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 しらずに握りしめた拳を解いて、ぶわりと涙を浮かべた上目遣いで叫ぶ。


「嫌よ! 私はどっちもごめんだわ!!」


 叫びざまに、左隣にいる頼義兄様の袖を引っ張って、昔よくした我儘様式(スタイル)をとってみた。


「お願いよ兄様、父上に言ってよ。私、こんなの絶対に嫌! 兄様だって本当は反対なんでしょう。ね、ね? 私には結婚なんて合わないもの。家族の一員として、ずっとこの畠山にいたいの。兄上のお子たちと遊ぶのすごく楽しみにしているのよ。お願いだから、父上にこの話やめさせてよぅ!」


 ぶんぶんと腕を振られて、頼義兄様は昔のように頼もしい笑顔を見せた。

 やった。懐柔成功!

 と思いきや、頼義兄様は私のしつこい手を掴まえると、自分の袖から引き離しておっしゃった。


「我儘を言ってみせても、今回だけは駄目だ。おまえのためなんだぞ」


 なんと、この沙羅の我儘が効かないとは……!


「う、ううぅぅぅう……」


 しかし、これしきで諦めるわけにはいかない。

 次の瞬間、私は鮮やかに身を反転させて、右隣にいる義教兄様の膝へと突っ伏した。

 まだまだ、手はある。泣き落としだ。


「うわあぁぁん。義教兄様ぁ、酷いわ……酷すぎる。みんなが私を畠山から追い出そうとする。今までこんなことなかったのに……きっと私、本当は畠山の血を受けた子じゃないんだわ。本当に畠山の子だったら、兄上達みたいに畠山に置いてもらえるに決まってるものおぉぉっ!」


 我ながら愚かなことを言っているとは思ったが、背に腹はかえられない。

 義教兄様は、そんな私の頭を優しくなでながら、仏のような慈愛にとんだ声音で応じた。


「沙羅、以前ほど泣きまねが上手くないね」


 私は、ぎくりと肩を振るわせる。


「最近は私とも会ってなかったからね……」


 しみじみ言って、義教兄様は私の肩を力任せに起こした。


「気持ちはわかるが、泣き落としは無駄だよ。沙羅は畠山の子じゃないだって? この縁談は、お前が畠山家の血を引く歴とした姫だからこそ、成立するんだよ。よその子なら、こんな話にはならない。それに、私達はお前のためにならないことなら、たとえ父上のお話でも反対するさ」


 だから、これは私のためだと? 私の意志などお構いなしでも?


 ぐっと唇を噛んで義教兄様からはなれると、背後の義貴兄様に振り返った。残る唯一の可能性だ。


「義貴兄様。もう、狩りや遠乗りや、剣の稽古なんてしないから……我慢するから、だから兄様だけでも私の味方になって!」

「……物分りがよくなってみせても、ダメなものはダメだ!」


 呆れたようにそれだけ言うと、義貴兄様はそっぽを向いてしまった。

 孤立無援の状態に本当に蒼褪めて、再び父上に目を向けたとき、


「……ふぅ。本当に沙羅は芸達者ねえ。久々に見せてもらいましたよ」


 義母上は私の心境を知ってか知らずか、感心したように呟いて隣の父上を仰いだ。


「殿、あそこまで嫌がっておいでなのだから、もう少し考えて差し上げてはいかがですか?」


 義母上!

 このときばかりは、義母上が菩薩様のように輝いて見えた。

 さすが、味方は私だけと言っただけのことはある。私にとっても、味方は義母上だけなのだ。

 しかし、父上は義母上の言葉も何処吹く風で、一向に耳を貸そうとしなかった。

 もはやにこりともせず、至極厳格に言い放つ。


「すべてはもう決まったことだ。残念だが沙羅、お前の意志などというものは存在せん。何故ならこの輿入れ話はおまえ個人のことにとどまらず、畠山家、しいてはこの紀伊・河内の国全体のこれからを左右することになるからだ。——畠山宗家の当主として命ずる。沙羅、細川へ輿入れせい」


 父上はとうとう、伝家の宝刀を抜いて見せたのだった。

 国という、途方もなく大きなものを私への楯にして。


 あまりの怒りに、私の両の肩はぶるぶると震えた。

 これまでの人生ではあり得なかった眼差し——憎悪をこめた目で父上を睨む。

 これごときで怯む父上ではないと分かってはいたが、私はその目を決して緩めなかった。

 緩めたら、悔しくて涙が零れてしまうような気がした。


「……私を可愛がっているように、この上なく大事に大切に育てているように、私がそう思うように……ただ見せかけていたのね。本当は大して大事じゃなかった。いずれ利用価値があるから、その時まではと甘やかしていただけか! はっ、他家の娘とは違うと自惚れていた自分がちゃんちゃら可笑しいわ。同じ血を分けていても、兄上たちとは違う。私はこの畠山に生まれた、ただの道具。そうなんでしょう!! 和睦の道具として、私を育ててきたのね‼︎」


 ありったけの声で絞るように叫んだ私に、義母上が泣くように何か訴えたが、その言葉は聞き取れなかった。

 ただ、父上が義母上をかばうように体を前に乗り出して、感情も抑揚もない声で応えた。


「そうではない、と否定することはできぬ。この時代のそれもまた掟だ」


 僅かに底の方に残っていた希望も、一陣の風によって消し去られた。

 私はもう何も口にはしなかった。ただ歯を食いしばり、これ以上の感情の爆発を抑えようと努めた。


「輿入れは七日後だ。急だが必要なものは十分に揃えてみせよう。それまでは、この館から出ることはかなわぬ。わかったな、沙羅」


 父上の決定打に、私ははや背を向けていた。

 今は一人になって考えたかった。私の……これからを。



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