かに彼はバカなのだろう。

 誰も彼も忘れてしまいそうなことを、愚直に信じ疑わない、その思考。

 戦乱の中に在る国々で日々を生きていれば、そんな甘い発言が出来るわけがない。

 特に戦場で生きてきた者達からすれば、それはあまりにバカバカしい考え方。

 だからきっと、彼はバカなのだろう。

 しかし、だからこそ彼は愛される。

 そんな彼をみて愛した者が『変容』する。

 その、愛すべきバカは『狂剣』すら許容する。そして、このわずかな間にですら――『変えてしまう』。


“ 彼の影響力は、世界が与えた『魔法』だから ”


「おまえ、強くなりたいのか?」


 故に、あの『狂剣』から、こんな提案が飛び出す。


「なれるの!?」

「荒療治だがな。相当きついぜ。それでも――」

「――やる! 絶対やるよ!」

「はっ、いいだろう。後悔すんじゃねえぞ、クックック」


 5分後


「もうダメ動けないよ……」

「こ、ここまで酷いのかよ……どんだけ体力ねえんだ、おまえ」


 地面に倒れこむエリス。呆れるファング。


「いやいやいや、凄いよっ! ねえ、トウマ」

「ああ。正直、ここまでとは思わなかったな」


 だが、ファングの呆れっぷりとは真逆の反応を見せる二人。


「エリスもやればできるのね」「ね、びっくりしちゃったわ」


 双子も同様の反応、まあ、当然の反応と言えるだろう。

 なにせ、


「走れば5秒で息が上がる、あのエリスが――」

「剣を持ったはいいが構えるだけで精一杯だった、あのエリスが――」

「槍を持てばひっくり返り――」「斧を持てば重みで潰される、あのエリスが――」


「「「「 まさか、こんなに長く剣を振っていられるなんて!!!!  」」」」


「うん、ボクやったよ! やって見せたよ、みんな!」

「おいおい……」


 あの脆弱の極みに立つエリスが、まともに剣を振ることが出来るとは思いもよらなかったからだ。

 ファングは、エリスのあまりの貧弱さに本気で呆れ、後悔していた。


『真器』は、持ち主に『同調』する事で、持ち主に代わり身体制御等を行なえる。

 本来は補助が目的で、さきほどエリスに行なったような全制御は滅多にしない、が、そこを敢えてファングは全力で、一切の容赦なく制御した。

 そうする事で、エリスの限界を遥かに上回る動きを可能とし、凄まじい負荷を肉体に与えた。

 根本的にエリスは身体能力が低すぎる、底辺だ。

 そのためまずは、肉体改造から着手したというわけだ。


「まあ、この雑魚は少しずつ強くするとしてだ。トウマにカティナ、おまえら二人をとっとと『授名者』にしちまうぞ」

「それって、どういう意味?」「わかるように言いなさいよ、ファング」

「言葉どおりだ、今からこいつらを『授名』させる。手っ取り早くな、クックック」


 ファングがとても楽しそうに笑う。


「双子、『俺』を地面に刺せ」

「双子言うんじゃない」「たたき折るわよ、ほら!」

「おい、もう少し丁寧に扱え! まあ、いい。待たせたな。これからおまえらを――」


 そして、ファングの声色が、


「【殺すから】」


 聞く者の身を震わせるほどに【低く重くなる】。

 同時に『魔剣 ヴァルディア』が、妖しく輝き始める。


「なんなの、これ……」

「ぐっ、これはやばいな……」

「まあ、ホントに殺しはしねえよ。そのくらい追い込むってことだ。追い込めば追い込むほど『授名』する可能性が増す。『世界』の『法則』の一つだ」


『ヴァルディア』の周囲に黒い霧のようなものが集まりはじめる。


「いいか、時間は限られてる。5分ってとこだな。その間、絶対に――」 


 ファングの言葉に合わせるように霧が集まり、形を成してゆき『彼』が……『顕現』する。


「【死ぬなよ】」


 膝まで伸びた銀髪、細くしなやかな体躯。

 発せられる獰猛な殺気。

 そして、血よりも紅く昏い、その双眸。


「『狂剣』ファング・ザ・マーダレス」


 かつて『殲滅卿』と呼ばれた『神狩りの刃』。

 その彼が100年の時を越え、現代いまに姿を示す。

 そして――猛り咆える!


「『 俺 は 、 こ こ に い る 』」


 そして、その場の全員が気付く、


「いいのか、攻撃しなくて?」


 いつの間にかトウマとカティナの目の前に現れていたファングに。

 ファングの言を聞き、慌てたように動き出す二人。


「おいおい、しっかりしてくれ。俺が【殺すつもり】でやるんだぞ――」


 しかし、二人の攻撃は瞬く間に弾かれ、


「ならおまえらは、俺を【殺そうとしなきゃダメだろうがっ】!」


 二人が盛大に吹き飛ぶ。それぞれに重い拳撃を一発ずつ。


「『魔剣コイツ』は必要ないな、素手で充分……そう、それでいいんだよ――」


 二人の気配が明らかに変わる。

 その様子にファングが嬉しそうに、凄絶に笑う。


「全力でこい。可能な限りの力を振り絞れ。一滴残らず出し尽くせ。それでも俺には【絶対】に勝てねえ。だから遠慮なく、俺を【殺して】みせろっっっ!」


 ファングが二人を徹底的に苛め抜く。

 そして、


「ちょっとファング、これは……」「いくらなんでもやり過ぎよ!」

「二人が死んじゃうよ、もうやめてあげてよっ!」

「ギリギリまで追い込んだだけだ、死にやしねえよ」


 満身創痍といった様子の二人の姿がそこにあった。

 全身ボロボロ。内臓も躯体も、その全てが重症といっていい。

 二人が完全に沈――


「エリス、泣く必要はないわ……」

「俺達がそう簡単にやられるかっての……」


 ――黙しない。それどころか、ゆっくりと立ち上がる。


「クックック、いい感じじゃねえか」


 その様子にファングが喜びだす。エリス達には何がなんだかわからない。

 そして、カティナとトウマが笑みを浮かべ、


「『風越穿雷ふうえつせんらい』カティナ・ゼラフォルテ」

「『奏窮迅駆そうきゅうじんく』トウマ・タチバナ」


 堂々と吼える! 

 我らが『王』の涙を吹き飛ばさんと、雄々しく吼えるっ!


「『 私 は 、 こ こ に い る 』!」

「『 俺 は 、 こ こ に い る 』!」


 二人の存在感が、今までとは比較にならないほど『濃く』なっていく。傷も癒えている。

 そして、ファングに挑――


「時間切れだな」

「へ?」

「嘘だろ!?」


 ――もうとした矢先に、その場から煙が消えるようにファングがいなくなった。


「うまく時間内で『授名』できたな、さすが俺。クックック」


 そんな事を『ヴァルディア』の中から伝えるファング。

 全員がファングに言いたい事がある。中でも、


「勝ち逃げは犯罪よ、ファング!」

「犯罪かどうかは知らねえけど、やられっぱなしは流石に我慢ならねえ!」


 ファングにいいようにやられた挙句、勝ち逃げされたカティナとトウマは憤慨していた。


「ま、俺と再戦したけりゃ、一ヵ月後だな」


 ファング曰く、『顕現』は連続して使用できないらしく、ある程度期間を置かないいけないそうだ。

 エリスを鍛えるための『同調』での消費を考えると、月に1回が限度。


「当分はお互いで手合わせしてろ。で、月に1回、俺と戦う。それを繰り返してりゃ、半年もすればかなり強くなってんだろ。で、おまえらが強くなると、この雑魚も強くなりやすくなる。強くするには――」

「ざ、雑魚……」

「待ってファング。なんで二人が強くなると」「ざ、エリスが強くなるわけ?」

「参考とか、模倣とか、そういった考えだ。周りに『授名者』や『アウター』がいると、それにつられ成長しやすい。これも『世界』の『法則』ってやつだな」


『アウター』や『授名者』は限界を超えた者のこと。限界を超えるには、実例を見るのが最も効果的。「そこに存在してるなら、自分も」といった考え方が好ましいからだ。


 つまりは――意志。


「自分もなってみせる」という確固たる意志が、限界を超えるために最も必要なのだ。



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