女神様の退職願
「次の方、どうぞー」
私は。
今日。
三百四十七人目の死者を。
異世界へ転生させていた。
「名前は?」
「田中です」
「年齢」
「四十二」
「死因」
「過労」
「……」
私は。
書類を見る。
もう一度。
死因を見る。
「過労」
「はい」
「……お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
なんとも言えない空気になった。
「それでは、次の人生についてですが」
「ゆっくりしたいです」
「ですよね」
「もう働きたくありません」
「ですよね」
「できれば、魔王も勇者もいない世界で」
「……」
「仕事もしなくてよくて」
「……」
「一日中寝ていたいです」
「分かります」
分かる。
めちゃくちゃ分かる。
むしろ。
私もそうしたい。
「では、猫に転生しますか?」
「猫?」
「はい。寝ます。食べます。撫でられます」
「それでお願いします」
「承りました」
ぴこん。
転生処理完了。
「ありがとうございましたー」
田中さんは。
猫になった。
羨ましい。
「……次の方」
私は。
次の書類を取った。
名前。
年齢。
死因。
転生先。
能力。
スキル。
記憶の引き継ぎ。
言語設定。
魔法適性。
加護。
初期装備。
転生地点。
保護対象。
世界管理番号。
……。
「多い」
書類が。
多い。
めちゃくちゃ多い。
「女神様ー!」
隣の部署から。
天使が走ってきた。
「何」
「第三世界で魔王が復活しました!」
「担当者に連絡して」
「休暇中です!」
「休暇?」
「はい!」
「いつまで」
「千年です!」
「長いな」
千年休暇。
羨ましい。
「女神様ー!」
今度は。
別の天使が来た。
「今度は何」
「第七世界で勇者が引退しました!」
「おめでとうございます」
「後任が必要です!」
「……」
おめでたくなかった。
「女神様ー!」
「何」
「第九世界が滅びそうです!」
「早いな」
「あと三十分です!」
「もっと早く言って」
「さっき気付きました!」
「なんで!?」
私は。
机に突っ伏した。
「辞めたい」
「え?」
「辞めたい」
「女神様?」
「辞めたい」
私は。
ゆっくりと顔を上げた。
そして。
机の引き出しを開けた。
中から。
一枚の紙を取り出す。
白い紙。
美しい紙。
神界指定。
正式書類。
私は。
ペンを持った。
そして。
書く。
さらさら。
さらさら。
さらさら。
書き終えた。
紙の一番上。
そこには。
大きく。
こう書かれていた。
退職願
「女神様!?」
「……」
「何を書いているんですか!?」
「見れば分かるでしょ」
「分かりますけど!」
私は。
続きを書く。
私こと女神は、
一身上の都合により。
少し考える。
「一身上の都合って便利ね」
「便利じゃないです!」
私は。
続けた。
本日をもって、
女神を辞めさせていただきます。
「ダメです!!」
「どうして」
「女神様だからです!」
「だから辞めるの」
「意味が分かりません!」
分かる。
私も。
たまに。
自分で何を言っているのか分からない。
「女神様」
天使が。
私の前に立った。
「本当に辞めるんですか?」
「辞める」
「後任は?」
「いない」
「世界は?」
「知らない」
「転生者は?」
「知らない」
「勇者は?」
「知らない」
「魔王は?」
「知らない」
「女神様!」
「私は今日から無職」
最高。
なんて素晴らしい響き。
私は。
退職願を持ち上げた。
そして。
上司の神様の部屋へ向かった。
*
「退職は認められません」
「ですよね」
即答だった。
「後任がいません」
「知ってます」
「あなたは現在、三つの世界を管理しています」
「知ってます」
「転生業務も兼任しています」
「知ってます」
「勇者管理も」
「知ってます」
「魔王監視も」
「知ってます」
「神獣管理も」
「……それは知らなかった」
仕事が増えた。
「では、こちらを」
上司の神様が。
新しい書類を渡してきた。
嫌な予感がした。
「何ですか」
「新規転生者です」
「……」
「異世界への転生希望」
「……」
「名前は」
私は。
書類を見た。
そして。
止まった。
「……猫じゃらし?」
「はい」
「植物?」
「はい」
「本当に?」
「はい」
「なぜ?」
「こちらも分かりません」
私は。
書類を置いた。
そして。
退職願を。
もう一度。
見た。
「……」
私は。
ペンを取った。
退職願の下に。
小さく。
書き足す。
なお、
猫じゃらしを異世界へ転生させる業務をもちまして、
神としての責務を終了させていただきます。
「女神様!?」
「これが最後」
「本当ですか?」
「本当」
「絶対ですか?」
「絶対」
私は。
猫じゃらしを。
異世界へ送った。
ぴこん。
転生処理完了。
「終わった……」
私は。
椅子から立ち上がった。
長かった。
本当に。
長かった。
「女神様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
扉が。
勢いよく開いた。
「今度は何」
「第一世界で、猫系魔物が大量発生しました!」
「……」
「原因不明です!」
「……」
私は。
ゆっくり。
さっきの書類を見る。
転生者。
猫じゃらし。
異世界。
猫系魔物を魅了。
「……」
天使が。
私を見る。
「女神様?」
「……」
私は。
退職願を。
机の上に置いた。
そして。
もう一度。
ペンを取る。
さらさら。
さらさら。
新しい紙に。
大きく書いた。
退職願
「女神様!?」
「一回じゃ足りなかった」
「何がですか!?」
「退職願」
私は。
天を仰いだ。
「辞めたい」
世界は。
今日も平和だった。
たぶん。




