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 どうやら、この若者は他の足軽よりも野心家であったらしい。


 清和の兜の前立ては、確かに大ぶりの三日月に小さな日輪を組み合わせた意匠(デザイン)だった。それは二振の黒漆の太刀にそれぞれ設えられた意匠を一つにしたもので、なるほど———清成殿の仇討ちを誓う清和らしい意匠だと納得できるものではあったが………。


 如何せん、この二つの組み合わせは、前立てとしては珍しい。おそらく西軍の武将にはいない。そして、東軍でも<片桐高遠>ただ一人だけなのでは。

 それを掴んでいて、東軍・片桐高遠を私が討つより先に討ってしまおうと考えた定匡殿か定親殿が拡散した情報なのだろう。六角にのみ流した情報だったとしても、人の口に戸は立てられない。


 足軽たちの視線が清和の兜に集中する。消えていた殺気が、足軽たちに戻るのは時間の問題か。

 唇を噛み締める私の隣で、清和はどこまでも(さか)しい。無駄に口をきこうとはしない。

 足軽たちが向かってくるなら、面倒だが全て斬り捨てるしかない———くらいのことを考えているのだろう。

 確かにそれは、私と清和からすれば容易いことだ。だが、私はそれを避けたい。


「この兜の将は、確かに定匡殿が探している者よ。でも、お前たちがここで討つ相手ではないわ。この沙羅に免じて、今は早く充剛の本陣に戻りなさい」


 先程とは違う、私の硬い声音に本意を感じとった足軽もいたが、野心家の若者はどうしてもこの機会を譲れなかったらしい。

 仲間を振り払って、槍を構えた。


「姫様は、西軍を裏切られるおつもりか!?」

「……そんなつもりはない。これには色々事情があるの。定匡殿にも充剛にも、いずれ説明はするわ。だから、今は大人しく退きなさい」


 無駄だ……と小さく清和が囁いた。同時に、若者が動く。

 不意に黒帝が前脚を高く上げて、宙をかいた。

 ただ一人突進してきた若者は、槍を繰り出す前に黒帝の前脚で弾かれた。わっと後方に尻餅をついて、恐怖に顔を引き攣らせる。

 仲間の足軽が若者を庇うように、手に手に得物を握りしめたままその前に立ちはだかった。若者の蛮勇に感化されて、火がついたらしい者もいる。


「……何してくれてるのよ、これじゃ逆効果でしょうが」


 ぼやいた私に、清和はただ肩をすくめてみせた。その拍子に杏葉(胴丸の肩の防具)が小さな音を立てる。足軽たちには決して手に入れられない、高価な鎧兜の装備の一つだ。


 足軽たち———普段、農民の彼らは、戦が起これば借り出されて、最前線で命を晒す戦いを強いられる。それもかなりの軽装備で。

 命を賭して守る家族や領地があればこそ必死にもなろうが、そうでない者には人生を逆転させるくらいの旨み……つまるところ莫大な褒賞でもなければ戦う意味は見出せない。

 青砥が言っていたように、世の中の在り方はそう簡単には変わらないものだ。だからこそ一発逆転(ワンチャン)に賭けてみたくなる彼らの気持ちや生活も、今なら少しはわかる。

 でもそれは、生きてこそ……命があって初めて意味をなす。


 ———ここは戦場。仕方ないのか………?


 じりじりと太刀の鯉口に親指を添えた時だった。

 後方の丘陵から数騎の武者が駆けてくる気配があった。馬が大地を蹴る振動に、足軽たちもはっと気づく。

 先頭の武者がたなびかせる旗印は、遠目にもわかる東軍畠山の二つ引紋だった。

 私と清和の二騎に加え、ざっと八騎の武者を相手にすることになれば、足軽たちはどうなるか。

 「瞬殺」という二文字が脳裏に浮かんだ。

 充剛軍の足軽もここにきて、ようやく冷静さを取り戻したようだ。


「こりゃいかんぞ。引くぞ!引け引け!」


 と来し方に退却していく。

 野心家の若者もここは先達たちに従ったようだ。こちらを一顧だにしなかった。でも、それでいいのだ。


 さて……と、丘陵を下ってくる騎馬武者らに目を向ける。

 新手の東軍は、果たして私や清和にとって吉と出るのか凶と出るのか。


「片桐殿ーっ!」


 駆けつけてくる武者を率いている者の声に聞き覚えがあった。


「え………? あれ……もしかして鷹丸なの?」


 私は思わず清和の腕をとった。ぐいぐいと引っ張る。


「そのようだな」


 すでに何度か面識があるのか、清和は平然とした態度で私の手を振り解くと、騎馬武者たちを待ち構える。


 えええーっ! 


 私は目を見張って、近づいてくる若武者を凝視した。

 鎧兜も一人前で、それなりに立派な武将に見える。 

 この戦で、初陣を果たしたということ? あの鷹丸が!?


 でもよくよく見ると、そのあどけない顔つきや剽軽な雰囲気からは、私の知っている鷹丸に変わりなさそうだ。

 大地に散乱する武器や骸を器用に避け、鷹丸は悠々と清和の前に馬をとめた。


「片桐殿! いやぁ、もう探しましたよ! 誰も行方を知らないというので、万一のことがあったのかと、ここまで肝を冷やしておりました。いやぁ、ご無事でなによりです!!」


 一息に言ってから、鷹丸はにこにこと清和を見つめ、それからふと隣にいる私に目を向けた。


「ひゃあああっ!」


 喜びとも驚愕ともつかぬ悲鳴を上げて、馬の背から落ちそうになる。危ういところで体勢を立て直すと、鷹丸はおいおいと男泣きに泣き出した。


「おおぉぅ……まさか、本当に本当に! 沙羅姫様が戦場にお出ましになっているとは……ううっ、しかも……しかもそんなお姿で………どこまでも悲しいくらいにお変わりがないっ。ぉぅううっ……でもでも、ご無事で何よりです! 清……じゃなくて、片桐殿にもこうしてお会いできたのですねぇ………」


 留まるところを知らぬ勢いで、喋りかつしゃくりあげる。そちらも変わらない鷹丸に、久しぶりの再会であるにも関わらず、早くも私は辟易しつつあった。


 鷹丸がぐずぐず言っている間に、少し余裕が出来たので、私は今後のこと——清和が言ったように片付けなければならない諸問題——に考えを巡らす。

 まずは、清和を<細川清和>に戻すこと。

 そのためには<狂犬>を探し出して、清成殿の仇を討たなければならない。

 そして、私は……定匡殿たちを納得させなくてはならない。ここまでの温情を受けておきながら、私は定匡殿の正室には収まることは出来ない。なぜ、こんなことになってしまったのか、私にはその訳をあの人にすべて隠さず知らせる義務がある。


 大小挙げていけばキリがない程の問題を、これから解決していかなければならない。

 幸せな気持ちなど吹き飛ぶくらいだが……だが、幸せが目の前にあるからこそ、それを掴み取るためにも絶対に解決してみせる。


 行く先はもうわかっている———私は私の小舟を必ず目的の岸に辿り着かせてみせるわ!


 そんな私の硬い決意に水を差すかのように、出し抜けに鷹丸がひときわ大きい悲鳴を上げた。


「あっ……あぁあああっ!!」


 忠憲殿と十郎左の骸を見つけてしまい、混乱(パニック)に陥っている。鷹丸と共に駆けつけた東軍の者たちも、かなりの衝撃を受けているのは間違いなかった。

 彼ら東軍の大将———頼忠叔父の次男と東軍畠山を代表するような猛将の十郎左が討死するなど、戦局を左右しかねない事態だ。

 それこそが、青砥や犬飼が狙ったところではあるのだろうが………。


 どうする? と清和に目線で訊かれて、ここは清和に任せることにした。

 清和は事情はあとで説明するから……と鷹丸をなだめた後、本来の氷の貴公子らしい態度で言を継いだ。


「それよりも援軍として駆けつけたのか? それとも他に報せるべきことが?」


 それまでとは打って変わって冷ややかに問われて、鷹丸はひゅっと息を呑む。ようやく、本来の務めを思い出したらしい。

 残りの武者たちに忠憲殿と十郎左の処置を任せて、私たちは少し離れた場所で、鷹丸の一世一代とも言える重大報告を聞いた。


 鷹丸は義貴兄様経由で清和に頼まれて、この一月近く犬飼の出自を探っていたらしい。細川の家臣である和気泰之を動員して、山名の本拠地である山陰にまで足を運んで調べ上げたというのだから驚いた。

 西軍の本拠地に東軍所縁(ゆかり)の間者が潜り込んでいるなんてバレたら、命の保証はないだろうに。

 鷹丸にしては肝が座った行動じゃない。少しだけ、この乳姉弟を誇らしく思う。


 鷹丸曰く、犬飼の出自を追うその探索は非常に困難を極めるものだったと。まぁ、鷹丸の語り口から三割を引いたとしても、大変だったのは事実だろう。

 時間と距離、そして金をかけて、一つ一つ地道に調べ上げた結果———ついに先刻、犬飼の出自が判明した。

 「すぐに清和殿にお伝えすべし」との義貴兄様の判断で、鷹丸は護衛の武者たちを引き連れ、戦場を駆けてここまでやってきた。


 鷹丸は改まり、一段と私と清和に顔を寄せると、小声で詳細を報告した。

 耳打ちされた内容に、私は最初は驚愕し、しかし同時に納得もしていた。


 すべてを聴いた後———。

 <狂犬>との決着をつけるためにも、そして私たちの今後を決するためにも、私と清和はこのまま西軍の本陣に乗り込むことにした。



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