無限勇者インフィニティ!
スライムに押し潰されて死んだ。
まだ最初の街だから大丈夫だろうとたかを括っていたぼくの慢心が、いとも容易く打ち砕かれた。
半透明の、奇妙な生物は斬ると分裂するらしかった。
まだ魔法を使えないぼくには倒せない相手なのだと悟ったときにはもう遅く、スライムは液状の身体を波濤のような勢いで叩きつけてきた。
まだ実戦もろくに積んでいなかったぼくに避けられる筈はなく、一秒後のぼくはまるで馬車に轢殺されたカエルみたいに、手足が明後日の方向を向く羽目になった。
まずは肋骨が軋み、内臓が圧迫されて呼吸が断絶した。身体中の骨という骨が硝子細工のように砕けて、水風船が割れるように鮮血が散った。ぼくの身体は比喩ではなく本当に破裂した。
痛いなあと思っていると、脳が潰れて思考が停止した。
ぼくは誰かの馬車で教会に運ばれた。
生き返った。
盗賊に首を刎ねられて死んだ。
もう同じ過ちは繰り返すまいと決心し、ぼくは剣術の訓練をしていた。魔法も覚えた。
休憩していると、村人から盗賊の話を聞いた。
彼らは町外れの洞窟に潜み、夜になると女子供を攫い、金品を盗んでいくそうだ。
自信もついていたぼくは喜んで依頼を引き受け、盗賊どものアジトに踏み込んだ。
足を踏み入れた瞬間、ぼくは暗闇から誰かに襲われて気絶した。
目を覚ますと、ぼくは縛られ、数人の男達に囲まれていた。
男達は皆一様に鉄の棒を持ち、半月状の嫌らしい笑みを携え、眼は暗く沈んでいた。ぼくに盗賊退治を依頼した村人も嗤っていた。
グルだったらしい。
もう少し頭を使わないと駄目だなと思ったが、もう遅かった。
四方八方から殴られたぼくの顔は、どんな魔物よりも歪に変形していた。鼻は内側に窪み、唇は縦にも裂け、右目は大きな腫れが覆っていた。左目が嵌っているべき場所からは、眼球が視神経の糸を曳いて垂れ下がっていた。
誰かが「飽きた」と言った。
一瞬だけ自分の胴体を空中から俯瞰しているような映像が流れたが、それはぼくの首が飛んでいたからだった。
思考が停止した。
ぼくは誰かの馬車で教会に運ばれた。
生き返った。
ドラゴンに身体を灼かれて死んだ。
ぼくは魔王の城に辿り着き、門番のように立ち塞がるドラゴンに決闘を挑んだ。
旅の中で、何回も何回も殺されてきたぼくには、ついに仲間がふたりできていた。みんなで戦えば勝てる、と思った。
ドラゴンは想像以上に強かった。
乱暴に振り回される巨大な尾をかいくぐり、ぼくたちは怪物の懐に入り込んだ。
それぞれが魔法を放ち、剣を叩き込み、弓矢で狙撃しようとした。
魔法使いの上半身が消えた。気付くと、ドラゴンの凶悪な顎が動いている。短剣のような牙と牙の間からは脳漿の混じった血が滴り、かつての仲間は食糧として嚥下された。
ドラゴンは肉のこびりついた骨格や、食べられない肺や腎臓などの部分だけを、器用に吐き出した。人間が、物言わぬ「食べ残し」に変換された。
心の内側の極めて抽象的な部分で、何かが壊れていく。
仲間のひとりは弓を捨て、背中から矢を撒き散らしながら逃亡した。奇声をあげていた。彼は使命を忘れてしまっていた。食われた。肉片に変わる。
べちょり。
また何かが壊れた。
ドラゴンは世界の果てまで届くような咆哮と共に、地獄の業火を吐き出した。避ける気力も無かった。
苦痛を感じる暇すら無く、炭化して爆ぜた。
思考が停止した。
ぼくは誰かの馬車で教会に運ばれた。その誰かは舌打ちをし、棺桶に唾を吐き捨てた。
ぼくだけが生き返った。
ぼくはまおうにころされた。
ドラゴンをころし、へいしたちをころし、まおうのむすめをおかしてころした。あははははああはははは、だって、むかついたから。
まおうは、おこってきんしされているはずのまほうをつかった。
ぼくはいろんなえきをぶちまけてしんだ。にんげんじゃなく、ただのゆかのシミにかわった。
なにモかんじなクなった。
誰かの馬車で教会に運ばれた。
生き返った。
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます!
感想、アドバイスを頂けると嬉しいです!