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癒されない欲望

掲載日:2026/07/13

 人気のない教室に文庫のページをめくる音だけが聞こえてくる。

 放課後、空き教室の中央に折り畳みのパイプ椅子を置き、座って文庫本を読み続けている女子生徒。

 変わった魔法陣のような模様が描かれている文庫カバーの中身はよくある少女向けの恋愛小説のレーベル作品の一つ。読んでいる女生徒が気に入ってシリーズをずっと追い続けているその最新刊だ。

「現実はこうはいかないものね」女生徒がつぶやく。

「物語のリョウのようにはならない。結局は現実の男オスが目の前にいるだけ」

 女生徒は足元を一瞬だけ見、すぐに文庫のページに視線を戻す。

 足元には人がうつぶせに倒れている、この学校のブレザーの制服を着ている男子生徒だった。

「やはり体育会系はね、さわやか白い歯キラリの純情熱血キャラはいないわね、物語のような」

 ふう、とため息をつきもう一度床の男子生徒を見た。

 彼は野球部の2年生でエースピッチャー。県大会決勝での活躍が期待されていた。彼女はその男子生徒のカノジョとして知り合いの生徒の間では有名だった。そうなるように願ったのだ文庫のカバーに。

 カバーの模様は本物の呪術の魔法陣で怪しげなネットのオカルトグッズ販売サイトで購入したものだった。まさか本当に効果があるとは購入した女生徒本人が驚いた。


 魔法図形に簡単な儀式を行うだけで魔法発動!効果抜群!

 本の登場人物の疑似人格が刷り込まれ本人もそう自覚して行動します

 対象は本人でも他者でも使用可能。自分を物語の主人公に他者をあこがれのヒーローヒロインに

 あなたの思う通り!

 


 魔法がピンポイントすぎる。雑誌の巻末の怪しい通販だろこれ、けどもしかしたら・・・

 値段も手ごろで宝くじのように当たった時の妄想を楽しむものだと購入した。

 届いた文庫カバーへの儀式も大したことなく紙に赤いペンで書いた五芒星の上にのせて付属の聖水(?)を振りかけながら呪文を唱えるだけ。

 確かに効果は抜群だった、まさかのキャラクターの人格刷り込みは成功したのだが、何かおかしかった。時おりキャラのセリフの中に存在しない言葉が混じっている。しかも唐突に整合性がない言葉が混入していた。これは、オリジナルの男子生徒の言葉ではないのか。

 つまり中途半端に刷り込まれたのだと結論付けた。彼の中には二人の人格が歪に混在し双方が同時に外部に自己を主張している。

 そしてついさっき女生徒の推しのキャラクターリョウの告白イベントがこの教室で起こるはずだった。

 だが男子生徒は突然女生徒に抱き着いてきた。これはイベントにはないものだ。もしかしたら男子生徒の抑圧されていた女生徒への欲望が歪んだ人格によって抑制できなくなり発言したのかもしれなかった。

 必死に男子生徒を振り払い、儀式解除を行う。それは聖水と同梱されていた赤い謎の水。それを対象に振りかけること。目薬ほどの大きさの瓶の蓋を取り赤い色の水を男子生徒の顔へ振りかけた。

 てきめんに男子生徒は前のめりに倒れた。それが10分前。

 原因はよくわからない。説明書にも対処法は書いてなかった。

 だが最初の段階で気になっていたことはあった。カバーに印刷されている儀式図形の一部が印刷ミスかかすれて消えていたことだった。まさか本当に効果のあるものだとは思わなかったから気にはなっていたがスルーしていた。これが原因?

 赤い水をかけられた人間は人格が消されている。本来なら疑似人格のみが消えるものらしいがいびつに歪んだ形で融合してしまっていたので元人格も消えているのかもしれない。だから意識をなくし倒れている。

 これはまずい。これでは生ける屍になりかねない。

 再度儀式を行う場合の方法は説明書にあった。

 再度の場合はより強くキャラクターの人格を刷り込む必要があり術者が頭の中により強いイメージを構築して今度は聖水を対象に掛ける、とある。

 それで文庫を読み直すために少しスピードを上げて大きくページをめくる音が聞こえるほどに内容をため込んでいった。

 これでたぶん大丈夫。儀式魔法陣のかすれ部分はボールペンで補修した。あとは

 男子生徒の傍らに立ち、聖水を振りかける。

 数分後、男子生徒はゆっくりと立ち上がった。

 そして女生徒にニッコリと笑いかけた。

「君は・・・」

 果たして。

 

 

 

 

 

 


 


 

 

 


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