5話
冬の風が堺に吹きつける頃、宗旦のもとに一報が届いた。
「飛騨、乱あり。宣綱殿、誅される」
天正十一年十二月、桜洞城にて姉小路宣綱が父・頼綱の命により殺されたという。宗旦は、文を握る手が震えるのを止められなかった。
「神生の乱」と呼ばれたその事件は、飛騨の山間に潜んでいた緊張が、ついに爆ぜた瞬間だった。
宣綱と叔父・顕綱が謀反の疑いをかけられ、家臣により誅殺された。だが、実際には宣綱が秀吉政権との接触を図ったことが、頼綱の逆鱗に触れたとされる。
宗旦は、飛騨へ向かう道を急いだ。雪が深く、馬借は進まなかった。白川郷の焔硝職人に道を尋ねると、彼は静かに言った。
「宣綱様は、火薬のような方でした。扱いを誤れば、爆ぜる。ですが、温めれば、灯にもなる」
桜洞城は、すでに閉ざされていた。門は固く、家臣たちは口を閉ざしていた。宗旦は、かつての薬草園に足を運んだ。センブリの枯れた茎が、雪の下に埋もれていた。
「癒すことを望んだ方でした。戦より、民を。火薬より、薬草を」
老いた職人がそう語った。宗旦は、言葉を返せなかった。
宣綱の最後の書簡が、和泉屋に届いたのは、それから数日後だった。
「飛騨の雪は深いが、民の笑顔は温かい。私は、その温もりを守りたかった」
筆跡は乱れていた。だが、言葉は確かだった。
宗旦は、焔硝蔵の奥に残された壺を見つめた。宣綱が管理していたものだ。蓋には、細い筆で「静」の字が記されていた。
「父上は、飛騨を守るために、私を捨てられた。私は、飛騨を変えるために、父上を超えようとした」
宣綱の言葉が、宗旦の胸に残った。その対立は、家を裂き、国を揺るがせた。
堺に戻った宗旦は、焔硝の取引を一時止めた。飛騨の産物が、命を奪った。それを、商いにすることが、今はできなかった。
「宣綱様は、殿様ではなく、医師のような方でした。国を癒そうとされた。ですが、癒すには、まず痛みを知る必要がある」
宗旦は、そう語った。誰に向けた言葉かは、分からなかった。
飛騨は、静かだった。だが、その静けさは、嵐の前のものだった。金森長近が、すでに美濃から兵を動かしているという噂があった。
宗旦は、宣綱の墓に焔硝壺を供えた。
「これは、灯にもなる。あなたが望んだように」
雪が降り始めていた。飛騨の冬は、長い。




