お掃除ロボットは異星の夢を見るか
「ねえ、またルン太が変なものを拾ってきたよ」
妹のミオが、部屋の隅でせわしなく動く丸いお掃除ロボットを指差した。
その吸込口に挟まっていたのは、鮮やかな青色をしたプラスチックの破片だった。
このシェルターにある家具はすべて灰色か白だから、そんな色のゴミは存在しないはずだ。
(……ミオってば、いつもルン太を生き物みたいに呼ぶよね。ただの自動掃除機なのに)
「どこで拾ったんだろ。母さんが帰ってくる前に隠さないと」
僕はしゃがみ込んで、ルン太のダストボックスからその青い破片を抜き取った。
母さんはいつも「外は有害な宇宙線と塵で汚染されているから、絶対にドアを開けては駄目」と言う。
だから僕たちは、この窓のない金属の部屋から一歩も出たことがない。
(……母さんの言うことは絶対だけど、毎日同じレトルト食とこの狭い部屋には、正直もう飽き飽きなんだよな)
「ルン太、どこに行ってたの? 教えてよ」
ミオがルン太の頭をぽんぽんと叩くと、ロボットはブブ、と短く電子音を鳴らした。
もちろん、機械が喋るわけはないのだけれど、今日のルン太はどこか様子がおかしい。
いつもなら規則正しくリビングを往復するのに、なぜか執拗に北側の壁にぶつかりを繰り返している。
(……まるで行きたい方向が、その壁の向こう側にあるみたいに見えるな)
「お兄ちゃん、これ、見て。ルン太のタイヤに何かついてる」
ミオが顔を近づけて、ルン太の裏側を覗き込みながら声を上げた。
小さな車輪の隙間に、緑色の細長い「ひげ」のようなものが絡みついていた。
触ってみると少し湿っていて、指先についたそれを嗅ぐと、ツンとした青臭い匂いがした。
(……電子書籍の『植物図鑑』で読んだ、草の匂いにそっくりだ。でも、どうしてこんなものが室内に?)
「ミオ、ルン太のログデータを調べてみよう。こいつ、どこか別の部屋に行ってる」
僕はリビングの制御パネルにルン太を接続し、移動履歴のマップを表示させた。
画面に浮かび上がったのは、僕たちの知らない「未知の領域」へと伸びる一本の奇妙なルートだった。
それは、いつも母さんが鍵をかけている『立ち入り禁止の物置』の奥へと繋がっていた。
(……あそこは空気清浄機のメインタンクがあるから危険だって、母さんにきつく言われてるんだけどな)
「行ってみようよ、お兄ちゃん。ルン太の秘密基地があるかもしれない!」
ミオの瞳が、見たこともないくらいキラキラと輝いていた。
母さんが仕事から帰るまでは、まだあと3時間はある。
僕はポケットから、以前母さんがうっかり机に置き忘れたマスターキーを取り出した。
(……ダメだって分かってるけど、この退屈な日常の謎を解き明かせるなら、怒られたって構わないや)
重い金属製のドアが、プシューという風圧の音とともにゆっくりと開いた。
奥は薄暗く、ルン太が通れるくらいの小さな通気口の格子が、なぜか外されて転がっていた。
僕とミオは身をかがめて、ルン太の後を追うようにその狭いダクトの中を這って進んだ。
(……心臓の音がうるさいな。もし本当に有害な外の世界に繋がってたらどうしよう)
「お兄ちゃん、先が明るくなってる!」
ミオの声が響き、僕たちはダクトの出口から一歩外へと踏み出した。
そこにあったのは、見上げるほど高いガラスの天井と、一面に広がる本物の緑の芝生だった。
ルン太は嬉しそうに、その芝生の上をシャカシャカと音を立てて走り回っている。
(……なんだこれ。宇宙の果てのシェルターじゃなかったのか? 太陽の光が眩しすぎる)
「あ、見て! 大きな文字が書いてあるよ!」
ミオが指差した先、巨大なガラス壁の向こうに、英語の看板が掲げられていた。
そこには『つくば環境ドーム・隔離実験エリア』と書かれていた。
僕たちが「宇宙線に汚染された外の世界」だと思い込んでいた場所は、ただの現代の日本だった。
(……おいおい嘘だろ、母さん。僕たちをただの引きこもりにするために、あんな嘘をついてたのかよ!)
「見つかっちゃったわね」
背後から聞き慣れた声がして振り返ると、そこにはお買いもの袋を下げた母さんが立っていた。
母さんはバツが悪そうに頭を掻きながら、僕たちを見て苦笑いした。
「ごめんね。あなたたちが『外で遊びたい、学校に行きたくない』ってあまりにワガママ言うから、一週間だけパパの職場の実験室を借りて、宇宙サバイバルごっこでお仕置きするつもりだったのよ」
(……いや、一週間って! 完全にやりすぎだし、大人の本気の悪ノリに騙され続けてた僕たちの純情を返しやがれ!)




